233 / 350
月の砂漠のかぐや姫 第231話
しおりを挟む
「でも、悪いことばかりではないですよっ、王柔殿」
羽磋は少しでも王柔を元気づけようと、意識して明るい声を出しました。
「ほら、僕たちは話をしていたじゃないですか。例え外に出られたとしても本隊と合流できなければ、僕たちだけで砂漠を渡って村まで辿り着くのは難しいと。ところで、ヤルダンに起きている奇妙な現象はおそらく精霊の力によるものだから、その力の源と思われる母を待つ少女の奇岩を本隊は目指していますよね」
「ええ、そうです。考えてみれば、母を待つ少女の奇岩も悪霊のようなものですね。青い光は放っていませんでしたけど」
「そうなんです。この洞窟の先に強い精霊の力を持つ者がいるとすれば、ひょっとしたらそれが母を待つ少女の奇岩かも知れないですよ。それに、あの奇岩は地上で僕たちを襲ってきましたから、この先は外に通じているかもしれません」
「おおっ、本当ですね。そうしたら本隊に合流出来ますね。冒頓殿のことだから、僕たちがこの洞窟を進んでいる間に母を待つ少女の奇岩を倒して、この先で待っていてくれてるかもしれないですねっ」
「は、あははっ。そうですよ。王柔殿。はははっ」
自分は困難な状況の中から努めて明るい点を見つけ出して強調したのに、王柔がそれ以上の極めて楽観的な見通しで反応したに、羽磋はびっくりしてしまいました。でも、王柔の言うようなことはさすがに有り得ないと思っても、せっかく持ち直した王柔の気持ちがまた落ち込んでしまいますから、「流石にそれは無理でしょう」などとはとても言えません。羽磋は頑張って明るい表情を作ると、笑いでもって彼に応えるのでした。
「そうだ、それともう一つ幸いなことがありました。駱駝は行ってしまいましたけど、駱駝の背に載せていた荷はここに残っています。王柔殿が降ろしておいてくださったものです。残りはわずかでしょうけど、その中から少し糧食を取って、ここで野営をしましょう。申し訳ないのですが、もう前に進む体力が残っていません」
「ええ、そうしましょう。僕ももうヘトヘトです、それに、元々ここで野営しようとお話してたんですよね。太陽や月が見えないと、そういう感覚も全く狂ってしまいますね」
王柔は羽磋の提案に勢いよく同意しました。彼の言うとおり、駱駝が騒ぎ出したのはここで野営をするための準備の途中でした。周囲の様子が変化しないので、それから時間の経過が読み取れないものの、彼らの身体は「今日はもう十分に歩いた。休もうよ」としきりに訴え続けているのでした。
早速王柔は地面に腰を下ろして、自分の身に付けていた水袋に口を付けました。水袋の中身はずいぶんと乏しくなっていて、口の中に入ってくる水の勢いはとても弱いものでした。
眉をひそめた王柔は駱駝の背から降ろしておいた荷を自分の元に引き寄せ、その中を確認しました。
「ああ・・・・・・」
力のないため息が王柔の口から洩れました。
彼らが寝る時に使うマントや水は重いので、理亜が乗る駱駝の背に載せていました。護衛隊には糧食を運ぶための駱駝がおり彼ら自身で食料を運ぶ必要はなかったので、その他に載せていた荷と言えば小腹を満たすための乾果や干し肉ぐらいでした。
今王柔が確認したところ、その乾果や干し肉も本当にわずかしか残ってはいませんでした。また、砂漠を渡るときの命綱である水は多めに積んでいたものの、今後どれだけ歩かなければならないかわからず、隣を流れる川の水を飲むことができないことを考えると、急に残りの量が心細いものとして感じられたのでした。
王柔のため息が意味することは、羽磋にもすぐにわかりました。でも、彼も王柔も疲れきっています。口には出さないでいますが、この洞窟の中では駱駝に乗らずに大人と一緒に歩いてきた理亜もきっとそうでしょう。後のことを考えて食べ物を残して置くことも大切ですが、今はその様なことができる状況ではなさそうです。
食べられるものがあるならそれを口に入れて身体を元気づけようと、羽磋は考えました。これから何かあった時に身体が疲れていて対応できなければ困りますから。以前の羽磋であれば、このような積極的な考え方ではなく、もっと慎重な考え方をしていたかもしれません。この考え方は明らかに冒頓という強烈な個性を持った男の影響を受けたものでした。讃岐村を出てからの短い期間ではありましたが、その間に得た様々な経験や出会いから羽磋は多くのものを学んでいたのでした。
「王柔殿、どれぐらい食べ物は残っていますか。もしもほんの僅かしかないのだとしても、もう食べてしまいましょう。ひょっとしたら明日にはここを出られるかもしれませんし。いやぁ、とにかく僕は疲れてしまいました。何か口に入れたいです」
「そうですね、そうしましょう。明日には本隊に合流できるかもしれないですよね。食べましょう、食べちゃいましょう」
この時も羽磋は明るい見通しだけを話した上に自分を引き合いに出して、その場の雰囲気を和らげようとしました。羽磋の心配りがわかったのか、それとも、単純に明るい見通しに飛びついたのかわかりませんが、王柔はその言葉を待っていたかのように同意すると、さっそく残っていた食べ物を三つに分け始めるのでした。
羽磋は少しでも王柔を元気づけようと、意識して明るい声を出しました。
「ほら、僕たちは話をしていたじゃないですか。例え外に出られたとしても本隊と合流できなければ、僕たちだけで砂漠を渡って村まで辿り着くのは難しいと。ところで、ヤルダンに起きている奇妙な現象はおそらく精霊の力によるものだから、その力の源と思われる母を待つ少女の奇岩を本隊は目指していますよね」
「ええ、そうです。考えてみれば、母を待つ少女の奇岩も悪霊のようなものですね。青い光は放っていませんでしたけど」
