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月の砂漠のかぐや姫 第282話
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弾き飛ばされた場所で身を起こそうとしていた王柔は、その一部始終を目にしていました。もしも、羽磋が理亜を引き倒すのが間に合わなかったとしたら、彼女はあの恐ろしい竜巻に吹き飛ばされるか、その場に打ち倒されるかしていたに違いありません。
「あ、ありがとう……、ございます。羽磋殿」
知らず知らずのうちに、王柔は感謝の言葉を口にしていました。
「おのれ、おのれぇ! やはり、お前らは、仲間だったのだなぁっ」
その反対に、羽磋が理亜を救ったことで、母親の怒りはさらに高まってしまいました。その巨大な身体が、怒りが充満して膨らんだかのように、さらに大きくなりました。母親は風圧で離れたところまで弾き飛ばしてしまった王柔たちの所に、地面に足を突き刺すように力を入れながら、一歩ずつ近づいていきました。その間も母親の目はこれ以上は無理というほど大きく開かれ、ようやく体を起こし始めた理亜と羽磋とから少しも視線を外しません。それは、まるで視線で相手を焼き尽くすことができればそうしたいとでも、母親が思っているかのようでした。
一度は危機を脱したものの、それですっかり安心できるようになった訳ではないということは、羽磋にもよくわかっていました。彼は直ぐに理亜の側へ身体をずらすと、彼女が身体を起こすのを助けてやりました。幸いなことに、羽磋に礼を言いながら自分でも手をついて身体を起こす理亜には、大きな怪我はなさそうでした。
これまでも羽磋たちが思いもしない行動を理亜がとることがありましたが、この地下世界に入ってからは、一人で勝手に奥へ進んだり、母親に向かって「お母さん」と呼び掛けて自分たちの方には一切の関心を見せなかったりと、その度合いが激しくなっています。
でも、羽磋や王柔たちのことを理亜が全く忘れてしまったかと言えばそうではなく、先ほどは、目の前にいる「母を待つ少女」の母親の方を全く無視して、王柔の名を呼びながら彼の元へ走っていきました。コロコロと変わる理亜の行動は、まるで理亜の意識が二つあって、その二つの意識が入れ替わりながら一つの身体を使っているかのようでした。
「一体、いまの理亜はどっちの理亜なんだ」
一刻でも早くそれを確かめたいと、羽磋は素早く理亜の顔に視線を走らせました。一瞬だけ羽磋の顔を見返した後で、よろよろとしながらも自分たちの方へと走り寄る王柔に「大丈夫? オージュ」と声を掛けるその顔は、彼のよく知る理亜の顔でした。
「良かった、理亜はいつもの理亜だ」
羽磋はホッと胸をなでおろしました。それがこの窮地を脱することに直接的に繋がるという訳ではないのですが、理亜が自分の知っている理亜に戻っている、そのこと自体が彼の心に安心感を与えるのでした。
羽磋と理亜が立ちあがったところに、ようやく王柔が辿り着きました。彼は痛みに顔をしかめながらも、できるだけの速さで二人の元へやってきたのですが、それですべての力を使い切ってしまったかのようでした。王柔は二人の横に立つことはできず、その場に両膝と両手をついて、地面に顔を向けたままで荒い呼吸を繰り返すのでした。
「ハア、アアッ・・・・・・、ハア、ハアアッ・・・・・・。ハア、う、羽磋殿。アア、ハァ。に、逃げましょう。ハアァツ」
苦しい息の中から精一杯の速さと大きさで声を出して、王柔は羽磋に訴えました。
「やっと、理亜と再び一緒になれたのです。これ以上、こんな危険な相手と対峙している必要などないのです。早く逃げましょう。理亜を連れて、このとても人とは思えない、訳が分からない相手から逃げましょう」
呼吸が苦しい王柔の言葉は途切れ途切れで不十分なものでしたが、彼がそう言いたいということは、羽磋にも十分に伝わりました。
でも、一体どこへ逃げればいいのでしょうか。
ここはゴビの砂漠の一部で、乾燥した赤土の上に月の民が拠点としている村へ続く道がうっすらと浮かび上がっているところです。いや、違います。そのようなところではありません。そうなのです。それはそのように見えるだけなのです。忘れてはいけません。ここは、ヤルダンの地下世界を浮遊している濃青色の球体の内部です。羽磋たちはそれに飲み込まれたのですが、濃青色の球体の源となった「母を待つ少女」という昔話に出てくる母親の悲しさや絶望を追体験したことで、その球体内部を満たしていた母親の意識と彼らの意識が馴染み、それを自分たちが理解しやすい形で見ることができるようになったに過ぎないのです。実際のところは、彼らはまだ球体の内部に飲み込まれたままなのです。
