307 / 342
月の砂漠のかぐや姫 第304話
しおりを挟む
「ははぁ、なるほど・・・・・・」
ヤルダンは砂岩でできた台地が複雑に入り組んだ地域です。そこには、人の世界ではないどこかへ通じていそうな妖しい岩陰や奇妙な形をした砂岩の塊がたくさんあり、人知を超えた精霊の力が強く働く場所として、人々から「魔鬼城」と呼ばれています。月の民が交易で使用している道は、このヤルダンの台地の隙間を縫うようにして、東へ、又は、西へと伸びているため、ヤルダンの管理をしている王花の盗賊団が、交易隊のために案内人をつけています。
王柔はその案内人の一人です。王柔には、精霊の力に関する知識や精霊と交信する能力などはありませんが、交易隊を率いてヤルダンを何度も通り抜けた経験はあります。「母を待つ少女」の奇岩は、「孔雀の奇岩」や「駱駝の奇岩」と同じように特に有名な奇岩の一つですから、王柔も何度も目にしたことがありました。
実際にその動き出した「母を待つ少女」の奇岩と戦うようになった後でさえも、それがあまりに思議な出来事であったので、どうしてそのようなことが起こり得たのかについて、王柔は頭の中に思い浮かべることができないでいました。でも、羽磋の話を聞いたいま、初めて王柔はその具体的な様子を心の内に思い浮かべることができるようになっていました。
砂岩の台地が複雑に入り組むヤルダン。台地と台地の間には、一日中日差しが入らない狭苦しい場所もあれば、大きくひらけて広場のようになっている場所もあります。「母を待つ少女」の奇岩は、小ぶりな砂岩の塊が幾つも転がる広場の中に、他のものから離れてスッと立っていたはずです。
王柔の想像の中で、その広場の中に理亜が入ってきます。寒山の交易隊から捨てられた理亜は独りです。フラフラと力なく歩く彼女は、「母を待つ少女」の奇岩に近づいていきます。すると、理亜の身体と「母を待つ少女」の奇岩それぞれの胸の部分から、スウッと大きな水滴のような球が抜け出て、空中に浮かび上がります。吊っていた糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちる理亜。奇岩の表面上には変化は生じず立ったままです。ところが、理亜と奇岩から浮かび上がった二つの球が空中で交じり合って一つになり、その後、再び二つに分かれてそれぞれの胸に戻ると・・・・・・。
なんと、倒れていた理亜が元気よく立ち上がり、この広場を力強く歩いて出て行くではありませんか。その後に残された「母を待つ少女」の奇岩にも、目に見えて変化が現れてきます。風や雨によって浸食された砂岩の塊の形が、たまたま手を伸ばした少女のように見えるというだけだったというのに、まるで誰かが一人の少女を模して作り上げた像であるかのように形が整い出します。そして、「母を待つ少女」の奇岩は、赤土の地面から右足を、そして、左足を抜き出します。それは、まるでメリメリッという音が聞こえてくるかのように、ゆっくりと、でも、とてつもなく力を入れた動作です。
もちろん、これらの景色は王柔が心の中に浮かべた想像の画です。でも、いままで王柔はこのような想像をすることさえできていなかったのですから、羽磋の説明によって、彼はだいぶん事態を整理して理解することができるようになったと言えるでしょう。
「あっ!」
王柔は急に大きな声を出しました。何に気が付いたと言うのでしょうか。すこし落ち着いていた王柔の顔に、ひどく心配気な表情が瞬く間に浮かんできました。
「羽磋殿! お話はわかりましたが、大変じゃないですか! 理亜の心の残り半分と母を待つ少女の心の残り半分を一つにしたものは、母を待つ少女の奇岩の中に入っているんですよね。だから、理亜を元に戻すには、母を待つ少女の奇岩ともう一度会う必要があるんですよね。ですけど、その奇岩を破壊しようと、正にいま冒頓殿が向かっているところじゃないですかっ!」
「それです! だから急がないといけないと言ってたんですよっ! それをわかっていただきたくて、いまの説明をしたんです!」
