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月の砂漠のかぐや姫 第286話
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王柔と羽磋が丘の上に登ってきたのは、その時でした。斜面を駆け上がってきた王柔は、赤髪の少女に向かって走り寄ります。「母を待つ少女」の母親にとっては、この二人の男は全く知らぬ存在です。少なくとも、自分の娘の周りにはこのような男たちがいたことはありませんでした。
母親は激風を巻き起こして、少女に走り寄る男を吹き飛ばしました。すると、どうしたことでしょうか。先ほどまで、自分に対して「お母さん」と呼び掛けていた少女が、その吹き飛ばされたひょろ長い男の名を叫び、助けようというのか男が倒れているところへと走り出すではありませんか。
「やはり、この少女は自分の娘ではなかった」と改めて母親は確信しました。そして、「この少女は娘の名を語り、自分を騙そうとしていた。そして、この男たちはその仲間だ」と言う考えが、怒りと共に湧き上がりました。一度は「この少女が言うことは本当なのだろうか」と迷いまでしたものですから、母親のその怒りは、火口から流れる溶岩のような熱と光を持ったとても激しいものになりました。
羽磋に向かって重い身体を動かしていた母親は途中で立ち止まると、両腕を大き振りかぶりました。その顔は羽磋の方ではなく彼の後ろの方、つまり、理亜と王柔のいる方を向いたままです。母親は王柔に対して放った激風を、理亜たちに向けて放とうとしているのでした。
「あ、危ないっ!」
母親の顔の向きや動きから彼女の意図を察した羽磋は、咄嗟に身体を数歩分動かして、母親と理亜たちとの間に入りました。その後ろでは、母親の動きを見て一瞬で顔を青くした王柔が、慌てて理亜を地面の上に引き倒すとその上に覆いかぶさっていました。先ほど母親の右腕が起こした突風で吹き飛ばされたばかりでその恐ろしい記憶がはっきりと残っているのか、理亜の身体に重なっている王柔の身体は小刻みに震えていました。
ビョウッ、ビョウウッ!
母親の両腕が勢いよく振り下ろされると、王柔に対して放たれたものと同じ、いいえ、それよりももっと激しく渦巻く激風の塊が、聞くも恐ろしいほどの尖った音を立てながら、羽磋、そして、彼の後方の理亜たちに向かって、走り出しました。大人の数倍もの大きさをした「母を待つ少女」の母親が生み出した竜巻にも似た激風の塊は、大きさも高さも母親の身体の大きさそれ自体よりも大きく、これに巻き込まれでもしたら、身体がばらばらに砕けてしまいそうでした。
母親と羽磋の間にはさほどの距離もなかったので、その激風が生まれた次の瞬間には、ヒョウオウッっと先触れが羽磋の顔に届きました。そして、それが通り過ぎるやいなや、凄まじい勢いの突風が彼の身体に叩きつけられました。
「僅かでも力を抜けば、その瞬間に吹き飛ばされるっ」
頭で考える間などありません。風を受けた全身で、羽磋はそう察しました。
見る見るうちに、母親が羽磋に向かって放った二本の竜巻が、彼の視界の中でその姿を大きくしていきました。竜巻を放った「母を待つ少女」の母親の大きな体も、その陰に入って見えなくなってしまいました。激風の先端が地面を削り飛ばした破片が、彼の手足にいくつも突き刺さりました。シイィィイイイッという空気と空気が擦れあう音が、鼓膜を破らんばかりに大きくなります。
羽磋は足を広げ重心を落として風に逆らっていましたが、その身体に叩きつける風の勢いは留まることなく強くなっていき、もう形のない風がぶつかって来ているのだとはとても思えないほどになっていました。放牧中の羊が正面からぶつかってきた時も、高い椰子の木の上からオアシスの水面に飛び込んだ時も、羽磋はこのような激しい衝撃を受けたことはありませんでした。強弱を織り交ぜながらも途切れることなく全身に叩きつけられる風の様子は、大きな滝を落下する激流のように思えました。
ゴウオオオオ! シュウアアアアッツ!
