月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第248話

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 もっとも、それは理亜本人が明確な意思を持って行っていることではありませんでした。「行くんだ。行かなくちゃいけないんだ」と心の内側から理亜を激しく突き動かすものがあって、今の理亜はそれ以外のことは何も考えられない状態になっていたからでした。
 長く続いた洞窟を抜けた後で、この地下世界に降りてきて目に見えない薄い膜のようなものをツンッと通り抜けたと感じた瞬間に、理亜の心の中に何かが生まれていました。もっと細かに言えば、それはこれまでも彼女の心の中にひっそりと存在していたのですが、その瞬間を境に急速に大きく熱く激しくなり、彼女の心の主導権を完全に奪ってしまったのでした。
 では、どうして今まで理亜たちは、その何ものかの存在に気づいていなかったのでしょうか。
 それは、外から入り込んだ何ものかが彼女の心の中に異物として存在していたのではなく、彼女の心と交じり合って一つになっていたため、理亜本人はもちろん他の人もそれに気が付くことができていなかったからでした。もちろん、別のものと交じり合ったのですから、例えばヤグルマギクの青い花の汁にヒナゲシの赤い花の汁を混ぜた時のように、彼女の心の色は本来の色とは異なるものになっていたことでしょう。でも、心の色は日によっても状況によっても変わるものです。仮に自分の心の動きがいつもと違うと感じたとしても、何か違うものが心に入り込んでいると考える人などおりません。ましてや、何かが入り込んだその心でではなおさらのことでした。
 王柔や羽磋と一緒に洞窟を抜けてこの地下世界の中へと入った後で、これからどこに向かって進めばいいかと相談をする彼ら二人の背中を見ながら、理亜はじっと待っていました。その間に、理亜の心の色は活動を始めた何ものかの色に完全に染められてしまったのでした。
「行くんだ、行くんだ。行くんだっ。きっと、そこにいるからっ」
 そのように思い始めると、理亜はそれ以上二人の後ろでじっとしてはいられなくなってしまいました。自分の内側の急激な変化に戸惑いを覚えるだけの余裕もありませんでした。どこに行くのか、何のために行くのか、「なに」がそこにいるか等という疑問も起きませんでした。「王柔に断らなければいけない」という思いが浮かぶことさえもありませんでした。その時にはもう、ただ地下世界の奥へ向かって走り出したいという思いで、彼女の心がいっぱいになっていたからでした。
「行かなきゃ。探しに行かなきゃ。早く、早く、早く!」
 自分でも気が付かないうちに、理亜は走り出していました。でもその時の王柔と羽磋は、地下世界の天井やそれを支える石の柱の方について考えるのに頭がいっぱいになっていたので、理亜がいなくなったことに気付くことができなかったのでした。


 理亜の小さな足が地下世界の地面を蹴る度に、彼女の身体は力強く前へと進みました。決して走りやすいとは言えないゴツゴツとした地面の上を、理亜は驚くべき速さで進んでいました。それは小柄な少女ではとても出すことのできない速さでしたし、その勢いは衰えることもありませんでした。まるで、目に見えない大きな力が彼女を動かしているかのようでした。
 そのため、羽磋と王柔が理亜から目を離した時間と彼女を探すために要した時間はそれほど長くはなかったのですが、王柔が理亜を見つけて大声を出した時には、もう理亜は地下世界の奥の方へとずいぶん進んでおり、その姿は小さくなっていました。
 それでも、岩や土でできた壁や天井に反射して王柔の声は地下世界の中で響き渡りましたから、その声は理亜の耳にも届いていました。いつもの理亜であれば、自分を心配して声の限りに叫ぶ王柔の呼びかけを無視するはずはありません。でも、違うのです。いまの理亜を動かしているのは、理亜であって理亜ではないのです。
「はぁっ、はぁっ・・・・・・。ああっ」
 顔を上げて地下世界の奥の方を見ながら走り続けていた理亜は、地面に突き出ていた岩に足を取られて勢いよく転倒してしまいした。その転倒の勢いはとても激しく、理亜の身体は地面の上を何度もゴロゴロと転がってからようやく止まったほどでした。彼女ぐらいの年頃の子供であれば、自分が激しく転倒した驚きと体の痛みで、大声を上げて泣き出してしまっても何の不思議もありませんでした。ところが、理亜は泣き出すどころかどこかに怪我をしていないかの確認もせずにバッと立ち上がると、再び顔をスッと上げて走り出すのでした。
地面に打ちつけた体からの痛みよりも、転倒してしまったために前へ進めなかったことへの悔しさが、理亜の顔には現れていました。
 その悔しさやもどかしさが理亜の心の中で形となり、急に彼女の喉を上がってきました。
理亜は立ち止ると、その身体を大きく逸らして胸いっぱいに息を吸い込み、両手を顔の横に添えてできる限りの大声で叫びました。地下世界の奥の方へ向けて、自分が走っている方へ向けて。
「オ、オカ・・・・・・、オカアサーンッ!」
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