「そうなんです。この洞窟の先に強い精霊の力を持つ者がいるとすれば、ひょっとしたらそれが母を待つ少女の奇岩かも知れないですよ。それに、あの奇岩は地上で僕たちを襲ってきましたから、この先は外に通じているかもしれません」
「おおっ、本当ですね。そうしたら本隊に合流出来ますね。冒頓殿のことだから、僕たちがこの洞窟を進んでいる間に母を待つ少女の奇岩を倒して、この先で待っていてくれてるかもしれないですねっ」
「は、あははっ。そうですよ。王柔殿。はははっ」
自分は困難な状況の中から努めて明るい点を見つけ出して強調したのに、王柔がそれ以上の極めて楽観的な見通しで反応したに、羽磋はびっくりしてしまいました。でも、王柔の言うようなことはさすがに有り得ないと思っても、せっかく持ち直した王柔の気持ちがまた落ち込んでしまいますから、「流石にそれは無理でしょう」などとはとても言えません。羽磋は頑張って明るい表情を作ると、笑いでもって彼に応えるのでした。
「そうだ、それともう一つ幸いなことがありました。駱駝は行ってしまいましたけど、駱駝の背に載せていた荷はここに残っています。王柔殿が降ろしておいてくださったものです。残りはわずかでしょうけど、その中から少し糧食を取って、ここで野営をしましょう。申し訳ないのですが、もう前に進む体力が残っていません」
「ええ、そうしましょう。僕ももうヘトヘトです、それに、元々ここで野営しようとお話してたんですよね。太陽や月が見えないと、そういう感覚も全く狂ってしまいますね」
王柔は羽磋の提案に勢いよく同意しました。彼の言うとおり、駱駝が騒ぎ出したのはここで野営をするための準備の途中でした。周囲の様子が変化しないので、それから時間の経過が読み取れないものの、彼らの身体は「今日はもう十分に歩いた。休もうよ」としきりに訴え続けているのでした。
早速王柔は地面に腰を下ろして、自分の身に付けていた水袋に口を付けました。水袋の中身はずいぶんと乏しくなっていて、口の中に入ってくる水の勢いはとても弱いものでした。
眉をひそめた王柔は駱駝の背から降ろしておいた荷を自分の元に引き寄せ、その中を確認しました。
「ああ・・・・・・」
力のないため息が王柔の口から洩れました。
彼らが寝る時に使うマントや水は重いので、理亜が乗る駱駝の背に載せていました。護衛隊には糧食を運ぶための駱駝がおり彼ら自身で食料を運ぶ必要はなかったので、その他に載せていた荷と言えば小腹を満たすための乾果や干し肉ぐらいでした。
今王柔が確認したところ、その乾果や干し肉も本当にわずかしか残ってはいませんでした。また、砂漠を渡るときの命綱である水は多めに積んでいたものの、今後どれだけ歩かなければならないかわからず、隣を流れる川の水を飲むことができないことを考えると、急に残りの量が心細いものとして感じられたのでした。
王柔のため息が意味することは、羽磋にもすぐにわかりました。でも、彼も王柔も疲れきっています。口には出さないでいますが、この洞窟の中では駱駝に乗らずに大人と一緒に歩いてきた理亜もきっとそうでしょう。後のことを考えて食べ物を残して置くことも大切ですが、今はその様なことができる状況ではなさそうです。
食べられるものがあるならそれを口に入れて身体を元気づけようと、羽磋は考えました。これから何かあった時に身体が疲れていて対応できなければ困りますから。以前の羽磋であれば、このような積極的な考え方ではなく、もっと慎重な考え方をしていたかもしれません。この考え方は明らかに冒頓という強烈な個性を持った男の影響を受けたものでした。讃岐村を出てからの短い期間ではありましたが、その間に得た様々な経験や出会いから羽磋は多くのものを学んでいたのでした。
「王柔殿、どれぐらい食べ物は残っていますか。もしもほんの僅かしかないのだとしても、もう食べてしまいましょう。ひょっとしたら明日にはここを出られるかもしれませんし。いやぁ、とにかく僕は疲れてしまいました。何か口に入れたいです」
「そうですね、そうしましょう。明日には本隊に合流できるかもしれないですよね。食べましょう、食べちゃいましょう」
この時も羽磋は明るい見通しだけを話した上に自分を引き合いに出して、その場の雰囲気を和らげようとしました。羽磋の心配りがわかったのか、それとも、単純に明るい見通しに飛びついたのかわかりませんが、王柔はその言葉を待っていたかのように同意すると、さっそく残っていた食べ物を三つに分け始めるのでした。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?
おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました!
皆様ありがとうございます。
「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」
眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。
「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」
ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。
ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視
上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。


【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる