月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
上 下
295 / 352

月の砂漠のかぐや姫 第292話

しおりを挟む
 理亜の行動がもたらした結果は、それだけではありませんでした。
 羽磋たちの頭上を通過して行った巨大竜巻は、その先で壁のようなものとぶつかりました。それは羽磋たちを飲み込んでいた濃青色の球体の外殻でした。
 羽磋たちが立っているように感じていたゴビの大地は、濃青色の球体に変化した「母を待つ少女」の母親の意識が作り出した仮の世界で、彼女と意識を共有してその過去を追体験していた羽磋たちが現実のように感じていたに過ぎませんでした。でも、その仮の世界の中で母親が投じた巨大竜巻は、形こそは仮のものであったとしても、それが持っていた力は幻でも何でもありませんでした。それは、濃青色の球体の内部に飲み込んだ羽磋たちを粉々に砕くために母親が集めた、純粋な力そのものでした。
 その力が、狙いとしていた羽磋たちから逸れて、濃青色の球体という自分自身にぶつかったのです。濃青色の球体、つまり、「母を待つ少女」の母親は、自分の中で何かが爆発でもしたかのように、激しい痛みがグワワッと急速に広がって行くのを感じました。地下世界が地震で大きく揺らいだように、ゴビの大地という仮の世界は激しく揺れ動きました。いえ、乾燥した赤土が広がる大地だけではありません。現実の空と同じようにどこまでも続いているように見える青空やその下を砂粒と共に吹き抜ける風など、この世界を構成するすべてが激しく震えたり、その姿を薄くしたり濃くしたりし始めました。
 そして。一時はきつく目を閉じていた羽磋たちが次に目を開けた時には、彼らは元の地下世界に戻ってきていたのです。
 「母を待つ少女」の母親が変化した濃青色の球体が、飲み込んでいた羽磋たちを毒物でも吐き出すかのように吐き出したのでしょうか。それとも、巨大竜巻に内側から突き破られて、球体は割れてしまったのでしょうか。あるいは、全ての力を使い果たして消えてしまったのでしょうか。
 濃青色の球体内部での最後の瞬間、羽磋たちは巨大竜巻とそれが巻き起こした砂雲の中におり、絶え間なく叩きつけられる風と砂粒のせいで半ば意識を失っていたような状態でしたから、球体に何が起こったのかはよくわかっていません。
 ただ、いま羽磋の肌が感じとっているのは地下特有の空気の冷やかさであり、彼の耳が聞いているのは地面を流れる青く輝く川が立てる水音です。そして、彼の目に入って来ているのは、ゴビを照らす太陽の光ではなくて地下世界を満たす青い光いです。彼らがヤルダンの地下に広がる世界に戻ってきているのは、間違いがありません。
羽磋は、理亜や王柔を助け起こしながら、そっと周りに視線を走らせました。地下世界の中とは言え、丘のように高まったところに彼らは登っていましたから、それだけでも遠くまで見通せ、状況の大要を掴むことはできます。
「どこにもいないな。どうなったんだろう・・・・・・」
 羽磋が探していたのは、自分たちを飲み込んでいた濃青色の球体の姿でした。でも、彼の視線が捕らえたのは、地下世界の冷たい地面とそこを流れる青く輝く川、地面から伸びて天井を支えている何本もの太い石柱、それに、地下に存在するとは思えないようなとてつもなく大きな空間と、その中を雲の様にゆったりと漂う巨大で透明な球体だけで、濃青色の球体の姿は見当たりませんでした。
 母親が投じてきた巨大竜巻の黒々とした姿は、いまも羽磋の脳裏に焼き付いています。あのバダインジャラン砂漠の夜に、輝夜姫と二人でハブブに襲われたときも、ここまで強く死を意識することはありませんでした。ですから、その母親の変化した姿である濃青色の球体がどうなったのかについて羽磋がしきりに気にするのも、全く無理のないことです。
 でも、羽磋はそれ以上周囲に注意を向けることはできませんでした。なぜなら、ようやく意識がはっきりした王柔が、理亜の傍に駆けつけるやいなや、激しい口調で彼女を問い詰め始めたからでした。
「駄目だろう、理亜っ。羽磋殿の前に飛び出したりして、危ないじゃないか。羽磋殿は刀を持っていたんだぞ。それに、そうだ、そもそも、どうしてあんなことをしたんだ。羽磋殿を守ろうとしてその前に立ったんだったら、もちろんそれは危ないからよくないけど、その気持ちはわかるよ。だけど、理亜。どうしてなんだ。どうして、羽磋殿があいつに向かうのを止めようとするんだよっ。理亜、君にも見えてたよね。アイツの頭の上に恐ろしい竜巻がグルグルと渦巻いていたのを。あいつはそれを僕たちに向けて投げつけて、僕たちを殺そうとしていたんだ。羽磋殿はそれを止めようとしてくれてたんだよ。僕を、君を守ろうとしてくれてたんだよっ。それなのにどうして君は、あいつを守ろうとするんだよ。ねぇ、理亜っ! どうしてだよ、理亜っ!」
 極度の興奮で顔を真っ赤にした王柔は、その長身を折り曲げて小さな理亜の肩を掴み、強く揺さぶりました。ほとんど理亜の上に重なるぐらいに王柔の身体は傾き、その下に入った理亜の頭はガクンガクンと前後に揺れていました。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...