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月の砂漠のかぐや姫 第294話
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羽磋は王柔の視線を正面から受け止めると、意識的にはっきりとした声を出して、王柔に「大丈夫だ」と伝えました。そして、もう一度王柔の手をギュッと握りました。
まずは王柔を落ち着かせることが必要だと思った羽磋は「大丈夫だ」としか言わず、それ以上の詳しい説明をしませんでした。感情を昂らせている王柔には短い言葉でないと聞いてもらえないと思えましたし、それに、その言葉だけで十分だとも思ったからでした。
「自分が輝夜に対して酷いことをしてしまった時のように、王柔殿も本当は相手が自分を大切に思っている事はわかっているはずだ」と、羽磋は思いました。ただ、思いもしなかった大きな出来事に直面して「拗ねて」しまった王柔は、それを相手の言葉や態度から再確認したくなっているのです。
でも、大人の男である王柔の拗ね方があまりに激しいので、それに怯えてしまった理亜は応えることができません。そこで羽磋は、もっとも短い言葉で王柔に伝えたのでした。「大丈夫だ」と。
「・・・・・・羽磋殿、羽磋殿おっ・・・・・・」
羽磋が考えたとおり、その短い言葉は王柔の心にまで届いたようでした。いまにも涙を流しそうだった王柔の顔から、悲しみの色がスッと抜け落ちました。王柔の視線に力が戻ったのが、彼の顔を正面から見ている羽磋にはわかりました。
孤独の穴の底まで落ちそうになっていた王柔は、羽磋が掛けた「大丈夫だ」と言う言葉につかまって体勢を立て直し、そこから這い上がることができたのでした。
「大丈夫、大丈夫ですよね、羽磋殿!」
「大丈夫、大丈夫ですよ、王柔殿!」
改めて羽磋に確認をする王柔。自分が欲しい言葉をもう一度貰ったことで、王柔の蒼ざめていた顔に赤みが差し、ほっと気持ちが軽くなった様子が浮かび上がりました。
王柔の声の調子が変わったのがわかったのでしょう。羽磋の背後に隠されていた理亜が、彼の背中から少しだけ顔を出して、王柔の様子を覗き見ました。
理亜が恐々とした様子で羽磋の後ろから自分の方を窺っているのを見て、先ほどは怒りと悲しみで一杯だった王柔の心が、今度は理亜に悪いことをしたという気持ちで満たされました。
王柔にだってわかっていたのです。たとえ何があろうとも、理亜が王柔を否定することは無いし、彼が彼女に注いだ愛情はちゃんと伝わっているということを。何故だかよくわからないけれども、理亜が濃青色の球体を「お母さん」と呼んでそちらに行こうとしていることも、それは王柔の事を「もう要らない」と否定することにはならないんだということを。
でも、そうであっても、濃青色の球体に必死に呼びかける理亜を見て、王柔は悲しかったのです。
自分たちを守るようにではなく、濃青色の球体を守るようにして立った理亜を見て、辛かったのです。悔しかったのです。
その急激に大きくなった負の感情は大砂嵐のような猛烈な力を持っていて、それに逆らって立ち続けるよりも、流され、打ち倒される方が、楽だったのです。
王 柔にとって幸いだったのは、その悲しみの大嵐を経験したことがある羽磋が傍にいたことでした。羽磋が止めてくれなければきっと、負の感情で一杯になった王柔の詰問は、理亜がそれに耐えきれなくなってその場から逃げ出すまで止まらなかったことでしょう。
そのことは、王柔にもはっきりとわかっていました。羽磋の助けを借りて自分を取り戻した後にも、まだ理亜が目の前にいてくれたということに、有難さと安堵で身体が震える思いでした。
「理亜・・・・・・、ごめんよ。本当に、ごめん。なんだか急に悲しくなって、抑えきれなくなってしまったんだ。理亜が僕たちのことを大事に思ってくれているのは、間違いないのにね。馬鹿だよ、僕は。本当に、ごめんっ」
王柔は、羽磋の背後から自分の様子を窺っている理亜に謝ると、深々と頭を下げました。その声は少し震えていましたが、それは先ほどのように怒りや悲しみで震えていたのではなく、理亜に対する申し訳なさと彼女が自分を許してくれるかという心配からでした。
元より理亜の方は、王柔の事を嫌いになあったわけではありません。ただ、感情を昂らせた彼の権幕があまりにも激しかったために、それに怯えてしまっただけでした。王柔の気持ちが落ち着いたことが分かった理亜は、羽磋の背中側からトコトコと王柔に歩み寄ると、そっと彼の身体に寄り添いました。
「だいじょーぶダヨ、オージュ。ダイジョーブ。ネ、アタシは、オージュ大好きダヨ」
「理亜、ごめんよ、ごめんよっ!」
長身の王柔の腰に手を回す理亜の頭に、王柔の頬を伝った涙がポツンポツンと落ちました。
王柔は理亜の背中に腕を回しました。小さな背中です。彼の長い腕で抱え込むと、それが一層よくわかります。「こんなに小さな理亜に、僕はどうしてあんなことを」という強い後悔がバッと沸き立ち、王柔の心に大きな波が立ちました。でも、それは、すぐに穏やかになりました。それは、王柔の身体を抱く理亜の小さな力によるものでした。もちろん、理亜は小さな女の子ですから、その力は大きさとしては僅かなものでしたが、それは彼女が自分の意志で王柔に寄り添い加えているものでした。その事実が彼の心に大きな安心を与え、心の動揺をすっかりと静めてしまったのでした。
