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月の砂漠のかぐや姫 第296話
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理亜の言葉で、いまでも彼女が自分を好きでいてくれていることを確認できて安心した王柔は、激しく感情を昂らせた反動もあってか、彼女の身体に手を回したままで少し気を緩めていました。そこへ飛んできたのが、思いがけないほど厳しい羽磋の声でしたから、王柔は仕事中に居眠りをしていたところを揺り起こされた子供のように、理亜の身体からバッと手を離すと、背筋をピンッと伸ばしました。
「す、すみませんっ、羽磋殿。あ、えーと、あの球体ですよね、濃青色の。あれは・・・・・・、いや違う・・・・・・。確かに、見当たりませんね。どこに行ったんだろう・・・・・・」
羽磋に促されて、慌てて王柔も首を振って周囲の確認を始めました。
彼らは丘の上に立っていましたから、広い地下世界の奥の方まで見通すことができます。視線を理亜から外して辺りに向けたところ、即座に幾つかの丸い球体がプカプカと空間を漂っているのが見て取れました。母親に投げつけられた竜巻の恐ろしさが思い出されたのか、それが目に入った途端に王柔の息はクッと止まってしまいましたが、僅かな間の後に、彼は大きな安堵の息を吐くことができました。地下世界の空を漂っていた球体は、いずれも下草の葉の上で光る朝露のように透明で、濃青色の球体の姿はどこにも見られなかったからでした。
始めはあちらを見た後で直ぐにこちらを見るなど、恐々とした様子ではありつつも緊張感を持って確認をしていたのですが、自分たちの近くには濃青色の球体がいないようだと思えてくると、緊張が解けたのか、王柔の動きは緩慢なものになってきました。
もともと王柔は、「母を待つ少女」の母親や、それが転じた姿である濃青色の球体から逃げようと、羽磋や理亜たちに訴えていました。ですから、その姿が見られないことは、王柔にとってはとても嬉しいことでした。緊張で力が入っていた王柔の肩は穏やかに下がり、表情も柔らかなものに変わりました。
一方で、王柔の傍らでは、彼とは対照的に心配気な表情を浮かべた理亜が、キョロキョロと周囲を窺い続けていました。
「どうやら、理亜はまだあの濃青色の球体のことを、心配しているみたいだ。アレは僕たちを殺そうとした、あの母親なんだぞ。それなのに、どうしてそんな気持ちになれるんだろう。いや、さっきみたいに怒っちゃいけない。それはいけないけど、理亜の気持ちはどうしてもわからないな」
王柔は感情に流されて理亜を激しく詰問してしまったことを深く反省していたので、その疑問をまた理亜にぶつけることは、とてもできませんでした。それに、ちょうど羽磋から声を掛けられたところでもあったので、その疑問は羽磋に対して投げかけることにしました。
恐怖の対象である濃青色の球体がどこかに行ってしまったようだったので王柔はホッとしていましたし、過度に感情的にならないようにと強く意識をしていたところでもあったので、彼が羽磋に掛けた声の調子は、いつもののんびりとした調子以上にのんびりとしたものになっていました。静かな地下世界に生じたその声は、焦りの色を濃くしながら周囲に球体の姿を探す羽磋や、まるで身内の者を探しているかのような心配の表情を浮かべている理亜とは、全く対照的なものでした。王柔と羽磋たちとでは、いまの状況に対する捕らえ方が大きく異なっていて、それが態度にはっきりと現れているのでした。
「羽磋殿。やっぱり、あの濃青色の球体は見つからないですね。どこかに行ってしまったんじゃないでしょうか。いやぁ、良かったですよ。あんな恐ろしいもの、もう二度と出会いたくないです。ところで、どうして理亜はあんなのに対して、お母さんなんて呼び掛けるんでしょう。羽磋殿には、わかりますか? 僕には、その理由が想像もつかないんです」
「わかりませんかっ?」
必死になって濃青色の球体の姿を探しているところに、あまりにものんびりとした、それも、球体の姿が見えなくて喜んでいることがありありとわかる声を掛けられたものですから、羽磋が反射的に返した答えは、とても尖ったものになってしまいました。
思っていたものとは違う羽磋の反応に、驚いて羽磋の顔を見る王柔。口から出た言葉の激しさに自分でも驚いてしまい、王柔の顔を見上げる羽磋。一瞬の間が生じましたが、次の瞬間には二人は我を取り戻して、お互いに「すみません、すみません」と謝罪の言葉を口にしました。そして、辺りを見回すのを一時中断して、話を始めました。
「すいません、変なことを聞いてしまって。でも、どうしてもわからないんです。理亜は、どうしてしまったんでしょう。ここに入って来てから自分一人で走り出したかと思うと、この丘の上で濃青色の球体にお母さんと呼び掛けたりしてます。それに・・・・・・」
王柔は、チラッと理亜の方へ視線を走らせました。彼女は足を止めて話し出した二人とは違って、まだ、空間のどこかに濃青色の球体が浮いてはいないかと、懸命に探し続けていました。
「それにですよ、羽磋殿。僕たちが球体に飲み込まれた後、どういう理屈なのかはわかりませんが、僕たちは母を待つ少女の母親と会っていましたよね。そこで、僕たちを殺そうとしてきた母親に羽磋殿が立ち向かってくれたのに、理亜は羽磋殿ではなくて母親の方をかばうように、間に入ってきました。一体どういうことなんでしょうか、そもそも、理亜のお母さんはもう亡くなっているはずですし・・・・・・」
