月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第239話

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 それにしても、「おかあさん」と理亜が言ったように、王柔には聞こえました。それは、「お母さん」でしょうか。理亜の母親は、異国で理亜と一緒に奴隷として月の民の者に買われ、その後この月の民の国へ送られてくる間に死んでしまったのだと、王柔は理亜に聞かされていました。ただ、母親が亡くなったのは理亜がとても小さい時だったために、彼女はあまり母親との記憶を持っていないのだとも、王柔は聞いていました。その為なのでしょうか、理亜が母親の話をすることはほとんどありませんでした。
 でも、最近は「疲れた」とか「怖い」とかいう言葉はあまり口には出さず、特にこの地中の空間に流されてからはまったくその様な様子を見せなくなった理亜でしたが、やはり本当は非常に怯えたり疲れたりしていて、それが母親を呼ぶ寝言となって表れたのでしょうか。
 それとも、それは「おかあさん」ではなくて、「王花さん」なのでしょうか。
 王花の盗賊団で働いている王柔としては、「王花さん」と呼びかけることが日常的にありますから、その言葉は非常にしっくりと来ます。ただ、理亜にとってはどうでしょうか。王柔は理亜に対して「王花さんは、僕たちのお母さんみたいな人だ」と話しましたし、彼女が土光村に来てからは、自分共々王花に面倒を見てもらっています。でも、如何に優しくしてもらっているとはいえ、理亜と王花が出会ってから長い日数が経過しているとは言い難いですし、王柔とはいつも一緒にいるものの、王花の盗賊団や王花の酒場の主として忙しくしている王花とはそれほど頻繁に顔を合わすわけではありません。この地下の洞窟で「王花さん」と寝言を言うほど、理亜が王花のことを慕っていたかと問われると、王柔にはよくわからないとしか言えなくなってしまいます。
「なんなんだろう。やっぱり、お母さんのことが恋しいのかな。口には出さないけど、相当に疲れているんだろう、可哀そうに」
 王柔は心身ともに疲れがたまってきた理亜が母親のことを思い出したのだろうと見当をつけると、その小さな頭を優しく撫でてやりました。
 何者かに奴隷として連れ去られてしまった自分の妹の稚も、この世界のどこかで理亜と同じように両親や自分のことを想いながら眠りについているかもしれないと、王柔は思わずにはいられませんでした。
「この白い月の光を辿って天に上がって、そこから稚を探すことができたら良いのにな」
 王柔はぼんやりとそう思い浮かべながら白い光の筋に沿って上の方を見つめたのですが、彼が見上げた先は夜空ではなく、川の水が放つ光を反射してほのかに青黒く光る、ゴツゴツとした凹凸を持つ岩で出来た天井でした。
 地中の洞窟に自分たちが捕らわれていることを改めて実感した王柔は、深いため息をつくのでした。


 ズ・・・・・・。ド、ド・・・・・・。
「・・・・・・ん、うん?」
  ド・・・・・・。・・・・・・ズ・・・・・・。
「あ、し、しまった。寝てたっ」
 冷たい岩の上に胡坐をかいていた王柔は慌てて立ち上がりました。寝ずの見張りをしていたはずなのに、いつの間にか彼の頭はゆっくりとゆらりゆらりと揺れていました。疲れのあまり、うたた寝をしてしまっていたのです。でも、地面からお尻に伝わってきた細かな振動がきっかけとなって、王柔は目を覚ましたのでした。
 洞窟に差し込んでいる光は、もう太陽が放つ黄色い光に替わっていました。どれだけの間うたた寝をしていたのかはわかりませんが、既に朝が訪れていました。
 朝が来ているとなれば、これ以上自分一人だけ起きて心細い思いをする必要はありません。王柔は早速羽磋と理亜を起こしにかかりました。
「羽磋殿、理亜。朝ですよ、起きてくださいっ」
 王柔の声で眠りから覚めた羽磋でしたが、直ぐに何か違和感を覚えたようで、起き上がるよりも先に横になったままで周りを見回しました。
「あれ、どうかされたのですか、羽磋殿」
「王柔殿、気がつかれませんか。なんだか、地面に細かな振動があるようなのです。何なのでしょうか、これは」
 自分が何を感じているのかよくわからないと困惑した様子の羽磋は、今度は地面に耳を当てました。その横に王柔もしゃがみ込むと、地面にピタリと頬を付けました。すると、彼の頬にも、断続的で弱いものでしたが、「ダダ・・・・・・。ドド・・・・・・」という振動が、地面から伝わってきました。
 王柔は胡坐をかいてうたた寝をしていた時にこの振動を感じて飛び起きたのでしたが、それを本人は意識しておりませんでした。また、その後はずっと立っていたので、地面にこの細かな振動があることを彼が知ったのは、今が初めてでした。
「本当ですねっ、羽磋殿。すごく弱いですけど、細かな振動があります。でも、これは、なんだか・・・・・・」
「そう、そうですよね、これは、きっと・・・・・・」
 地面に付けていた顔を上げて羽磋と王柔は向き合って座り直しました。お互いにこの振動について思い当たることがあるようでしたが、それぞれの声は興奮を隠し切れないように震えていました。そして、二人が次に話した言葉は同じものでした。
「馬ですよ、王柔殿」
「馬の足音ですよねっ、羽磋殿」
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