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月の砂漠のかぐや姫 第289話
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「わたしを苦しめる者! これで、消えてしまえっ」
「母を待つ少女」の母親は、頭上でブワンッグワンッと暴れ回っている巨大竜巻を羽磋たちに向けて放とうと、そのしっぽを掴んでいる手をきつく握りました。
羽磋は、そして、「母を待つ少女」の母親は、それぞれ違う理由によるとしても、いまや自分の倒すべき相手としてお互いを認めています。それに、母親がその竜巻を放つのが早いのか、それとも、羽磋が母親の懐に飛び込んでその身体に小刀を突き立てるのが早いのか、当事者にも全く予想が付かない状況でしたから、両者は少しでも早く相手を攻撃することに、それぞれの持つすべての力と神経を集中していました。
その時です。思いもかけなかった者が、予想もしなかった形で、二人の戦いに割って入って来たのです。
「ヤメテッ!」
短くはあるものの明確な意図が現れた叫び声を上げながら、羽磋と母親の間に現われた小柄な影。それは、押しとどめようとする王柔の手を振り切った理亜でした。
一瞬の躊躇もすることができないこの極限の状態の中で、理亜は驚くべき行動に出ていました。
「お母さんを傷つけないデッ、ヤメテッ!」
なんと、理亜は小刀を腰だめに構えて母親に向かって走る羽磋の前に飛び出すと、両手を大きく広げて彼に向かって立ち、それを止めさせようとしたのです。
「母を待つ少女」の母親が巨大な竜巻を頭上に作りこちらを攻撃しようとしていることは、羽磋だけでなく理亜にも見て取れていたでしょう。先ほどは小さな竜巻で吹き飛ばされた王柔を心配して彼の元に走っていましたから、理亜にもその巨大竜巻がどれほど恐ろしいものかは、即座に理解できていたことでしょう。
それに、「母を待つ少女」の母親が自分に対して激しい怒りを持っていることも、彼女が自分に向かって叩きつけた言葉や自分と王柔に向かって新たな竜巻を飛ばしてきたことで、痛感していたはずです。羽磋が母親と自分たちの間に飛び込んできてその竜巻を切り飛ばしてくれなければ、いまごろは自分と王柔がこの大地に横倒しになっていたであろうことも、想像できていたでしょう。
羽磋は小刀を腰だめにしていたので、いつもほど速くは走れませんでした。そのため、理亜は羽磋の前に飛び出すことができていました。ですから、彼女がそうしようとも思えば、羽磋を自分の背中に隠して「母を待つ少女」の母親に対して両手を広げて立ち、さらに、母親に向かって「お母さん、ヤメテ!」と叫んで、自分たちに向かっての攻撃を止めようとすることもできたでしょう。
でも、理亜はそうはしなかったのでした。咄嗟の行動として理亜が行ったことは、全く逆のことでした。理亜は、母親にではなく羽磋に向かって両手を広げて立ち、彼が母親を攻撃するのを止めさせようとしたのです。
それは、羽磋も王柔も、そして、「母を待つ少女」の母親も、全く考えていなかったことでした。
理亜が母親と羽磋の間に飛び込んできた正に瞬間、母親は巨大竜巻のしっぽを握った手を勢いよく羽磋たちに向かって振り下ろしました。母親の視線は目標である羽磋にギュッと固定されていたのですが、そこに横から理亜の身体がサッと入ってきました。母親の目に、自分に向かってではなく羽磋の方に向かって立ち、彼が自分に対して小刀を構えて突進してきているのを止めようとしている彼女の姿が映りました。
「ウ、ウン?」
それはほんの僅かな間の出来事でしたから、理亜の背中を見た母親の心に明確な思考が生じる間などはありませんでした。ただ、その瞬間に、母親の心に大きな違和感が生まれたのは間違いありませんでした。彼女は羽磋たちに向かって両腕を素早く振り降ろしましたが、猛烈に回転する風の集合体である巨大竜巻の尻尾を握る手の力が、その違和感のために僅かに緩んだのでした。
もちろん、理亜の行動に驚かされたのは、羽磋も同じでした。
「小刀で戦うときには、切りつけるのではなく突き立てるのだ。それも、自分よりも大きな相手や強い力を持つ相手と戦うときには、小刀を腰だめに構えて体ごとぶつかっていくのだ。なぜなら、腕の力だけで小刀を突き出しても、力の強い相手にはそれをはねのけられてしまうからだ」というのは、羽磋が父である大伴から教えられていたことでした。
「母を待つ少女」の母親が巨大な竜巻を巻き起こしたことで自分たちの命の危険を察知した羽磋は、咄嗟にもはや母親に小刀を突き立てるしかそれを止める術はないと判断し、父の教え通りに身体を動かしていました。彼の視線と注意は、相手である母親と彼女が放とうとしている巨大竜巻に集中していました。
そこへ、まったく思考の枠の中に入っていなかった理亜という存在が、突然に割って入ってきたのです。それも、なんとか竜巻が放たれることを防ごうと全力で母親に向かって走る、自分の真正面にです。
「あっ」と思う間もないほどの僅かな時間の後に、羽磋は小刀を構えたままで、理亜の小さな体に激突してしまいました。二人は羽磋の走ってきた勢いのままに、砂煙を立てながらゴビの大地に倒れ込みました。
そして、王柔は。
しゃがみ込ませようとした自分の手を理亜に振り払われた王柔は、地面に膝をついていました。理亜の背を追いかけて視線を走らせた彼が見た状況とは、羽磋の前に回り込み彼の「母を待つ少女」の母親への攻撃を止めようとした理亜が、彼ともつれ合いながら勢いよく地面に倒れるところでした。そして、その向こう側で、自分たちに対して母親が両手を振り降ろし、巨大竜巻を投げつけて来たところも目に入りました。