羽磋は、自分が一番伝えたかったことに王柔が自分の力で辿り着いてくれたことに、飛び上がって喜びました。必要とは言え回りくどい説明をしている間にも、羽磋は「早くしないと手遅れになる」と気が急いて仕方なかったのです。
「王柔殿! 上です! さっき上からたくさんの馬が激しく走り回る音が響いてきましたよね。ヤルダンのこんな奥深くで多くの馬が走り回るなんて、冒頓殿の騎馬隊が戦いを繰り広げているとしか考えられません。母を待つ少女の昔話の中でも、母親は奇岩となってしまった娘を見て絶望して走り出し、その身を地面の割れ目に投げています。つまり、その母親が身を投げ落とした先が僕たちがいまいる地下の大空間なら、この頭上に広がるヤルダンには母を待つ少女の奇岩が立っているということになりますっ」
頭上を指す羽磋にあわせて、王柔も頭の上を見上げました。
濃青色の球体や透明の球体が雲の様に浮かんでいたことからもわかるように、この地下の大空間は、洞窟や岩室と呼ばれるようなものとは、規模が全く異なります。「力ある月の巫女が、駱駝の背に乗りながらぐるりとゴビの荒れ地を見渡し、見えた範囲をそのまま地下深くに埋めたら、このような大空間ができたのだ」と説明されれば、何の疑問もなく腑に落ちるような、とてつもなく大きな空間です。
ですから、王柔が見上げた頭上にも、砂岩でできた天井は存在しますが、それは彼らが立っている隆起した丘の上からもとても離れたところに有ります。あまりに離れたところに有るので、そのほとんどの場所では砂岩と暗闇とが同化してしまって、はっきりと目に見えないほどです。わずかに、天井のところどころに生じている亀裂の周囲に、差し込んでくる陽の光に照らされる砂岩の広がりを認めることができるので、それでもって自分たちが閉鎖された地下世界いることがわかるほどです。
ヤルダンは砂岩でできた台地が複雑に入り組んだ地域です。そこには、人の世界ではないどこかへ通じていそうな妖しい岩陰や奇妙な形をした砂岩の塊がたくさんあり、人知を超えた精霊の力が強く働く場所として、人々から「魔鬼城」と呼ばれています。月の民が交易で使用している道は、このヤルダンの台地の隙間を縫うようにして、東へ、又は、西へと伸びているため、ヤルダンの管理をしている王花の盗賊団が、交易隊のために案内人をつけています。
王柔はその案内人の一人です。王柔には、精霊の力に関する知識や精霊と交信する能力などはありませんが、交易隊を率いてヤルダンを何度も通り抜けた経験はあります。「母を待つ少女」の奇岩は、「孔雀の奇岩」や「駱駝の奇岩」と同じように特に有名な奇岩の一つですから、王柔も何度も目にしたことがありました。
実際にその動き出した「母を待つ少女」の奇岩と戦うようになった後でさえも、それがあまりに思議な出来事であったので、どうしてそのようなことが起こり得たのかについて、王柔は頭の中に思い浮かべることができないでいました。でも、羽磋の話を聞いたいま、初めて王柔はその具体的な様子を心の内に思い浮かべることができるようになっていました。
砂岩の台地が複雑に入り組むヤルダン。台地と台地の間には、一日中日差しが入らない狭苦しい場所もあれば、大きくひらけて広場のようになっている場所もあります。「母を待つ少女」の奇岩は、小ぶりな砂岩の塊が幾つも転がる広場の中に、他のものから離れてスッと立っていたはずです。
王柔の想像の中で、その広場の中に理亜が入ってきます。寒山の交易隊から捨てられた理亜は独りです。フラフラと力なく歩く彼女は、「母を待つ少女」の奇岩に近づいていきます。すると、理亜の身体と「母を待つ少女」の奇岩それぞれの胸の部分から、スウッと大きな水滴のような球が抜け出て、空中に浮かび上がります。吊っていた糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちる理亜。奇岩の表面上には変化は生じず立ったままです。ところが、理亜と奇岩から浮かび上がった二つの球が空中で交じり合って一つになり、その後、再び二つに分かれてそれぞれの胸に戻ると・・・・・・。
