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月の砂漠のかぐや姫 第258話
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「そうだ、羽磋殿なら」と、王柔は思いました。
「この激しい揺れの中でも立ち続けている羽磋殿なら、急斜面を駆け上がって理亜のところまで行けるのではないか。自分に気を配ってくれているのかもしれないが、羽磋殿だけでも理亜の元へ行ってくれたら、その方が良いのではないか」と。
「羽磋殿っ」
「オカアサンに理亜が・・・・・・。でも、理亜のお母さんは・・・・・・。だとしたら・・・・・・。そうだ、もう半分の?」
王柔は自分の想いを伝えようと羽磋に呼びかけましたが、羽磋はまだ自分の考えの中を彷徨っているようで、王柔の声に対して何の反応も見せませんでした。
「ううっ。羽磋殿っ、羽磋殿!」
「ああ、えっと、何かありましたか、王柔殿?」
王柔は地面の揺れが小さくなった時に合わせて一息で立ち上がると、羽磋の肩を掴んで揺すり、さらに耳元で大きな声を上げました。何かを考えることに没頭していた羽磋でしたが、流石にこれには気が付きます。無理やり現実の世界に呼び戻された羽磋は王柔に何かあったのかと尋ねましたが、王柔が話をするよりも先に、これまでとは違う感情を帯びた理亜の声が上から降りてきました。
「オカアサンッ! ココッ、ココだよぉ!」
理亜の言葉の内容は誰かに自分の居場所を告げるものでこれまでと変わらないのですが、その声は嬉しさを抑えきれないというような明るいものに変わっていました。それに加えて、今までには聞こえてこなかった音が丘の向こう側から聞こえてきていました。それは大量の雨が激しく地上に打ち付けるようなザアアアッという音でした。
「これのことですか! 何の音でしょうか、見てきます、王柔殿っ」
この新たに聞こえてきた音に注意を促すために王柔が自分の肩を叩いたのだと羽磋思いました。いま二人が立っている場所からは丘が邪魔になって音のする方が見えないので、羽磋は王柔に言葉を返すのと同時に、丘の下辺に沿って走り出しました。
「ちょ、ちょっとっ、羽磋殿!」
王柔が羽磋に呼び掛けたのはこの音が聞こえてきたからではなかったのですが、そう言って羽磋を止める間もありませんでしたし、この音が気になる事もまた事実でした。そこで、王柔も急いで羽磋の後を追いかけることにしました。地震のせいで羽磋程には速く走れませんでしたが、羽磋が立ち止まったのはそれほど離れたところではなかったので、少し遅れただけで彼の横に立つことができました。
「羽磋殿、何が見え、か・・・・・・。ああああぁ・・・・・・」
羽磋は丘の下辺を回り込むようにして走っていました。丘の正面は非常にきつい傾斜のある斜面となっていましたが、その側面はなだらかな傾斜になっていたので、彼が立ち止まったところからは丘の稜線越しに地下世界の奥が見られるようになっていました。そこで、羽磋は言葉もなく立ち尽くしていました。羽磋に追いついた王柔は、丘の向こうに何が見えるか尋ねながらその横に立ちましたが、その途中からは彼の口から意味のある言葉は出てこなくなりました。彼の目に飛び込んできた想像を超える光景が、彼の口からそれを奪ってしまったのでした。
青く輝くとてつもなく大きな球体。
それが、二人が見たものでした。
地下世界には、川の水の中に生じる空気の泡のように透明で天幕がすっぽりと入ってしまうほど大きな球体が、幾つも幾つも浮かんでいました。初めは雲が流れる様に揺蕩っていたそれらは、地下世界の震動が再び大きくなったころから不規則に動き始めました。それらの中には、お互いにぶつかったり地面や天井にぶつかったりして割れてしまうものもありました。
でも、二人が見た大きな球体は、それと似て非なるものでした。
それは透明な球体と同じように空中に浮かんでいるのですが、その内部は透明ではありませんでした。その球体の内部では、新月の夜空に浮かぶ雲のように深みのある濃青色をした流体がグルリグルリと渦を巻いていました。また、その一部からはときおり稲光のような強烈な光が漏れ出て、パシパシィッと周囲を叩いていました。
まるで青い雷雲を閉じ込めたようなその球体の下部からは、荒天の際の激しい雨のように大量の水が地面に降り注いでいました。この大量の降水が地面を打つ「ザアアッ」という音が、羽磋と王柔の耳に届いた新しい音の正体でした。
地面に落ちた水は傾斜に従い窪みへ、あるいは、川へと流れていきます。この青い球体から落ちた水は透明ではなく、とても濃い青色をしていました。そしてその水は、不思議な力を持っていました。窪みの底に溜まっていた水や川の水がこの濃い青色の水に触れると、二つの水が混ざり合うよりも先に触れた部分がパッと濃い青色に変わりました。その反応は水が触れ合った部分だけに起きたのではありませんでした。窪みの底に溜まっている水であれば、その窪みの水全体にその反応が伝わって濃い青色に変わりましたし、直接濃い青色の水に触れていない周辺の窪みに溜まっている水までにもその反応が伝わって、やはり濃い青色に変わるのでした。また、川の方はと言えば、濃い青色をした水が流れ込んだ部分とその周辺の水が変色をし、それが下流に流れていくだけにとどまらず、その反応は水の流れを全く無視するかのようにどんどんと上流の方にまで伝わっていくのでした。
