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月の砂漠のかぐや姫 第254話
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「う、うわわっ」
「危ない、王柔殿っ、大丈夫ですかっ」
窪みの縁を走り抜けようとした時に地面が大きく揺れたのですからたまりません。体勢を崩してしまった王柔がフラフラと二、三歩前に進んだところを、急停止した羽磋が両手で抱きかかえるようにして受け止めました。地面にある窪みにも大小がありますし、そこに落ちたら二度と上がってくることはできないというほど急激に落ち込んでいるわけではありませんが、勢いよく転がり落ちて怪我でもしたら、それこそ本当にこの地下世界から出ることが難しくなってしまいます。
「あ、ありがとうございます、羽磋殿。くそ、また揺れが来ましたね」
「ええ、やっぱり理亜の声に反応しているようですね」
「ああ、もうすぐのところまで来ていると思うのに・・・・・・」
地面が激しく揺れる間は走ることなどとてもできませんし、岩の柱を頼りにしながらならともかく、何も掴まるものがないところでは歩くことも困難です。早く理亜の所に行きたい気持ちをグッと抑えて、王柔と羽磋は腰を落として揺れが弱まるのを待つことにしました。
それにしても、理亜はいったいどうしてしまったのでしょう。誰に向かって、何を呼び掛けているのでしょうか。
動くことのできない中で、王柔はそのことを考えずにはいられませんでした。もちろん、答えなど出てはきません。ただ、一つだけ確かだと思えることは、「理亜は理亜でなくなってしまっているようだ」ということでした。既に亡くなっているはずのお母さんに向かって呼びかけたり、王柔たちのことなどすっかり忘れてしまっているかのように振舞ったりしていて、考えたくはないことですが、理亜でない他の誰かになってしまったと考えるのが一番ぴったり くるのでした。
どうしても理亜のことを考えていると彼女を心配する思いがどんどんと大きくなってきてしまい、一度は焦る気持ちを抑え込んだ王柔でしたが、その場で急に立ち上がってしまいました。それに気が付いた羽磋が「危ないっ」と手を伸ばしました。王柔が揺れが治まるのを待たずに走り出すと思ったのです。でも、王柔は走ろうとして立ち上がったのではありませんでした。彼は大声で叫ぼうとして立ち上がったのでした。理亜と自分たちがいまどれくらい離れているのかはよくわかりませんが、彼女の声が自分に聞こえたのですから、こちらの声もあちらに届くはずです。いえ、本当はそのような理屈など、彼は考えてはいませんでした。ただ理亜に向かって叫ばずにはいられなくなってしまったのでした。
「理亜っ、聞こえるか、理亜っ! 僕は王柔だっ、そして、理亜っ。君は僕の大切な妹、理亜だっ。理亜なんだよ、君は! 忘れるな、忘れるなよ、理亜っ。理亜ぁっ!」
乾ききった喉から絞り出された叫び声は、王柔たちのいる場所からは見ることのできない丘の上へ、そして、地下世界の天井へ、さらに、その奥の方へと広がっていきました。
「り、理亜あっ・・・・・、ゴホッゴホッ」
「王柔殿、大丈夫ですか。しっかりしてくださいっ」
腹の奥底までの全ての息を出し切って叫んだ王柔は、身体を折り曲げて激しくむせてしまいました。その波打つ背中を羽磋は優しくさすりました。本当は水でも飲ませてあげたいところなのですが、その様なものはもう手元にはありません。羽磋にできることは、それぐらいのことしかなかったのでした。
感謝を示すように手を軽く振りながら羽磋を見上げた王柔の頬は、涙で濡れていました。それは、激しくむせたせいでもあり、また、理亜への思いがそのような形で溢れてしまったようでもありました。
ゼイゼイと大きく背中を上下させながら息を整えた王柔は、さらに理亜へ呼び掛けようと、丘の上の方へと顔を向け直しました。
その時、王柔が見つめる先の方から再び理亜の声が聞こえてきました。それは、祁連山脈の麓で夏の夕立が降る時のように、始めは小さく落ち着いた声であったのですが、段々とその調子が強く変わっていき、最後には激しく乱れたものへとなっていくのでした。
「オージュ? オージュ・・・・・・」
「ああ、理亜! そうだ、僕だよ、王柔だよっ」
「オージュ・・・・・・。あたし、ここは・・・・・・。どこにいるノ、オージュ?」
「近くだ、すぐ近くにいる。すぐに助けに行くから、そこでじっとしているんだよ、理亜」
「理亜・・・・・・。理亜? あたし・・・・・。どこなの、オージュ、どこなノ。ねぇ、どこナノッ!」
「大丈夫だ、大丈夫だよ! 落ち着いて、理亜!」
理亜がだんだんと混乱していく様子は、その言葉の内容や調子から王柔や羽磋にもすぐにわかりました。理亜を落ち着かせようとする懸命に王柔は声を出すのですが、焦りと心配のあまりその声は尖ってしまうのでした。羽磋は拳をギュッと握りしめながら、その王柔の言葉が理亜に届くようにと願うことしかできないでいました。
