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月の砂漠のかぐや姫 第279話
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「理亜っ!」
母親の発した声から理亜を守ろうとするかのように、王柔の声がゴビの大地の上に響きました。
この地下世界に入った際に理亜は王柔たちから離れて、自分一人で奥へ進んで行きました。その行動に気が付かずに彼女を見失ってから、王柔は彼女を探すのに必死になっていました。実際のところではそれは何刻も前の出来事ではないのですが、いなくなった理亜を追いかけている間に大きな地震にあったり、青い球体に飲み込まれ「母を待つ少女」の昔話の世界を追体験したりしたために、王柔はとてつもなく長い間彼女と離れていたような気がしていました。
でも、ここに来てようやく理亜と同じ場所に立てたことで、ある意味で彼はほっとしていました。
いまでも彼らが地下世界の中で濃青色の球体に飲み込まれていることには変わりはなく、自分たちがこのようにゴビの大地の上に立っているかのように思えるのは、球体に馴染んだ彼らの意識がその内部に広がる世界へ影響を与え、彼らが理解しやすいようにとそれが現れる様子を変えさせたにすぎないのですが、王柔は自分たちの周囲の様子が変わったことについて、少しも不思議に思っていませんでした。
そもそも、王柔にとって大事なことは理亜が無事である事だけです。彼女がどのような場所にいるかではなくて、彼女がどのような様子であるかが大事なのです。いまの理亜の様子は、この球体の内部に王柔たちが飲み込まれた当初に、空中を強風によって流されながら見た時と変わっていないように見えます。自分の上に圧し掛かってくるような母親に対して、気丈にも顔を上げています。そうであれば、少し離れてはいるものの理亜と同じゴビの大地に立っているいまの状況は、地上にいる理亜とは離れた空中で風にもみくちゃにされて自由に動けなかった時に比べて、王柔にとって大きな前進と言えるのでした。なぜなら、あとほんの少し足を進めれば理亜の身体を抱きしめることができるという所まで来ているのですから。
「理亜っ!」
王柔は、さらに大きな声を上げながら、理亜の元へと走るのでした。
王柔のその動きに、「母を待つ少女」の母親がするどく反応しました。いまではすっかり人間としての感情を取り戻したように見える彼女でしたが、彼女が関心を持っている対象は理亜だけでした。濃青色の球体の中で羽磋たちが彼女の過去を追体験していたのは、別段彼女がそうしようと考えて行ったものなのではなく、彼女の重く冷たい絶望と悲しみが塊となったものである球体に取り込まれた結果として、羽磋たちがその原因を知ることになっただけでした。
そのため母親にとっては、前触れもなく脇の方から現れて、理亜の方に一直線に向かってきたこの男は、自分と赤い髪を持つ少女しか存在しないと思っていた世界にどこからか飛び込んできた異物でしかありませんでした。
「何だ、お前は! どこから入ってきた! 消えろ、消えてしまえっ!」
大人を何人も重ねたほどの巨大な姿をした母親は、勢いよくその右手を横に振り払いました。すると、その大きな掌の動きによって風がボオオウッと立ち上がりました。その風の勢いがあまりにも激しかったために、それはギュルギュルッと渦を巻きながら前方へと飛んでいきました。まるで小さなハブブのようなそれは、母親が王柔に向けた敵意までも含んでいるかのように、カッカッと雷のように鋭く光るものを内部に有しさえしていました。
ゴオオウッ!
王柔は心配をしていた理亜の事しか目に入っていなかったのですが、彼とは対照的に羽磋は、何かが起きればそれに対処しなければならないと、この不思議な世界全体に気を配っていました。理亜だけでなく、彼女と対峙しているボロボロの身なりをした巨大な母親や、いつのまにか自分たちの足元に広がっていたゴビの荒れ地の様子までもが、彼の目に入っていました。そのため、理亜の姿が目に入った瞬間に王柔がぱっと走り出した時には、羽磋は同じように走り出せず、その場に残されてしまっていました。
慌てて自分も王柔の背中を追おうと顔を動かした時に、母親から放たれた激風の塊が王柔に向かって一直線に向って行く様子が、羽磋の目に飛び込んできました。そして、理亜の事しか頭になく、彼女の方にしか意識を向けていない王柔は、自分に向かって飛んでくる激風に気が付いていませんでした。
ゴゴオオッ! ボヒュウウゥッ!