誰かから説明を受ける必要は全くありませんでした。羽磋も王柔も、すぐに理解をしました。「これこそが、地下世界の青く輝く水の源なのだ」と。
「この激しい揺れの中でも立ち続けている羽磋殿なら、急斜面を駆け上がって理亜のところまで行けるのではないか。自分に気を配ってくれているのかもしれないが、羽磋殿だけでも理亜の元へ行ってくれたら、その方が良いのではないか」と。
「羽磋殿っ」
「オカアサンに理亜が・・・・・・。でも、理亜のお母さんは・・・・・・。だとしたら・・・・・・。そうだ、もう半分の?」
王柔は自分の想いを伝えようと羽磋に呼びかけましたが、羽磋はまだ自分の考えの中を彷徨っているようで、王柔の声に対して何の反応も見せませんでした。
「ううっ。羽磋殿っ、羽磋殿!」
「ああ、えっと、何かありましたか、王柔殿?」
王柔は地面の揺れが小さくなった時に合わせて一息で立ち上がると、羽磋の肩を掴んで揺すり、さらに耳元で大きな声を上げました。何かを考えることに没頭していた羽磋でしたが、流石にこれには気が付きます。無理やり現実の世界に呼び戻された羽磋は王柔に何かあったのかと尋ねましたが、王柔が話をするよりも先に、これまでとは違う感情を帯びた理亜の声が上から降りてきました。
「オカアサンッ! ココッ、ココだよぉ!」
理亜の言葉の内容は誰かに自分の居場所を告げるものでこれまでと変わらないのですが、その声は嬉しさを抑えきれないというような明るいものに変わっていました。それに加えて、今までには聞こえてこなかった音が丘の向こう側から聞こえてきていました。それは大量の雨が激しく地上に打ち付けるようなザアアアッという音でした。
「これのことですか! 何の音でしょうか、見てきます、王柔殿っ」
この新たに聞こえてきた音に注意を促すために王柔が自分の肩を叩いたのだと羽磋思いました。いま二人が立っている場所からは丘が邪魔になって音のする方が見えないので、羽磋は王柔に言葉を返すのと同時に、丘の下辺に沿って走り出しました。
「ちょ、ちょっとっ、羽磋殿!」
王柔が羽磋に呼び掛けたのはこの音が聞こえてきたからではなかったのですが、そう言って羽磋を止める間もありませんでしたし、この音が気になる事もまた事実でした。そこで、王柔も急いで羽磋の後を追いかけることにしました。地震のせいで羽磋程には速く走れませんでしたが、羽磋が立ち止まったのはそれほど離れたところではなかったので、少し遅れただけで彼の横に立つことができました。
「羽磋殿、何が見え、か・・・・・・。ああああぁ・・・・・・」
羽磋は丘の下辺を回り込むようにして走っていました。丘の正面は非常にきつい傾斜のある斜面となっていましたが、その側面はなだらかな傾斜になっていたので、彼が立ち止まったところからは丘の稜線越しに地下世界の奥が見られるようになっていました。そこで、羽磋は言葉もなく立ち尽くしていました。羽磋に追いついた王柔は、丘の向こうに何が見えるか尋ねながらその横に立ちましたが、その途中からは彼の口から意味のある言葉は出てこなくなりました。彼の目に飛び込んできた想像を超える光景が、彼の口からそれを奪ってしまったのでした。
青く輝くとてつもなく大きな球体。
それが、二人が見たものでした。
地下世界には、川の水の中に生じる空気の泡のように透明で天幕がすっぽりと入ってしまうほど大きな球体が、幾つも幾つも浮かんでいました。初めは雲が流れる様に揺蕩っていたそれらは、地下世界の震動が再び大きくなったころから不規則に動き始めました。それらの中には、お互いにぶつかったり地面や天井にぶつかったりして割れてしまうものもありました。
でも、二人が見た大きな球体は、それと似て非なるものでした。
それは透明な球体と同じように空中に浮かんでいるのですが、その内部は透明ではありませんでした。その球体の内部では、新月の夜空に浮かぶ雲のように深みのある濃青色をした流体がグルリグルリと渦を巻いていました。また、その一部からはときおり稲光のような強烈な光が漏れ出て、パシパシィッと周囲を叩いていました。
まるで青い雷雲を閉じ込めたようなその球体の下部からは、荒天の際の激しい雨のように大量の水が地面に降り注いでいました。この大量の降水が地面を打つ「ザアアッ」という音が、羽磋と王柔の耳に届いた新しい音の正体でした。
地面に落ちた水は傾斜に従い窪みへ、あるいは、川へと流れていきます。この青い球体から落ちた水は透明ではなく、とても濃い青色をしていました。そしてその水は、不思議な力を持っていました。窪みの底に溜まっていた水や川の水がこの濃い青色の水に触れると、二つの水が混ざり合うよりも先に触れた部分がパッと濃い青色に変わりました。その反応は水が触れ合った部分だけに起きたのではありませんでした。窪みの底に溜まっている水であれば、その窪みの水全体にその反応が伝わって濃い青色に変わりましたし、直接濃い青色の水に触れていない周辺の窪みに溜まっている水までにもその反応が伝わって、やはり濃い青色に変わるのでした。また、川の方はと言えば、濃い青色をした水が流れ込んだ部分とその周辺の水が変色をし、それが下流に流れていくだけにとどまらず、その反応は水の流れを全く無視するかのようにどんどんと上流の方にまで伝わっていくのでした。
誰かから説明を受ける必要は全くありませんでした。羽磋も王柔も、すぐに理解をしました。「これこそが、地下世界の青く輝く水の源なのだ」と。
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