「危ない、王柔殿っ、大丈夫ですかっ」
窪みの縁を走り抜けようとした時に地面が大きく揺れたのですからたまりません。体勢を崩してしまった王柔がフラフラと二、三歩前に進んだところを、急停止した羽磋が両手で抱きかかえるようにして受け止めました。地面にある窪みにも大小がありますし、そこに落ちたら二度と上がってくることはできないというほど急激に落ち込んでいるわけではありませんが、勢いよく転がり落ちて怪我でもしたら、それこそ本当にこの地下世界から出ることが難しくなってしまいます。
「あ、ありがとうございます、羽磋殿。くそ、また揺れが来ましたね」
「ええ、やっぱり理亜の声に反応しているようですね」
「ああ、もうすぐのところまで来ていると思うのに・・・・・・」
地面が激しく揺れる間は走ることなどとてもできませんし、岩の柱を頼りにしながらならともかく、何も掴まるものがないところでは歩くことも困難です。早く理亜の所に行きたい気持ちをグッと抑えて、王柔と羽磋は腰を落として揺れが弱まるのを待つことにしました。
それにしても、理亜はいったいどうしてしまったのでしょう。誰に向かって、何を呼び掛けているのでしょうか。
動くことのできない中で、王柔はそのことを考えずにはいられませんでした。もちろん、答えなど出てはきません。ただ、一つだけ確かだと思えることは、「理亜は理亜でなくなってしまっているようだ」ということでした。既に亡くなっているはずのお母さんに向かって呼びかけたり、王柔たちのことなどすっかり忘れてしまっているかのように振舞ったりしていて、考えたくはないことですが、理亜でない他の誰かになってしまったと考えるのが一番ぴったり くるのでした。
どうしても理亜のことを考えていると彼女を心配する思いがどんどんと大きくなってきてしまい、一度は焦る気持ちを抑え込んだ王柔でしたが、その場で急に立ち上がってしまいました。それに気が付いた羽磋が「危ないっ」と手を伸ばしました。王柔が揺れが治まるのを待たずに走り出すと思ったのです。でも、王柔は走ろうとして立ち上がったのではありませんでした。彼は大声で叫ぼうとして立ち上がったのでした。理亜と自分たちがいまどれくらい離れているのかはよくわかりませんが、彼女の声が自分に聞こえたのですから、こちらの声もあちらに届くはずです。いえ、本当はそのような理屈など、彼は考えてはいませんでした。ただ理亜に向かって叫ばずにはいられなくなってしまったのでした。
「理亜っ、聞こえるか、理亜っ! 僕は王柔だっ、そして、理亜っ。君は僕の大切な妹、理亜だっ。理亜なんだよ、君は! 忘れるな、忘れるなよ、理亜っ。理亜ぁっ!」
乾ききった喉から絞り出された叫び声は、王柔たちのいる場所からは見ることのできない丘の上へ、そして、地下世界の天井へ、さらに、その奥の方へと広がっていきました。
「り、理亜あっ・・・・・、ゴホッゴホッ」
「王柔殿、大丈夫ですか。しっかりしてくださいっ」
腹の奥底までの全ての息を出し切って叫んだ王柔は、身体を折り曲げて激しくむせてしまいました。その波打つ背中を羽磋は優しくさすりました。本当は水でも飲ませてあげたいところなのですが、その様なものはもう手元にはありません。羽磋にできることは、それぐらいのことしかなかったのでした。
感謝を示すように手を軽く振りながら羽磋を見上げた王柔の頬は、涙で濡れていました。それは、激しくむせたせいでもあり、また、理亜への思いがそのような形で溢れてしまったようでもありました。
ゼイゼイと大きく背中を上下させながら息を整えた王柔は、さらに理亜へ呼び掛けようと、丘の上の方へと顔を向け直しました。
その時、王柔が見つめる先の方から再び理亜の声が聞こえてきました。それは、祁連山脈の麓で夏の夕立が降る時のように、始めは小さく落ち着いた声であったのですが、段々とその調子が強く変わっていき、最後には激しく乱れたものへとなっていくのでした。
「オージュ? オージュ・・・・・・」
「ああ、理亜! そうだ、僕だよ、王柔だよっ」
「オージュ・・・・・・。あたし、ここは・・・・・・。どこにいるノ、オージュ?」
「近くだ、すぐ近くにいる。すぐに助けに行くから、そこでじっとしているんだよ、理亜」
「理亜・・・・・・。理亜? あたし・・・・・。どこなの、オージュ、どこなノ。ねぇ、どこナノッ!」
「大丈夫だ、大丈夫だよ! 落ち着いて、理亜!」
理亜がだんだんと混乱していく様子は、その言葉の内容や調子から王柔や羽磋にもすぐにわかりました。理亜を落ち着かせようとする懸命に王柔は声を出すのですが、焦りと心配のあまりその声は尖ってしまうのでした。羽磋は拳をギュッと握りしめながら、その王柔の言葉が理亜に届くようにと願うことしかできないでいました。
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