母親の狙った通りに、二つの巨大な竜巻は相次いで羽磋に襲い掛かっていきました。
理亜の身体の上に覆いかぶさりながら羽磋の方に顔を向けた王柔には、竜巻に飲み込まれようとしている羽磋の姿が、とても小さくて頼りなげなものに見えました。
竜巻から吹き付ける激風で、羽磋は目を開けるのも声を上げるのも困難になっていました。それでも、羽磋は左手で目をかばいながら襲い掛かって来る竜巻の姿を睨みつけ、ほんの僅かでしたが左足を前に踏み出しました。それだけではありません。彼は腰に当てていた右手をグイッと肩口まで振り上げました。その手には、鈍い赤色の光を帯びた小刀が握られていました。
「おおお、ぅおおおおっ!」
羽磋は全身の力をかき集めて、いままさに自分を飲み込もうと雪崩れ込んできた激風の中心に向けて、その小刀を振り降ろしました。
シィイパンッ! シュウイイ・・・・・・、シイイイン・・・・・・。
羽磋の身体を覆い尽そうとしていた竜巻が、斧で割られた薪材のように、彼の振り降ろした剣先に沿って二つに分かれました。そして、二つに分かれたそれぞれは、また渦を巻きながら羽磋の左手と右手に離れていきました。
竜巻が排除され開けた羽磋の視界は、また直ぐに黒々としたもので塞がれました。二つ目の竜巻が彼を包み込もうとしているのでした。
これに対して羽磋はさらに一歩を踏み出すと、今度は左下から右上に向けて、素早く小刀を振り上げました。すると、やはり先ほどと同じように、小刀は恐ろしい勢いで回転する竜巻を二つに切り裂きました。竜巻の上部はブワッと下に向かって風を吐くと地下世界の天井へ向かって飛んでいきました。その下部は形を崩して、羽磋の右後方の地面へ砂粒を押しのけながら広がって行きました。
母親は激風を巻き起こして、少女に走り寄る男を吹き飛ばしました。すると、どうしたことでしょうか。先ほどまで、自分に対して「お母さん」と呼び掛けていた少女が、その吹き飛ばされたひょろ長い男の名を叫び、助けようというのか男が倒れているところへと走り出すではありませんか。
「やはり、この少女は自分の娘ではなかった」と改めて母親は確信しました。そして、「この少女は娘の名を語り、自分を騙そうとしていた。そして、この男たちはその仲間だ」と言う考えが、怒りと共に湧き上がりました。一度は「この少女が言うことは本当なのだろうか」と迷いまでしたものですから、母親のその怒りは、火口から流れる溶岩のような熱と光を持ったとても激しいものになりました。
羽磋に向かって重い身体を動かしていた母親は途中で立ち止まると、両腕を大き振りかぶりました。その顔は羽磋の方ではなく彼の後ろの方、つまり、理亜と王柔のいる方を向いたままです。母親は王柔に対して放った激風を、理亜たちに向けて放とうとしているのでした。
「あ、危ないっ!」
母親の顔の向きや動きから彼女の意図を察した羽磋は、咄嗟に身体を数歩分動かして、母親と理亜たちとの間に入りました。その後ろでは、母親の動きを見て一瞬で顔を青くした王柔が、慌てて理亜を地面の上に引き倒すとその上に覆いかぶさっていました。先ほど母親の右腕が起こした突風で吹き飛ばされたばかりでその恐ろしい記憶がはっきりと残っているのか、理亜の身体に重なっている王柔の身体は小刻みに震えていました。
ビョウッ、ビョウウッ!
母親の両腕が勢いよく振り下ろされると、王柔に対して放たれたものと同じ、いいえ、それよりももっと激しく渦巻く激風の塊が、聞くも恐ろしいほどの尖った音を立てながら、羽磋、そして、彼の後方の理亜たちに向かって、走り出しました。大人の数倍もの大きさをした「母を待つ少女」の母親が生み出した竜巻にも似た激風の塊は、大きさも高さも母親の身体の大きさそれ自体よりも大きく、これに巻き込まれでもしたら、身体がばらばらに砕けてしまいそうでした。
母親と羽磋の間にはさほどの距離もなかったので、その激風が生まれた次の瞬間には、ヒョウオウッっと先触れが羽磋の顔に届きました。そして、それが通り過ぎるやいなや、凄まじい勢いの突風が彼の身体に叩きつけられました。
「僅かでも力を抜けば、その瞬間に吹き飛ばされるっ」
頭で考える間などありません。風を受けた全身で、羽磋はそう察しました。
見る見るうちに、母親が羽磋に向かって放った二本の竜巻が、彼の視界の中でその姿を大きくしていきました。竜巻を放った「母を待つ少女」の母親の大きな体も、その陰に入って見えなくなってしまいました。激風の先端が地面を削り飛ばした破片が、彼の手足にいくつも突き刺さりました。シイィィイイイッという空気と空気が擦れあう音が、鼓膜を破らんばかりに大きくなります。
羽磋は足を広げ重心を落として風に逆らっていましたが、その身体に叩きつける風の勢いは留まることなく強くなっていき、もう形のない風がぶつかって来ているのだとはとても思えないほどになっていました。放牧中の羊が正面からぶつかってきた時も、高い椰子の木の上からオアシスの水面に飛び込んだ時も、羽磋はこのような激しい衝撃を受けたことはありませんでした。強弱を織り交ぜながらも途切れることなく全身に叩きつけられる風の様子は、大きな滝を落下する激流のように思えました。
ゴウオオオオ! シュウアアアアッツ!
母親の狙った通りに、二つの巨大な竜巻は相次いで羽磋に襲い掛かっていきました。
理亜の身体の上に覆いかぶさりながら羽磋の方に顔を向けた王柔には、竜巻に飲み込まれようとしている羽磋の姿が、とても小さくて頼りなげなものに見えました。
竜巻から吹き付ける激風で、羽磋は目を開けるのも声を上げるのも困難になっていました。それでも、羽磋は左手で目をかばいながら襲い掛かって来る竜巻の姿を睨みつけ、ほんの僅かでしたが左足を前に踏み出しました。それだけではありません。彼は腰に当てていた右手をグイッと肩口まで振り上げました。その手には、鈍い赤色の光を帯びた小刀が握られていました。
「おおお、ぅおおおおっ!」
羽磋は全身の力をかき集めて、いままさに自分を飲み込もうと雪崩れ込んできた激風の中心に向けて、その小刀を振り降ろしました。
シィイパンッ! シュウイイ・・・・・・、シイイイン・・・・・・。
羽磋の身体を覆い尽そうとしていた竜巻が、斧で割られた薪材のように、彼の振り降ろした剣先に沿って二つに分かれました。そして、二つに分かれたそれぞれは、また渦を巻きながら羽磋の左手と右手に離れていきました。
竜巻が排除され開けた羽磋の視界は、また直ぐに黒々としたもので塞がれました。二つ目の竜巻が彼を包み込もうとしているのでした。
これに対して羽磋はさらに一歩を踏み出すと、今度は左下から右上に向けて、素早く小刀を振り上げました。すると、やはり先ほどと同じように、小刀は恐ろしい勢いで回転する竜巻を二つに切り裂きました。竜巻の上部はブワッと下に向かって風を吐くと地下世界の天井へ向かって飛んでいきました。その下部は形を崩して、羽磋の右後方の地面へ砂粒を押しのけながら広がって行きました。
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