「おっしゃること、わかります。僕も、理亜が僕と母を待つ少女の母親の間に割って入って来たのには、本当に驚きましたから」
「す、すみませんっ、羽磋殿。あ、えーと、あの球体ですよね、濃青色の。あれは・・・・・・、いや違う・・・・・・。確かに、見当たりませんね。どこに行ったんだろう・・・・・・」
羽磋に促されて、慌てて王柔も首を振って周囲の確認を始めました。
彼らは丘の上に立っていましたから、広い地下世界の奥の方まで見通すことができます。視線を理亜から外して辺りに向けたところ、即座に幾つかの丸い球体がプカプカと空間を漂っているのが見て取れました。母親に投げつけられた竜巻の恐ろしさが思い出されたのか、それが目に入った途端に王柔の息はクッと止まってしまいましたが、僅かな間の後に、彼は大きな安堵の息を吐くことができました。地下世界の空を漂っていた球体は、いずれも下草の葉の上で光る朝露のように透明で、濃青色の球体の姿はどこにも見られなかったからでした。
始めはあちらを見た後で直ぐにこちらを見るなど、恐々とした様子ではありつつも緊張感を持って確認をしていたのですが、自分たちの近くには濃青色の球体がいないようだと思えてくると、緊張が解けたのか、王柔の動きは緩慢なものになってきました。
もともと王柔は、「母を待つ少女」の母親や、それが転じた姿である濃青色の球体から逃げようと、羽磋や理亜たちに訴えていました。ですから、その姿が見られないことは、王柔にとってはとても嬉しいことでした。緊張で力が入っていた王柔の肩は穏やかに下がり、表情も柔らかなものに変わりました。
一方で、王柔の傍らでは、彼とは対照的に心配気な表情を浮かべた理亜が、キョロキョロと周囲を窺い続けていました。
「どうやら、理亜はまだあの濃青色の球体のことを、心配しているみたいだ。アレは僕たちを殺そうとした、あの母親なんだぞ。それなのに、どうしてそんな気持ちになれるんだろう。いや、さっきみたいに怒っちゃいけない。それはいけないけど、理亜の気持ちはどうしてもわからないな」
王柔は感情に流されて理亜を激しく詰問してしまったことを深く反省していたので、その疑問をまた理亜にぶつけることは、とてもできませんでした。それに、ちょうど羽磋から声を掛けられたところでもあったので、その疑問は羽磋に対して投げかけることにしました。
恐怖の対象である濃青色の球体がどこかに行ってしまったようだったので王柔はホッとしていましたし、過度に感情的にならないようにと強く意識をしていたところでもあったので、彼が羽磋に掛けた声の調子は、いつもののんびりとした調子以上にのんびりとしたものになっていました。静かな地下世界に生じたその声は、焦りの色を濃くしながら周囲に球体の姿を探す羽磋や、まるで身内の者を探しているかのような心配の表情を浮かべている理亜とは、全く対照的なものでした。王柔と羽磋たちとでは、いまの状況に対する捕らえ方が大きく異なっていて、それが態度にはっきりと現れているのでした。
「羽磋殿。やっぱり、あの濃青色の球体は見つからないですね。どこかに行ってしまったんじゃないでしょうか。いやぁ、良かったですよ。あんな恐ろしいもの、もう二度と出会いたくないです。ところで、どうして理亜はあんなのに対して、お母さんなんて呼び掛けるんでしょう。羽磋殿には、わかりますか? 僕には、その理由が想像もつかないんです」
「わかりませんかっ?」
必死になって濃青色の球体の姿を探しているところに、あまりにものんびりとした、それも、球体の姿が見えなくて喜んでいることがありありとわかる声を掛けられたものですから、羽磋が反射的に返した答えは、とても尖ったものになってしまいました。
思っていたものとは違う羽磋の反応に、驚いて羽磋の顔を見る王柔。口から出た言葉の激しさに自分でも驚いてしまい、王柔の顔を見上げる羽磋。一瞬の間が生じましたが、次の瞬間には二人は我を取り戻して、お互いに「すみません、すみません」と謝罪の言葉を口にしました。そして、辺りを見回すのを一時中断して、話を始めました。
「すいません、変なことを聞いてしまって。でも、どうしてもわからないんです。理亜は、どうしてしまったんでしょう。ここに入って来てから自分一人で走り出したかと思うと、この丘の上で濃青色の球体にお母さんと呼び掛けたりしてます。それに・・・・・・」
王柔は、チラッと理亜の方へ視線を走らせました。彼女は足を止めて話し出した二人とは違って、まだ、空間のどこかに濃青色の球体が浮いてはいないかと、懸命に探し続けていました。
「それにですよ、羽磋殿。僕たちが球体に飲み込まれた後、どういう理屈なのかはわかりませんが、僕たちは母を待つ少女の母親と会っていましたよね。そこで、僕たちを殺そうとしてきた母親に羽磋殿が立ち向かってくれたのに、理亜は羽磋殿ではなくて母親の方をかばうように、間に入ってきました。一体どういうことなんでしょうか、そもそも、理亜のお母さんはもう亡くなっているはずですし・・・・・・」
「おっしゃること、わかります。僕も、理亜が僕と母を待つ少女の母親の間に割って入って来たのには、本当に驚きましたから」
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