月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第244話

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 もちろん、見方を変えたからと言って、すぐに進むべき方向が定まるという訳ではありません。でも、王柔の言葉を聞いて見方を変えることができたお陰で、羽磋はそれ以上この場所で頭を悩ませることをせずに済みました。
 自分たちはまだ、初めて足を踏み入れる場所、それも想像もしたことがないような地下世界の入口に立っただけなのです。王柔が言うような方法で外へ出ることができるかもしれません。羽磋が考えていたように精霊の力の源がこの地下世界のどこかにあるかもしれません。あるいは、考えもしなかったような地形の変化や思いがけない幸運に出会うかもしれません。今の段階でこの地下世界がどのようなものかを見定めて、これからどこへ進んでどの様に外へ出るかを決めようとすること自体が、そもそも無理なのです。
 確かに、色々な情報を集めて効率的な計画を立て、それに従って行動をするというのが、もっとも常識的な考え方です。でも、それは常識が通用する外の世界に適した考え方です。羽磋は自分がいつのまにか常識的な考え方に凝り固まっていたということに、ある意味非常識な考えとも言える王柔の言葉のお陰で、気が付けたのでした。
「ここは自分の想像を超えた地下世界だ。わからないことはわからない。決められないことは決められない。だから、進もう。そして新しいものを見つけたら、それを元にしてその都度考えよう」
 そのように頭の上に載っていた重圧を割り切ることができると、羽磋は自分の身体がスゥッと軽くなった様に感じられました。
「王柔殿。理亜。まだ水はありますか。僕の皮袋には少しですけど水が残っていますから、足りないようでしたらおっしゃってくださいね」
 身体ばかりでなく心も軽くなったのでしょう。王柔と理亜の様子に対する心配りができるまでに、羽磋の頭は回り出したようでした。
「ありがとうございます、羽磋殿。僕の方もまだ少し残っています。理亜はどうだい、大丈夫かい」
「うん。大丈夫ダヨ。オージュ」
 羽磋に対して、王柔は自分の細くなった水袋を掲げて見せました。まだ皮袋の下の方には膨らみがありますから、彼の言うように水はまだ残っているようでした。また、理亜の方はと言えば、洞窟を歩く間ほとんど水を口にしていなかったのか、彼女の水袋が一番丸い形を保っていました。
「まだ水はありますか、それは良かったです。では、この中に入っていきましょう。すみません、まだどこに進めばいいかよくわかりませんので、まずはあの石の柱の方に行ってみましょう」
 羽磋は自分たちの一番近くに立っている石の柱の方を指さしながら、二人に話しかけました。その柱は洞窟から出てきた羽磋たちのちょうど正面に立っていて、その後ろにも何本もの柱が立っているのが見て取れました。大きく広がる地下世界の天井を支えているこの石の柱は、何本もの柱が狭い場所に集中して立っているところもあれば、柱と呼ぶには不適当なほど太くて大きなものが単独で天井を支えているところもありました。この石の柱は洞窟では見られなかったものであり、また、この柱をどうにか利用して天井の亀裂に到達することができればそれが一番良いことなので、まずはそれを調べてみようと、羽磋は考えたのでした。
 考えることをすっかり羽磋に任せてしまっている王柔が、それに異存があるはずもありません。もちろん、理亜もそうです。彼ら三人は、再び羽磋を先頭にして、洞窟の出口と比べると少し低い位置に広がっている地下世界の地面へと下っていきました。
彼らが歩く横では、ダフダフとにぎやかな音を立ててる川の水が流れていました。
 彼らがこれまで歩いてきた洞窟の中はぼんやりとした明るさでしたが、この地下世界は外の世界のように明るくなっていましたから、ゴツゴツとした岩に気を付けながらでも、三人は早い速度で地下世界へと降りていくことができました。僅かな時間の後では、彼らは下りの斜面をすっかりと下ってしまい、地下世界の地面の上へ足を踏み出していました。
 ヌルン。
「あれっ、なんだろう」
 ちょうど斜面を下り終えて地下世界の地面に入ろうとした時、自分の身体が「膜」のようなものを通り抜けたように、羽磋は感じました。もちろん、実際に目に見える「膜」を通り抜けたわけではありません。ただ斜面を降りて地下世界の地面へと足を踏み入れただけです。でもそれはほんの僅かな感触ではありましたが、確かに何かを通り抜けた、あるいは、過ぎ越したような感覚を、彼の肌が感じとったのでした。
「何だろうか、何かに似ているけど・・・・・・」
 羽磋は、それが自分の知っている何かに似ているよう気がしました。なんでしょう、とても身近な何かにです。羽磋は頭の中のいろいろなところを探し回りました。そして、すぐに気が付きました。それは、オアシスの池や川で、水の中に入った時の感覚でした。自分の顔や体が水面を通り抜けたときのあの感覚。いま羽磋が感じたのは、正にその様な感覚でした。
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