「あああっ! 王柔殿、危ないっ!」
「ええ? 何ですか、羽磋殿?」
とっさに羽磋が王柔に対して上げた声は、とても早口であり悲鳴にも似た切羽詰まったものでした。その声があまりにも緊迫して聞く者の耳に突き刺さるものであったので、目の前の理亜の方にしか意識を向けていなかった王柔も急に足を止め、羽磋の方を振り向きました。そして、彼の向こう側にまでその声は達していたようで、母親に自分の事を必死に訴えていた理亜も、急に聞こえてきたその危険を告げる声はいったい何だと言わんばかりに、勢いよく髪を揺らしながらこちらの方へ振り向いていました。
母親の発した声から理亜を守ろうとするかのように、王柔の声がゴビの大地の上に響きました。
この地下世界に入った際に理亜は王柔たちから離れて、自分一人で奥へ進んで行きました。その行動に気が付かずに彼女を見失ってから、王柔は彼女を探すのに必死になっていました。実際のところではそれは何刻も前の出来事ではないのですが、いなくなった理亜を追いかけている間に大きな地震にあったり、青い球体に飲み込まれ「母を待つ少女」の昔話の世界を追体験したりしたために、王柔はとてつもなく長い間彼女と離れていたような気がしていました。
でも、ここに来てようやく理亜と同じ場所に立てたことで、ある意味で彼はほっとしていました。
いまでも彼らが地下世界の中で濃青色の球体に飲み込まれていることには変わりはなく、自分たちがこのようにゴビの大地の上に立っているかのように思えるのは、球体に馴染んだ彼らの意識がその内部に広がる世界へ影響を与え、彼らが理解しやすいようにとそれが現れる様子を変えさせたにすぎないのですが、王柔は自分たちの周囲の様子が変わったことについて、少しも不思議に思っていませんでした。
そもそも、王柔にとって大事なことは理亜が無事である事だけです。彼女がどのような場所にいるかではなくて、彼女がどのような様子であるかが大事なのです。いまの理亜の様子は、この球体の内部に王柔たちが飲み込まれた当初に、空中を強風によって流されながら見た時と変わっていないように見えます。自分の上に圧し掛かってくるような母親に対して、気丈にも顔を上げています。そうであれば、少し離れてはいるものの理亜と同じゴビの大地に立っているいまの状況は、地上にいる理亜とは離れた空中で風にもみくちゃにされて自由に動けなかった時に比べて、王柔にとって大きな前進と言えるのでした。なぜなら、あとほんの少し足を進めれば理亜の身体を抱きしめることができるという所まで来ているのですから。
「理亜っ!」
王柔は、さらに大きな声を上げながら、理亜の元へと走るのでした。
王柔のその動きに、「母を待つ少女」の母親がするどく反応しました。いまではすっかり人間としての感情を取り戻したように見える彼女でしたが、彼女が関心を持っている対象は理亜だけでした。濃青色の球体の中で羽磋たちが彼女の過去を追体験していたのは、別段彼女がそうしようと考えて行ったものなのではなく、彼女の重く冷たい絶望と悲しみが塊となったものである球体に取り込まれた結果として、羽磋たちがその原因を知ることになっただけでした。
そのため母親にとっては、前触れもなく脇の方から現れて、理亜の方に一直線に向かってきたこの男は、自分と赤い髪を持つ少女しか存在しないと思っていた世界にどこからか飛び込んできた異物でしかありませんでした。
「何だ、お前は! どこから入ってきた! 消えろ、消えてしまえっ!」
大人を何人も重ねたほどの巨大な姿をした母親は、勢いよくその右手を横に振り払いました。すると、その大きな掌の動きによって風がボオオウッと立ち上がりました。その風の勢いがあまりにも激しかったために、それはギュルギュルッと渦を巻きながら前方へと飛んでいきました。まるで小さなハブブのようなそれは、母親が王柔に向けた敵意までも含んでいるかのように、カッカッと雷のように鋭く光るものを内部に有しさえしていました。
ゴオオウッ!
王柔は心配をしていた理亜の事しか目に入っていなかったのですが、彼とは対照的に羽磋は、何かが起きればそれに対処しなければならないと、この不思議な世界全体に気を配っていました。理亜だけでなく、彼女と対峙しているボロボロの身なりをした巨大な母親や、いつのまにか自分たちの足元に広がっていたゴビの荒れ地の様子までもが、彼の目に入っていました。そのため、理亜の姿が目に入った瞬間に王柔がぱっと走り出した時には、羽磋は同じように走り出せず、その場に残されてしまっていました。
慌てて自分も王柔の背中を追おうと顔を動かした時に、母親から放たれた激風の塊が王柔に向かって一直線に向って行く様子が、羽磋の目に飛び込んできました。そして、理亜の事しか頭になく、彼女の方にしか意識を向けていない王柔は、自分に向かって飛んでくる激風に気が付いていませんでした。
ゴゴオオッ! ボヒュウウゥッ!
「あああっ! 王柔殿、危ないっ!」
「ええ? 何ですか、羽磋殿?」
とっさに羽磋が王柔に対して上げた声は、とても早口であり悲鳴にも似た切羽詰まったものでした。その声があまりにも緊迫して聞く者の耳に突き刺さるものであったので、目の前の理亜の方にしか意識を向けていなかった王柔も急に足を止め、羽磋の方を振り向きました。そして、彼の向こう側にまでその声は達していたようで、母親に自分の事を必死に訴えていた理亜も、急に聞こえてきたその危険を告げる声はいったい何だと言わんばかりに、勢いよく髪を揺らしながらこちらの方へ振り向いていました。
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