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月の砂漠のかぐや姫 第302話
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王柔の様子を見た羽磋は、少しだけ可笑しくなりました。
「あまりにも突拍子も無さ過ぎて・・・・・・」と首を捻っている王柔が立っているのはどこでしょう。いままでにこんな場所があるなんて考えたことは一度もなかった、ヤルダンの地下に広がる大空間です。王柔の向かい側で、地面から少し離れた空中に浮かんでいるのは何でしょう。昔話でも旅物語でも聞いたことのない、大人を数人重ねたほどの大きさで、荒れ狂う嵐を内包しその下部からは絶え間なく雨を降らし続けている、濃青色の球体です。そして、先ほどまで、王柔と羽磋はどのような体験をしていたのでしょう。彼らは、その濃青色の球体に飲み込まれ、母を待つ少女と言う昔話に出てくる母親の物語を追体験していたのです。
これだけの、突拍子もない、とても有り得ないと言っても全くおかしくない出来事に接していながらも、王柔はまだ「一つの身体には一つの心が入っている」という考えから、なかなか離れられないでいるのです。
でも、これは王柔が「普通の見方」に固執しているというよりは、羽磋が「普通でない見方」に慣れているというべきかもしれません。
結局のところ、人は自分の中に培ってきた価値観や蓄えてきた知識を基に、物事を測って判断を下すのです。様々な不思議な出来事に出会い、その度に驚きを持ってそれを受け入れてきたとはいえ、王柔の基準は一般的な月の民の人のそれと同じでした。だからこそ、地下世界に落ちて来てから経験した精霊の力が働いたものとしか思えない出来事に対しても、驚く以上の反応を持ち得ませんでした。
一方で、羽磋が持っている価値観と知識は、王柔とは大きく異なっていました。彼は幼少期から「月の巫女」と呼ばれた竹姫と共にあり、彼女が参加する儀式を傍で見ていました。そして、あの夜のバダインジャラン砂漠での出来事と大伴が話す月の巫女の力に関する秘話を受けて、彼はいまでもこの世界に精霊の力が確かに働いていることを実感していました。
彼が村を出たのは、「月の巫女」の宿命から輝夜姫を救うためです。つまり、彼にとって精霊の存在とその力は、不確かなものや有り得ないものではまったくなく、現実に世界を構成する大きな分野の一つなのです。それ故に、地下世界に落ちてきた後に経験した様々な不思議な出来事に関しても、羽磋は驚きこそすれそこで考えを止めることは無く、誰が、あるいは、どのような力が、そのような出来事を生じさせたのかについてまで、意識を向けることができていたのでした。
「王柔殿、僕たちがいま居る場所や経験してきたことを考えてみてください。それらがどれだけ不思議なものか、説明をするまでもありません。これだけの不思議なことが現実に起きているのに、先ほど僕が説明したことが突拍子もない起こり得ないことと言えるでしょうか。それにですね、王柔殿。そもそも、僕たちは理亜の身体に精霊の力が働いていることは、ずいぶん前から受け入れていたじゃないですか」
「理亜の身体に精霊の力が働いていること・・・・・・。確かに、僕たちはそれを受け入れていました。理亜は奴隷として寒山殿の交易隊に連れられていましたが、風粟の病を疑われてヤルダンの中に放置されました。そこから彼女が一人で土光村までやってくることができたのは、普通ではとても有り得ないことでした。それに何より、理亜の身体は人に触れることができず、夜になるとその姿は消えてしまうようになっていました。この地下世界に入ってからはそれが無くなっていたので、すっかりと忘れてしまっていました。そうだ、理亜にそんなとんでもないことが起きていたから、僕は彼女を連れて、精霊の子に相談しに行ったんでした」
「そうです。その理亜の身体に現れていた不思議な現象は、おそらくは母を待つ少女の心半分が混ざったことによって、生じていたのではないかと思うのです。母を待つ少女は精霊の力の働きで砂岩の像と化したと昔話で言われていますから、その心を半分受け継いだことに伴って、大きな精霊の力をも受け取ることになったのでしょう」
「ははぁ・・・・・・、成程・・・・・・」
羽磋の説明は、王柔の心の中に生じていたモヤモヤを、一気に吹き飛ばしたようでした。直近の理亜の様子の印象が強くて忘れていたのでしたが、そもそも、ヤルダンから土光村に辿り着いた理亜には、とても不思議なことがたくさんありました。理亜の身体に起きている不思議の原因と治療法を求めて、王柔は土光村の長老や精霊の子の元を尋ねて回りましたが、長老は首をかしげるばかりですし、精霊の子の言葉は意味が解らないものでしたし、まったく解決にはつながりませんでした。
一体どうしたらいいんだと、王柔たちは頭を悩ませました。そこで、理亜のことをもう一度始めから見つめ直したところ、ヤルダンから帰還した理亜の身体に不思議なことが起きたのと、母を待つ少女の奇岩がヤルダンで動き出して王花の盗賊団を襲いだしたという、これもまたとても不思議な出来事とが、時期と場所を同じくして起きたものだということに気が付いたのでした。
そこで王柔たちは、「理亜の身体には、彼女がヤルダンに放置されたときから何らかの精霊の不思議な力が働いている。また、ヤルダンにあった母を待つ少女の奇岩が動き出したというのも精霊の力の働きとしか考えられない。それならば、ヤルダンに行って母を待つ少女の奇岩を調べれば、理亜の身体を治すための何らかの手掛かりが得られるかもしれない」と、考えたのでした。
