月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
上 下
290 / 346

月の砂漠のかぐや姫 第287話

しおりを挟む
 切り裂いた竜巻が上下左右へ飛び散っていったために、羽磋の視界がパッと開けました。羽磋の目は再び「母を待つ少女」の母親の姿を捉えましたが、その顔には「自分が見たものが信じられない」とでもいうかのような驚きの表情が浮かんでいました。
 信じられないのは、それを行った羽磋も同じでした。
 大きく手を振り上げた母親の様子を見た瞬間に、羽磋の身体は動き出していました。理亜と王柔が危ないと思ったからです。ただ、気が付いた時には、羽磋は彼女たちを背にして母親と向き合っていましたが、何をすればいいかという考えは持っていませんでした。
 母親が放ってきた竜巻に対して自分が握っていた小刀で切りつけたのは、本当に無意識での行動でした。それが竜の血を吸ったものであることは知っていたので、ひょっとしたら精霊の力を行使する母親に対して有効かもしれないとは思っていましたが、まさか竜巻を切り裂くことができるなどとは、考えてもいませんでした。飢えた獣のように恐ろしいものが自分に向かって襲い掛かってきたので、夢中で手に持っていた武器で切りつけたというのが、実際のところでした。
「はぁっ、はぁっ、はぁ・・・・・・」
 羽磋は背中を大きく上下させながら、息を整えていました。そして、小刀を握った右手を母親に向かって突き出すと、高い所から自分を見降ろしている彼女の目に、しっかりと自分の目を合せました。それは「目を逸らしたり弱気を見せたりしたら、一気に襲ってこられる」という、野生の獣を相手にしたときと同じ緊張感からの行動でした。
 「母を待つ少女」の母親は、ギリリと音がするほどに奥歯を嚙みしめると、羽磋が自分に向けて突き立てている小刀の先を凝視しました。
 この地下世界へ落ちて来てから、母親はずっと独りでした。それは、山が崩れ岩や砂となり、ヤルダンを流れる川が新たな谷を削り作るほどの長い間のことでした。精霊の不思議な力が働いたのか、彼女に「死」いう区切りは訪れませんでした。そのために、彼女は自分の持っていた恨みや憎しみを何度も何度も思い出し、純化し、さらに、それを増大させることとなり、最後にはこのような濃青色の球体という存在に変わりました。
 理亜や羽磋たちは、その長い時間の果てにようやく彼女に訪れた変化でした。それも、自分の娘を思い出させる嬉しいものでした。それなのに、ああ、それなのに。濃青色の球体となった自分の中に取り込んだ少女は自分の娘ではなく、彼女と一緒に取り込んだ少年と言ってもいいような若い男は、こうして自分に刃を向けているのです。それも、自分の巻き起こした竜巻を切り裂く力を持った、恐ろしい刃を。
 いまは濃青色の球体内部で大人の何倍もの大きさの姿となって、羽磋を、そして、その先に理亜と王柔と対峙している母親は、「長い時の果てにようやくやってきたのはコレか。どこまで世界は自分を苦しめるのだろうか」と、怒りと悔しさで細かに身体を震わせていました。
 ただ、母親はこの怒りをどうやって相手にぶつけたらいいのかを迷っていました。誰に教えられたわけでもないのですが、自然に自分の身体を動かす延長のものとして、母親は竜巻を巻き起こして王柔や羽磋を攻撃しました。でも、驚いたことに羽磋はその竜巻を小刀で切り裂いて逃れました。もしも、再び竜巻を放って攻撃したとしても、彼を打ち倒すことができるかどうかわかりません。彼の動きはとても素早いものでしたから、切り裂いた竜巻の隙間からこちらに飛び込んでこられたら、大きな体を緩慢に動かすことしかできない自分は対処できないかもしれません。
「ああ、なんとも悔しい。自分を騙したあの少女や少年を、この手で殴りつけてやりたい」
 母親はそう思いながらも、次の攻撃を放てずにいたのでした。
「どうする、どうする!」
 母親の攻撃が止まったこの間に、羽磋は一生懸命に頭を働かせていました。
 いまこうして母親に切っ先を向けているのは、それが牽制になるからというだけの理由でした。もともと、この小刀で母親に切りつけるつもりなどありませんでした。また、王柔が言うように、この場から逃げ出すつもりもありませんでした。それどころか、羽磋は「母を待つ少女」の母親に話したいことを持っていました。そして、彼女に協力をしてほしいとさえ思っていたのでした。
「だけど、この状況じゃとても無理だよな・・・・・・。」
 羽磋を睨みつけている母親の視線は、とても鋭くて恐ろしいものです。それに負けないようにとぶつけている自分の視線が弱くなるのが怖くて、瞬きをするのも逡巡するほどです。母親の顔からは、自分たちに対する怒りと憎しみ、それに、竜巻を切り裂かれたという屈辱が読み取れます。ここで羽磋が何か話しかけたとしても、その一言たりとも耳にしてくれそうにはありません。むしろ、何か声を発すれば、火に油を注ぐように、かえって母親の怒りを掻き立ててしまうような気さえします。だからと言って、羽磋には母親に切りかかるつもりはないのですから、小刀を持つ右手に力を入れながらも、彼はそれを母親に向けて保持し続けるだけで、動かすことはできないでいました。
 この奇妙な、しかし、緊迫した膠着状態を動かしたのは、「母を待つ少女の」母親でも羽磋でもなく、彼らに投げかけられた少女の声でした。
「お願い、もう、止めて! 羽磋ドノッ! お母さんっ!」


しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

旦那様が多すぎて困っています!? 〜逆ハー異世界ラブコメ〜

ことりとりとん
恋愛
男女比8:1の逆ハーレム異世界に転移してしまった女子大生・大森泉 転移早々旦那さんが6人もできて、しかも魔力無限チートがあると教えられて!? のんびりまったり暮らしたいのにいつの間にか国を救うハメになりました…… イケメン山盛りの逆ハーです 前半はラブラブまったりの予定。後半で主人公が頑張ります 小説家になろう、カクヨムに転載しています

ヤンデレの妹がマジで俺に懐きすぎてだるい。

クロエ マトエ
青春
俺の名前は 高城アユ これでも男だ。 親父の、高城産業2代目社長高城幸久は65歳で亡くなった。そして俺高城アユがその後を 継ぎ親父の遺産を全て貰う!! 金額で言うなら1500億くらいか。 全部俺の物になるはずだった……。 だけど、親父は金以外のモノも残していった それは妹だ 最悪な事に見た事無い妹が居た。 更に最悪なのが 妹は極度のヤンデレだ。 そんな、ヤンデレな妹と生活をしなくちゃ いけない俺の愚痴を聞いてくれ!!

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

処理中です...