「母を待つ少女」の母親は、頭上でブワンッグワンッと暴れ回っている巨大竜巻を羽磋たちに向けて放とうと、そのしっぽを掴んでいる手をきつく握りました。
羽磋は、そして、「母を待つ少女」の母親は、それぞれ違う理由によるとしても、いまや自分の倒すべき相手としてお互いを認めています。それに、母親がその竜巻を放つのが早いのか、それとも、羽磋が母親の懐に飛び込んでその身体に小刀を突き立てるのが早いのか、当事者にも全く予想が付かない状況でしたから、両者は少しでも早く相手を攻撃することに、それぞれの持つすべての力と神経を集中していました。
その時です。思いもかけなかった者が、予想もしなかった形で、二人の戦いに割って入って来たのです。
「ヤメテッ!」
短くはあるものの明確な意図が現れた叫び声を上げながら、羽磋と母親の間に現われた小柄な影。それは、押しとどめようとする王柔の手を振り切った理亜でした。
一瞬の躊躇もすることができないこの極限の状態の中で、理亜は驚くべき行動に出ていました。
「お母さんを傷つけないデッ、ヤメテッ!」
なんと、理亜は小刀を腰だめに構えて母親に向かって走る羽磋の前に飛び出すと、両手を大きく広げて彼に向かって立ち、それを止めさせようとしたのです。
「母を待つ少女」の母親が巨大な竜巻を頭上に作りこちらを攻撃しようとしていることは、羽磋だけでなく理亜にも見て取れていたでしょう。先ほどは小さな竜巻で吹き飛ばされた王柔を心配して彼の元に走っていましたから、理亜にもその巨大竜巻がどれほど恐ろしいものかは、即座に理解できていたことでしょう。
それに、「母を待つ少女」の母親が自分に対して激しい怒りを持っていることも、彼女が自分に向かって叩きつけた言葉や自分と王柔に向かって新たな竜巻を飛ばしてきたことで、痛感していたはずです。羽磋が母親と自分たちの間に飛び込んできてその竜巻を切り飛ばしてくれなければ、いまごろは自分と王柔がこの大地に横倒しになっていたであろうことも、想像できていたでしょう。
羽磋は小刀を腰だめにしていたので、いつもほど速くは走れませんでした。そのため、理亜は羽磋の前に飛び出すことができていました。ですから、彼女がそうしようとも思えば、羽磋を自分の背中に隠して「母を待つ少女」の母親に対して両手を広げて立ち、さらに、母親に向かって「お母さん、ヤメテ!」と叫んで、自分たちに向かっての攻撃を止めようとすることもできたでしょう。
でも、理亜はそうはしなかったのでした。咄嗟の行動として理亜が行ったことは、全く逆のことでした。理亜は、母親にではなく羽磋に向かって両手を広げて立ち、彼が母親を攻撃するのを止めさせようとしたのです。
それは、羽磋も王柔も、そして、「母を待つ少女」の母親も、全く考えていなかったことでした。
理亜が母親と羽磋の間に飛び込んできた正に瞬間、母親は巨大竜巻のしっぽを握った手を勢いよく羽磋たちに向かって振り下ろしました。母親の視線は目標である羽磋にギュッと固定されていたのですが、そこに横から理亜の身体がサッと入ってきました。母親の目に、自分に向かってではなく羽磋の方に向かって立ち、彼が自分に対して小刀を構えて突進してきているのを止めようとしている彼女の姿が映りました。
「ウ、ウン?」
それはほんの僅かな間の出来事でしたから、理亜の背中を見た母親の心に明確な思考が生じる間などはありませんでした。ただ、その瞬間に、母親の心に大きな違和感が生まれたのは間違いありませんでした。彼女は羽磋たちに向かって両腕を素早く振り降ろしましたが、猛烈に回転する風の集合体である巨大竜巻の尻尾を握る手の力が、その違和感のために僅かに緩んだのでした。
もちろん、理亜の行動に驚かされたのは、羽磋も同じでした。
「小刀で戦うときには、切りつけるのではなく突き立てるのだ。それも、自分よりも大きな相手や強い力を持つ相手と戦うときには、小刀を腰だめに構えて体ごとぶつかっていくのだ。なぜなら、腕の力だけで小刀を突き出しても、力の強い相手にはそれをはねのけられてしまうからだ」というのは、羽磋が父である大伴から教えられていたことでした。
「母を待つ少女」の母親が巨大な竜巻を巻き起こしたことで自分たちの命の危険を察知した羽磋は、咄嗟にもはや母親に小刀を突き立てるしかそれを止める術はないと判断し、父の教え通りに身体を動かしていました。彼の視線と注意は、相手である母親と彼女が放とうとしている巨大竜巻に集中していました。
そこへ、まったく思考の枠の中に入っていなかった理亜という存在が、突然に割って入ってきたのです。それも、なんとか竜巻が放たれることを防ごうと全力で母親に向かって走る、自分の真正面にです。
「あっ」と思う間もないほどの僅かな時間の後に、羽磋は小刀を構えたままで、理亜の小さな体に激突してしまいました。二人は羽磋の走ってきた勢いのままに、砂煙を立てながらゴビの大地に倒れ込みました。
そして、王柔は。
しゃがみ込ませようとした自分の手を理亜に振り払われた王柔は、地面に膝をついていました。理亜の背を追いかけて視線を走らせた彼が見た状況とは、羽磋の前に回り込み彼の「母を待つ少女」の母親への攻撃を止めようとした理亜が、彼ともつれ合いながら勢いよく地面に倒れるところでした。そして、その向こう側で、自分たちに対して母親が両手を振り降ろし、巨大竜巻を投げつけて来たところも目に入りました。
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