それに、仮にその球体から逃げ出せたとしても、その後はどうすれば良いのでしょうか。ヤルダンの地下に広がる大空間の中を濃青色の球体は浮遊しているのです。地下から地上に出る算段など、羽磋たちにはないのです。
「あ、ありがとう……、ございます。羽磋殿」
知らず知らずのうちに、王柔は感謝の言葉を口にしていました。
「おのれ、おのれぇ! やはり、お前らは、仲間だったのだなぁっ」
その反対に、羽磋が理亜を救ったことで、母親の怒りはさらに高まってしまいました。その巨大な身体が、怒りが充満して膨らんだかのように、さらに大きくなりました。母親は風圧で離れたところまで弾き飛ばしてしまった王柔たちの所に、地面に足を突き刺すように力を入れながら、一歩ずつ近づいていきました。その間も母親の目はこれ以上は無理というほど大きく開かれ、ようやく体を起こし始めた理亜と羽磋とから少しも視線を外しません。それは、まるで視線で相手を焼き尽くすことができればそうしたいとでも、母親が思っているかのようでした。
一度は危機を脱したものの、それですっかり安心できるようになった訳ではないということは、羽磋にもよくわかっていました。彼は直ぐに理亜の側へ身体をずらすと、彼女が身体を起こすのを助けてやりました。幸いなことに、羽磋に礼を言いながら自分でも手をついて身体を起こす理亜には、大きな怪我はなさそうでした。
これまでも羽磋たちが思いもしない行動を理亜がとることがありましたが、この地下世界に入ってからは、一人で勝手に奥へ進んだり、母親に向かって「お母さん」と呼び掛けて自分たちの方には一切の関心を見せなかったりと、その度合いが激しくなっています。
でも、羽磋や王柔たちのことを理亜が全く忘れてしまったかと言えばそうではなく、先ほどは、目の前にいる「母を待つ少女」の母親の方を全く無視して、王柔の名を呼びながら彼の元へ走っていきました。コロコロと変わる理亜の行動は、まるで理亜の意識が二つあって、その二つの意識が入れ替わりながら一つの身体を使っているかのようでした。
「一体、いまの理亜はどっちの理亜なんだ」
一刻でも早くそれを確かめたいと、羽磋は素早く理亜の顔に視線を走らせました。一瞬だけ羽磋の顔を見返した後で、よろよろとしながらも自分たちの方へと走り寄る王柔に「大丈夫? オージュ」と声を掛けるその顔は、彼のよく知る理亜の顔でした。
「良かった、理亜はいつもの理亜だ」
羽磋はホッと胸をなでおろしました。それがこの窮地を脱することに直接的に繋がるという訳ではないのですが、理亜が自分の知っている理亜に戻っている、そのこと自体が彼の心に安心感を与えるのでした。
羽磋と理亜が立ちあがったところに、ようやく王柔が辿り着きました。彼は痛みに顔をしかめながらも、できるだけの速さで二人の元へやってきたのですが、それですべての力を使い切ってしまったかのようでした。王柔は二人の横に立つことはできず、その場に両膝と両手をついて、地面に顔を向けたままで荒い呼吸を繰り返すのでした。
「ハア、アアッ・・・・・・、ハア、ハアアッ・・・・・・。ハア、う、羽磋殿。アア、ハァ。に、逃げましょう。ハアァツ」
苦しい息の中から精一杯の速さと大きさで声を出して、王柔は羽磋に訴えました。
「やっと、理亜と再び一緒になれたのです。これ以上、こんな危険な相手と対峙している必要などないのです。早く逃げましょう。理亜を連れて、このとても人とは思えない、訳が分からない相手から逃げましょう」
呼吸が苦しい王柔の言葉は途切れ途切れで不十分なものでしたが、彼がそう言いたいということは、羽磋にも十分に伝わりました。
でも、一体どこへ逃げればいいのでしょうか。
ここはゴビの砂漠の一部で、乾燥した赤土の上に月の民が拠点としている村へ続く道がうっすらと浮かび上がっているところです。いや、違います。そのようなところではありません。そうなのです。それはそのように見えるだけなのです。忘れてはいけません。ここは、ヤルダンの地下世界を浮遊している濃青色の球体の内部です。羽磋たちはそれに飲み込まれたのですが、濃青色の球体の源となった「母を待つ少女」という昔話に出てくる母親の悲しさや絶望を追体験したことで、その球体内部を満たしていた母親の意識と彼らの意識が馴染み、それを自分たちが理解しやすい形で見ることができるようになったに過ぎないのです。実際のところは、彼らはまだ球体の内部に飲み込まれたままなのです。
それに、仮にその球体から逃げ出せたとしても、その後はどうすれば良いのでしょうか。ヤルダンの地下に広がる大空間の中を濃青色の球体は浮遊しているのです。地下から地上に出る算段など、羽磋たちにはないのです。
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