まずは王柔を落ち着かせることが必要だと思った羽磋は「大丈夫だ」としか言わず、それ以上の詳しい説明をしませんでした。感情を昂らせている王柔には短い言葉でないと聞いてもらえないと思えましたし、それに、その言葉だけで十分だとも思ったからでした。
「自分が輝夜に対して酷いことをしてしまった時のように、王柔殿も本当は相手が自分を大切に思っている事はわかっているはずだ」と、羽磋は思いました。ただ、思いもしなかった大きな出来事に直面して「拗ねて」しまった王柔は、それを相手の言葉や態度から再確認したくなっているのです。
でも、大人の男である王柔の拗ね方があまりに激しいので、それに怯えてしまった理亜は応えることができません。そこで羽磋は、もっとも短い言葉で王柔に伝えたのでした。「大丈夫だ」と。
「・・・・・・羽磋殿、羽磋殿おっ・・・・・・」
羽磋が考えたとおり、その短い言葉は王柔の心にまで届いたようでした。いまにも涙を流しそうだった王柔の顔から、悲しみの色がスッと抜け落ちました。王柔の視線に力が戻ったのが、彼の顔を正面から見ている羽磋にはわかりました。
孤独の穴の底まで落ちそうになっていた王柔は、羽磋が掛けた「大丈夫だ」と言う言葉につかまって体勢を立て直し、そこから這い上がることができたのでした。
「大丈夫、大丈夫ですよね、羽磋殿!」
「大丈夫、大丈夫ですよ、王柔殿!」
改めて羽磋に確認をする王柔。自分が欲しい言葉をもう一度貰ったことで、王柔の蒼ざめていた顔に赤みが差し、ほっと気持ちが軽くなった様子が浮かび上がりました。
王柔の声の調子が変わったのがわかったのでしょう。羽磋の背後に隠されていた理亜が、彼の背中から少しだけ顔を出して、王柔の様子を覗き見ました。
理亜が恐々とした様子で羽磋の後ろから自分の方を窺っているのを見て、先ほどは怒りと悲しみで一杯だった王柔の心が、今度は理亜に悪いことをしたという気持ちで満たされました。
王柔にだってわかっていたのです。たとえ何があろうとも、理亜が王柔を否定することは無いし、彼が彼女に注いだ愛情はちゃんと伝わっているということを。何故だかよくわからないけれども、理亜が濃青色の球体を「お母さん」と呼んでそちらに行こうとしていることも、それは王柔の事を「もう要らない」と否定することにはならないんだということを。
でも、そうであっても、濃青色の球体に必死に呼びかける理亜を見て、王柔は悲しかったのです。
自分たちを守るようにではなく、濃青色の球体を守るようにして立った理亜を見て、辛かったのです。悔しかったのです。
その急激に大きくなった負の感情は大砂嵐のような猛烈な力を持っていて、それに逆らって立ち続けるよりも、流され、打ち倒される方が、楽だったのです。
王 柔にとって幸いだったのは、その悲しみの大嵐を経験したことがある羽磋が傍にいたことでした。羽磋が止めてくれなければきっと、負の感情で一杯になった王柔の詰問は、理亜がそれに耐えきれなくなってその場から逃げ出すまで止まらなかったことでしょう。
そのことは、王柔にもはっきりとわかっていました。羽磋の助けを借りて自分を取り戻した後にも、まだ理亜が目の前にいてくれたということに、有難さと安堵で身体が震える思いでした。
「理亜・・・・・・、ごめんよ。本当に、ごめん。なんだか急に悲しくなって、抑えきれなくなってしまったんだ。理亜が僕たちのことを大事に思ってくれているのは、間違いないのにね。馬鹿だよ、僕は。本当に、ごめんっ」
王柔は、羽磋の背後から自分の様子を窺っている理亜に謝ると、深々と頭を下げました。その声は少し震えていましたが、それは先ほどのように怒りや悲しみで震えていたのではなく、理亜に対する申し訳なさと彼女が自分を許してくれるかという心配からでした。
元より理亜の方は、王柔の事を嫌いになあったわけではありません。ただ、感情を昂らせた彼の権幕があまりにも激しかったために、それに怯えてしまっただけでした。王柔の気持ちが落ち着いたことが分かった理亜は、羽磋の背中側からトコトコと王柔に歩み寄ると、そっと彼の身体に寄り添いました。
「だいじょーぶダヨ、オージュ。ダイジョーブ。ネ、アタシは、オージュ大好きダヨ」
「理亜、ごめんよ、ごめんよっ!」
長身の王柔の腰に手を回す理亜の頭に、王柔の頬を伝った涙がポツンポツンと落ちました。
王柔は理亜の背中に腕を回しました。小さな背中です。彼の長い腕で抱え込むと、それが一層よくわかります。「こんなに小さな理亜に、僕はどうしてあんなことを」という強い後悔がバッと沸き立ち、王柔の心に大きな波が立ちました。でも、それは、すぐに穏やかになりました。それは、王柔の身体を抱く理亜の小さな力によるものでした。もちろん、理亜は小さな女の子ですから、その力は大きさとしては僅かなものでしたが、それは彼女が自分の意志で王柔に寄り添い加えているものでした。その事実が彼の心に大きな安心を与え、心の動揺をすっかりと静めてしまったのでした。
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