なんと、倒れていた理亜が元気よく立ち上がり、この広場を力強く歩いて出て行くではありませんか。その後に残された「母を待つ少女」の奇岩にも、目に見えて変化が現れてきます。風や雨によって浸食された砂岩の塊の形が、たまたま手を伸ばした少女のように見えるというだけだったというのに、まるで誰かが一人の少女を模して作り上げた像であるかのように形が整い出します。そして、「母を待つ少女」の奇岩は、赤土の地面から右足を、そして、左足を抜き出します。それは、まるでメリメリッという音が聞こえてくるかのように、ゆっくりと、でも、とてつもなく力を入れた動作です。
もちろん、これらの景色は王柔が心の中に浮かべた想像の画です。でも、いままで王柔はこのような想像をすることさえできていなかったのですから、羽磋の説明によって、彼はだいぶん事態を整理して理解することができるようになったと言えるでしょう。
「あっ!」
王柔は急に大きな声を出しました。何に気が付いたと言うのでしょうか。すこし落ち着いていた王柔の顔に、ひどく心配気な表情が瞬く間に浮かんできました。
「羽磋殿! お話はわかりましたが、大変じゃないですか! 理亜の心の残り半分と母を待つ少女の心の残り半分を一つにしたものは、母を待つ少女の奇岩の中に入っているんですよね。だから、理亜を元に戻すには、母を待つ少女の奇岩ともう一度会う必要があるんですよね。ですけど、その奇岩を破壊しようと、正にいま冒頓殿が向かっているところじゃないですかっ!」
「それです! だから急がないといけないと言ってたんですよっ! それをわかっていただきたくて、いまの説明をしたんです!」
羽磋は、自分が一番伝えたかったことに王柔が自分の力で辿り着いてくれたことに、飛び上がって喜びました。必要とは言え回りくどい説明をしている間にも、羽磋は「早くしないと手遅れになる」と気が急いて仕方なかったのです。
「王柔殿! 上です! さっき上からたくさんの馬が激しく走り回る音が響いてきましたよね。ヤルダンのこんな奥深くで多くの馬が走り回るなんて、冒頓殿の騎馬隊が戦いを繰り広げているとしか考えられません。母を待つ少女の昔話の中でも、母親は奇岩となってしまった娘を見て絶望して走り出し、その身を地面の割れ目に投げています。つまり、その母親が身を投げ落とした先が僕たちがいまいる地下の大空間なら、この頭上に広がるヤルダンには母を待つ少女の奇岩が立っているということになりますっ」
頭上を指す羽磋にあわせて、王柔も頭の上を見上げました。
濃青色の球体や透明の球体が雲の様に浮かんでいたことからもわかるように、この地下の大空間は、洞窟や岩室と呼ばれるようなものとは、規模が全く異なります。「力ある月の巫女が、駱駝の背に乗りながらぐるりとゴビの荒れ地を見渡し、見えた範囲をそのまま地下深くに埋めたら、このような大空間ができたのだ」と説明されれば、何の疑問もなく腑に落ちるような、とてつもなく大きな空間です。
ですから、王柔が見上げた頭上にも、砂岩でできた天井は存在しますが、それは彼らが立っている隆起した丘の上からもとても離れたところに有ります。あまりに離れたところに有るので、そのほとんどの場所では砂岩と暗闇とが同化してしまって、はっきりと目に見えないほどです。わずかに、天井のところどころに生じている亀裂の周囲に、差し込んでくる陽の光に照らされる砂岩の広がりを認めることができるので、それでもって自分たちが閉鎖された地下世界いることがわかるほどです。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語
瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。
長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH!
途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜
mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!?
※スカトロ表現多数あり
※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる