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月の砂漠のかぐや姫 第275話
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ふっ、と一拍の静寂が生じた後に。
カッ。ピカアッ!
母親の身体を覆い隠していた青い光の繭が砕け、その破片が四方八方へ弾け飛びました。それは、全くの無音での出来事であり、いささかの熱や風圧も伴っていませんでしたが、あたかもそこに青い太陽が新しく生まれたかのような、激しい光の爆発でした。
たちまち、地下世界の奇妙な全景が青い光で浮かび上がりました。
地下世界の地面の上を流れていた川の水は、その青い光を反射することで、まるで水そのものが青く染められてしまったかのように、真っ青になりました。
不思議なことに、川の水が青い光を反射するのはその激しい光の爆発が起きた場所に限った事ではありませんでした。川の水の表層が青い光を発する場所は、瞬く間にその流れを遡って広がっていきました。それは、まるで津波が川を逆流して伝播していくかのように、水の流れにまったく影響を受けていませんでした。川が青く光る部分はどんどんと上流に向けて広がって行き、地下世界の地面を流れる川の水が全て青い光を放つようになると、そのさらに上流である洞窟の内部を流れる川の水にまで遡っていきました。洞窟の地下世界側の出口から一気に始まった青い光の逆流は、長く続く洞窟の中を勢いよく走り抜け、あっという間に反対側の出口を飛び出すと、川を流された羽磋たちが意識を取り戻した、あの地中の大きな池にまで到達しました。
この川の水を青い光が染めた現象は、一時だけのものではありませんでした。川の水は祁連山脈の地下水を源としていて、外の世界から地中へ新しいものが次々と流れ込んでくるのですが、この時以降、地下の大空間に入った時点で柔らかな青い光を放つようになりました。そのため、それまでは完全な闇の世界であった地中の池の周囲や洞窟の内部は、おぼろげな青い光に満たされることとなりました。
強烈な青い光の爆発があった地下世界には、その他にも大きな変化がありました。
洞窟を通って流れ込むほのかな青い光を放つ川の水は、この地下世界に入った途端に青い光をもっと強く放つようになりました。また、無数の石柱が支える広大な空間には、これまでにはなかった幾つもの大きな球体が現れていました。それは、何かが水中に落下した時に発生する空気の泡のように、透明で滑らかな球体でした。でも、水中に生じた空気の泡は、水の表面に浮かび上がろうと動きますが、この透明で大きな球体はそのような動きはせずに、まるで空に浮かぶ雲の様に空間をゆっくりと漂っていました。
その無数の球体の中に一つだけ、他の球体と全く異なると言っても良いほど、一際大きくて濃い青色をしたものがありました。透明な膜の内部には何も入っていない他の球体とは違って、濃青色の球体の内部では、雷雲のような不定形のものが、小さな稲光をピカピカと光らせながらグルグルと渦巻いていました。
この濃青色の球体は、明らかに異質でした。
再び全景を俯瞰して見るようになっていた羽磋と王柔でしたが、この濃青色の球体を目にした時には、そこから放たれる無言の力、それも、自分の運命を呪い他者を羨む負の念の強さに、息を飲まずにはいられませんでした。
「どうして濃青色の球体はこのような恐ろしい感情を発しているのだろう」と、それに注意を向けると、誰かに自分の気持ちを届けるための大声でなく、自分の中に無念や絶望が急激に膨らんで溢れ出たというような叫び声が、彼らの耳に突き刺さりました。
「どうして、わたしだけ! どうして、わたしだけが! ああ! どうして、わたしだけがっ!」
それは、あの母親の声でした。
絶望の極みの中で、自分にそのような運命を科した誰かを呪い、自分以外の全てを憎悪しながら、ゴビの地中へ身を投げた母親。
その母親のとてつもなく激しい思念と、古くから鬼や魔物が住むと囁かれ続けるヤルダンが持つ人外の空気と、母親が霊峰祁連山脈の奥地で摘み持ち込んだ薬草に宿る精霊の力。これらの全てが掛け合わされ、反応し、不可思議の現象を引き起こしたのに違いありません。
何故なら、この濃青色の球体こそが、地上に生じていた亀裂を通ってこの地下世界に落下してきた母親そのものだったからです。不可思議の力によって、母親は悲しみと絶望を表す深海の底の水の色をした球体へと、姿を変えていたのでした。
カッ。ピカアッ!