「あまりにも突拍子も無さ過ぎて・・・・・・」と首を捻っている王柔が立っているのはどこでしょう。いままでにこんな場所があるなんて考えたことは一度もなかった、ヤルダンの地下に広がる大空間です。王柔の向かい側で、地面から少し離れた空中に浮かんでいるのは何でしょう。昔話でも旅物語でも聞いたことのない、大人を数人重ねたほどの大きさで、荒れ狂う嵐を内包しその下部からは絶え間なく雨を降らし続けている、濃青色の球体です。そして、先ほどまで、王柔と羽磋はどのような体験をしていたのでしょう。彼らは、その濃青色の球体に飲み込まれ、母を待つ少女と言う昔話に出てくる母親の物語を追体験していたのです。
これだけの、突拍子もない、とても有り得ないと言っても全くおかしくない出来事に接していながらも、王柔はまだ「一つの身体には一つの心が入っている」という考えから、なかなか離れられないでいるのです。
でも、これは王柔が「普通の見方」に固執しているというよりは、羽磋が「普通でない見方」に慣れているというべきかもしれません。
結局のところ、人は自分の中に培ってきた価値観や蓄えてきた知識を基に、物事を測って判断を下すのです。様々な不思議な出来事に出会い、その度に驚きを持ってそれを受け入れてきたとはいえ、王柔の基準は一般的な月の民の人のそれと同じでした。だからこそ、地下世界に落ちて来てから経験した精霊の力が働いたものとしか思えない出来事に対しても、驚く以上の反応を持ち得ませんでした。
一方で、羽磋が持っている価値観と知識は、王柔とは大きく異なっていました。彼は幼少期から「月の巫女」と呼ばれた竹姫と共にあり、彼女が参加する儀式を傍で見ていました。そして、あの夜のバダインジャラン砂漠での出来事と大伴が話す月の巫女の力に関する秘話を受けて、彼はいまでもこの世界に精霊の力が確かに働いていることを実感していました。
彼が村を出たのは、「月の巫女」の宿命から輝夜姫を救うためです。つまり、彼にとって精霊の存在とその力は、不確かなものや有り得ないものではまったくなく、現実に世界を構成する大きな分野の一つなのです。それ故に、地下世界に落ちてきた後に経験した様々な不思議な出来事に関しても、羽磋は驚きこそすれそこで考えを止めることは無く、誰が、あるいは、どのような力が、そのような出来事を生じさせたのかについてまで、意識を向けることができていたのでした。
「王柔殿、僕たちがいま居る場所や経験してきたことを考えてみてください。それらがどれだけ不思議なものか、説明をするまでもありません。これだけの不思議なことが現実に起きているのに、先ほど僕が説明したことが突拍子もない起こり得ないことと言えるでしょうか。それにですね、王柔殿。そもそも、僕たちは理亜の身体に精霊の力が働いていることは、ずいぶん前から受け入れていたじゃないですか」
「理亜の身体に精霊の力が働いていること・・・・・・。確かに、僕たちはそれを受け入れていました。理亜は奴隷として寒山殿の交易隊に連れられていましたが、風粟の病を疑われてヤルダンの中に放置されました。そこから彼女が一人で土光村までやってくることができたのは、普通ではとても有り得ないことでした。それに何より、理亜の身体は人に触れることができず、夜になるとその姿は消えてしまうようになっていました。この地下世界に入ってからはそれが無くなっていたので、すっかりと忘れてしまっていました。そうだ、理亜にそんなとんでもないことが起きていたから、僕は彼女を連れて、精霊の子に相談しに行ったんでした」
「そうです。その理亜の身体に現れていた不思議な現象は、おそらくは母を待つ少女の心半分が混ざったことによって、生じていたのではないかと思うのです。母を待つ少女は精霊の力の働きで砂岩の像と化したと昔話で言われていますから、その心を半分受け継いだことに伴って、大きな精霊の力をも受け取ることになったのでしょう」
「ははぁ・・・・・・、成程・・・・・・」
羽磋の説明は、王柔の心の中に生じていたモヤモヤを、一気に吹き飛ばしたようでした。直近の理亜の様子の印象が強くて忘れていたのでしたが、そもそも、ヤルダンから土光村に辿り着いた理亜には、とても不思議なことがたくさんありました。理亜の身体に起きている不思議の原因と治療法を求めて、王柔は土光村の長老や精霊の子の元を尋ねて回りましたが、長老は首をかしげるばかりですし、精霊の子の言葉は意味が解らないものでしたし、まったく解決にはつながりませんでした。
一体どうしたらいいんだと、王柔たちは頭を悩ませました。そこで、理亜のことをもう一度始めから見つめ直したところ、ヤルダンから帰還した理亜の身体に不思議なことが起きたのと、母を待つ少女の奇岩がヤルダンで動き出して王花の盗賊団を襲いだしたという、これもまたとても不思議な出来事とが、時期と場所を同じくして起きたものだということに気が付いたのでした。
そこで王柔たちは、「理亜の身体には、彼女がヤルダンに放置されたときから何らかの精霊の不思議な力が働いている。また、ヤルダンにあった母を待つ少女の奇岩が動き出したというのも精霊の力の働きとしか考えられない。それならば、ヤルダンに行って母を待つ少女の奇岩を調べれば、理亜の身体を治すための何らかの手掛かりが得られるかもしれない」と、考えたのでした。
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