月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第304話

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「ははぁ、なるほど・・・・・・」
 ヤルダンは砂岩でできた台地が複雑に入り組んだ地域です。そこには、人の世界ではないどこかへ通じていそうな妖しい岩陰や奇妙な形をした砂岩の塊がたくさんあり、人知を超えた精霊の力が強く働く場所として、人々から「魔鬼城」と呼ばれています。月の民が交易で使用している道は、このヤルダンの台地の隙間を縫うようにして、東へ、又は、西へと伸びているため、ヤルダンの管理をしている王花の盗賊団が、交易隊のために案内人をつけています。
 王柔はその案内人の一人です。王柔には、精霊の力に関する知識や精霊と交信する能力などはありませんが、交易隊を率いてヤルダンを何度も通り抜けた経験はあります。「母を待つ少女」の奇岩は、「孔雀の奇岩」や「駱駝の奇岩」と同じように特に有名な奇岩の一つですから、王柔も何度も目にしたことがありました。
 実際にその動き出した「母を待つ少女」の奇岩と戦うようになった後でさえも、それがあまりに思議な出来事であったので、どうしてそのようなことが起こり得たのかについて、王柔は頭の中に思い浮かべることができないでいました。でも、羽磋の話を聞いたいま、初めて王柔はその具体的な様子を心の内に思い浮かべることができるようになっていました。
 砂岩の台地が複雑に入り組むヤルダン。台地と台地の間には、一日中日差しが入らない狭苦しい場所もあれば、大きくひらけて広場のようになっている場所もあります。「母を待つ少女」の奇岩は、小ぶりな砂岩の塊が幾つも転がる広場の中に、他のものから離れてスッと立っていたはずです。
 王柔の想像の中で、その広場の中に理亜が入ってきます。寒山の交易隊から捨てられた理亜は独りです。フラフラと力なく歩く彼女は、「母を待つ少女」の奇岩に近づいていきます。すると、理亜の身体と「母を待つ少女」の奇岩それぞれの胸の部分から、スウッと大きな水滴のような球が抜け出て、空中に浮かび上がります。吊っていた糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちる理亜。奇岩の表面上には変化は生じず立ったままです。ところが、理亜と奇岩から浮かび上がった二つの球が空中で交じり合って一つになり、その後、再び二つに分かれてそれぞれの胸に戻ると・・・・・・。
 なんと、倒れていた理亜が元気よく立ち上がり、この広場を力強く歩いて出て行くではありませんか。その後に残された「母を待つ少女」の奇岩にも、目に見えて変化が現れてきます。風や雨によって浸食された砂岩の塊の形が、たまたま手を伸ばした少女のように見えるというだけだったというのに、まるで誰かが一人の少女を模して作り上げた像であるかのように形が整い出します。そして、「母を待つ少女」の奇岩は、赤土の地面から右足を、そして、左足を抜き出します。それは、まるでメリメリッという音が聞こえてくるかのように、ゆっくりと、でも、とてつもなく力を入れた動作です。
 もちろん、これらの景色は王柔が心の中に浮かべた想像の画です。でも、いままで王柔はこのような想像をすることさえできていなかったのですから、羽磋の説明によって、彼はだいぶん事態を整理して理解することができるようになったと言えるでしょう。
「あっ!」
 王柔は急に大きな声を出しました。何に気が付いたと言うのでしょうか。すこし落ち着いていた王柔の顔に、ひどく心配気な表情が瞬く間に浮かんできました。
「羽磋殿! お話はわかりましたが、大変じゃないですか! 理亜の心の残り半分と母を待つ少女の心の残り半分を一つにしたものは、母を待つ少女の奇岩の中に入っているんですよね。だから、理亜を元に戻すには、母を待つ少女の奇岩ともう一度会う必要があるんですよね。ですけど、その奇岩を破壊しようと、正にいま冒頓殿が向かっているところじゃないですかっ!」
「それです! だから急がないといけないと言ってたんですよっ! それをわかっていただきたくて、いまの説明をしたんです!」
 羽磋は、自分が一番伝えたかったことに王柔が自分の力で辿り着いてくれたことに、飛び上がって喜びました。必要とは言え回りくどい説明をしている間にも、羽磋は「早くしないと手遅れになる」と気が急いて仕方なかったのです。
「王柔殿! 上です! さっき上からたくさんの馬が激しく走り回る音が響いてきましたよね。ヤルダンのこんな奥深くで多くの馬が走り回るなんて、冒頓殿の騎馬隊が戦いを繰り広げているとしか考えられません。母を待つ少女の昔話の中でも、母親は奇岩となってしまった娘を見て絶望して走り出し、その身を地面の割れ目に投げています。つまり、その母親が身を投げ落とした先が僕たちがいまいる地下の大空間なら、この頭上に広がるヤルダンには母を待つ少女の奇岩が立っているということになりますっ」 
 頭上を指す羽磋にあわせて、王柔も頭の上を見上げました。
 濃青色の球体や透明の球体が雲の様に浮かんでいたことからもわかるように、この地下の大空間は、洞窟や岩室と呼ばれるようなものとは、規模が全く異なります。「力ある月の巫女が、駱駝の背に乗りながらぐるりとゴビの荒れ地を見渡し、見えた範囲をそのまま地下深くに埋めたら、このような大空間ができたのだ」と説明されれば、何の疑問もなく腑に落ちるような、とてつもなく大きな空間です。
 ですから、王柔が見上げた頭上にも、砂岩でできた天井は存在しますが、それは彼らが立っている隆起した丘の上からもとても離れたところに有ります。あまりに離れたところに有るので、そのほとんどの場所では砂岩と暗闇とが同化してしまって、はっきりと目に見えないほどです。わずかに、天井のところどころに生じている亀裂の周囲に、差し込んでくる陽の光に照らされる砂岩の広がりを認めることができるので、それでもって自分たちが閉鎖された地下世界いることがわかるほどです。
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