母親の身体を覆い隠していた青い光の繭が砕け、その破片が四方八方へ弾け飛びました。それは、全くの無音での出来事であり、いささかの熱や風圧も伴っていませんでしたが、あたかもそこに青い太陽が新しく生まれたかのような、激しい光の爆発でした。
たちまち、地下世界の奇妙な全景が青い光で浮かび上がりました。
地下世界の地面の上を流れていた川の水は、その青い光を反射することで、まるで水そのものが青く染められてしまったかのように、真っ青になりました。
不思議なことに、川の水が青い光を反射するのはその激しい光の爆発が起きた場所に限った事ではありませんでした。川の水の表層が青い光を発する場所は、瞬く間にその流れを遡って広がっていきました。それは、まるで津波が川を逆流して伝播していくかのように、水の流れにまったく影響を受けていませんでした。川が青く光る部分はどんどんと上流に向けて広がって行き、地下世界の地面を流れる川の水が全て青い光を放つようになると、そのさらに上流である洞窟の内部を流れる川の水にまで遡っていきました。洞窟の地下世界側の出口から一気に始まった青い光の逆流は、長く続く洞窟の中を勢いよく走り抜け、あっという間に反対側の出口を飛び出すと、川を流された羽磋たちが意識を取り戻した、あの地中の大きな池にまで到達しました。
この川の水を青い光が染めた現象は、一時だけのものではありませんでした。川の水は祁連山脈の地下水を源としていて、外の世界から地中へ新しいものが次々と流れ込んでくるのですが、この時以降、地下の大空間に入った時点で柔らかな青い光を放つようになりました。そのため、それまでは完全な闇の世界であった地中の池の周囲や洞窟の内部は、おぼろげな青い光に満たされることとなりました。
強烈な青い光の爆発があった地下世界には、その他にも大きな変化がありました。
洞窟を通って流れ込むほのかな青い光を放つ川の水は、この地下世界に入った途端に青い光をもっと強く放つようになりました。また、無数の石柱が支える広大な空間には、これまでにはなかった幾つもの大きな球体が現れていました。それは、何かが水中に落下した時に発生する空気の泡のように、透明で滑らかな球体でした。でも、水中に生じた空気の泡は、水の表面に浮かび上がろうと動きますが、この透明で大きな球体はそのような動きはせずに、まるで空に浮かぶ雲の様に空間をゆっくりと漂っていました。
その無数の球体の中に一つだけ、他の球体と全く異なると言っても良いほど、一際大きくて濃い青色をしたものがありました。透明な膜の内部には何も入っていない他の球体とは違って、濃青色の球体の内部では、雷雲のような不定形のものが、小さな稲光をピカピカと光らせながらグルグルと渦巻いていました。
この濃青色の球体は、明らかに異質でした。
再び全景を俯瞰して見るようになっていた羽磋と王柔でしたが、この濃青色の球体を目にした時には、そこから放たれる無言の力、それも、自分の運命を呪い他者を羨む負の念の強さに、息を飲まずにはいられませんでした。
「どうして濃青色の球体はこのような恐ろしい感情を発しているのだろう」と、それに注意を向けると、誰かに自分の気持ちを届けるための大声でなく、自分の中に無念や絶望が急激に膨らんで溢れ出たというような叫び声が、彼らの耳に突き刺さりました。
「どうして、わたしだけ! どうして、わたしだけが! ああ! どうして、わたしだけがっ!」
それは、あの母親の声でした。
絶望の極みの中で、自分にそのような運命を科した誰かを呪い、自分以外の全てを憎悪しながら、ゴビの地中へ身を投げた母親。
その母親のとてつもなく激しい思念と、古くから鬼や魔物が住むと囁かれ続けるヤルダンが持つ人外の空気と、母親が霊峰祁連山脈の奥地で摘み持ち込んだ薬草に宿る精霊の力。これらの全てが掛け合わされ、反応し、不可思議の現象を引き起こしたのに違いありません。
何故なら、この濃青色の球体こそが、地上に生じていた亀裂を通ってこの地下世界に落下してきた母親そのものだったからです。不可思議の力によって、母親は悲しみと絶望を表す深海の底の水の色をした球体へと、姿を変えていたのでした。
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