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月の砂漠のかぐや姫 第222話
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もしもヤルダンの中に人に害をなすことをたくらむ「悪霊」がいるのであれば、ここにそれがいないとどうして言い切れるのでしょうか。そして、ヤルダンの中には「悪霊」がいると、今では羽磋も考えるようになっているのです。
羽磋は少し歩く速度を落として、洞窟の奥の方をじっと見つめました。この洞窟の中では明かりと言えば川の水が発する青い光しかありませんから、奥の方は青い光を放つ塊がぼんやりと暗闇の中に浮いているように見えました。それは、まるで青く光る満月が自分たちの先の方にあって、周囲の闇を照らしているかのようでした。
でも、その塊が発する青い光はとてもおぼろげでしたので、洞窟がまっすぐ進んでいるのか、それとも、光が発せられているところで曲がっているのかすらも、わかりませんでした。どこまで歩けば外に出られるのかもわからなければ、それこそ洞窟が途中で行き止まりになってしまうのかどうかもわかりませんでした。わかることと言えば、少なくともその光の塊があるところまでは、青く輝く光を放つ水が流れて行っているということだけでした。
それでも、何かわかることはないかと期待して、羽磋はその青い輝きをじっと見続けていました。ゆっくりと進んでいた彼の足は、今では全く動かなくなっていました。
目を凝らして青い輝きの塊を見続けていると、視界の中でだんだんとそれが大きくなっていくように、羽磋には思えてきました。いや、ひょっとしたら逆かもしれません。彼等の先の方で洞窟の壁や天井がギュっと縮まっていって青い輝きの中に吸い込まれていっているのかもしれません。羽磋は自分の周りの岩壁や天井までもが、その輝きに引き寄せられてグルグルと回転をしだしたように思えてきました。
「わわっ、おおっと」
前方を注視するために立ち止まっていた羽磋でしたが、急に周りが動き出したように感じられたので、ギュッと目を閉じました。でも、グルグルと周囲が回転しているような感覚は止まりません。とうとう、羽磋は目を閉じたままでしゃがみ込んでしまいました。
この時、彼の心の中にはすうっと冷たい風が吹き込んできていました。その風は「不安」と呼ばれたり「臆病」と呼ばれたりするものでした。これまで羽磋はこの風に吹かれたことはありませんでした。家族と共に遊牧生活をする中でもそうでしたし、自らの部族を離れて旅に出るようになってからもそうでした。
でも、どうしたことでしょうか。交易路から落下して川を流されていた時も、地中の大空間の中で出口を探していた時も、最前の行動をとろうと常に全力で頑張ってきた彼が、足を前に進めるどころか立って前を見ることすらできなくなっているのでした。
羽磋のすぐ後ろでは、王柔が心配そうな顔をして様子を窺っていましたが、羽磋がしゃがみ込むと慌ててその横に座って彼の身体を支えました。そのさらに後ろには理亜がいましたが、こちらはいつの間に拾ったのか小さな石を両手で持ち替えて遊びながら、機嫌良さそうにしていました。
「羽磋殿、大丈夫ですか。お疲れになったんじゃないですか。ここでは夜も昼もわかりませんが、相当長い間歩き続けました。ここで野営として休みませんか。また明日頑張って歩けばいいんですから」
「すみません、何故だかわからないんですが、突然目が回ってしまって。そ、そうですね。ここで休むことにしましょうか。すみません、王柔殿。僕のせいで足を止めてしまって」
「何をおっしゃいます。多分、相当進んでいますよ僕たちは。ひょっとしたら、明日にはここを出られるかもしれません。いや、出られますよ、きっと」
王柔は羽磋が岩壁に背を付けて座れるようにしてやると、しきりに謝る彼を元気づけようと、意識して明るい声を出しました。いつもとは王柔と羽磋の役割が逆になっているような様子でしたが、これは珍しくはあっても特別なことではありませんでした。他者に対しての優しい気持ちはこの二人が共通して持っている気質でしたので、先に弱気になったり疲れてしまった者をもう一人の者が励ますということは、特別なことではなかったのです。これまでのところは、王柔の方が弱気な性格であったので、羽磋が励まし役に回ることが多かったということなのでした。
王柔は羽磋に休んでおくようにと伝えると、駱駝の背に載せていた僅かばかりの荷を下ろし、川べりに連れていきました。本来であれば、野営の前には駱駝に水や秣を与えるのですが、交易路から落下して護衛隊本体と離れてしまった彼らには、駱駝に与える秣がありません。自分たちが飲むための水はいくらか持っているものの、駱駝のための水もありません。駱駝はその大きなコブの中に栄養を蓄えているため、餌や水が無くても数日間は動くことはできますが、餌や水があるのに越したことはありません。そのため、せめて水だけでも駱駝に与えようと、王柔は思ったのでした。
羽磋は少し歩く速度を落として、洞窟の奥の方をじっと見つめました。この洞窟の中では明かりと言えば川の水が発する青い光しかありませんから、奥の方は青い光を放つ塊がぼんやりと暗闇の中に浮いているように見えました。それは、まるで青く光る満月が自分たちの先の方にあって、周囲の闇を照らしているかのようでした。
でも、その塊が発する青い光はとてもおぼろげでしたので、洞窟がまっすぐ進んでいるのか、それとも、光が発せられているところで曲がっているのかすらも、わかりませんでした。どこまで歩けば外に出られるのかもわからなければ、それこそ洞窟が途中で行き止まりになってしまうのかどうかもわかりませんでした。わかることと言えば、少なくともその光の塊があるところまでは、青く輝く光を放つ水が流れて行っているということだけでした。
それでも、何かわかることはないかと期待して、羽磋はその青い輝きをじっと見続けていました。ゆっくりと進んでいた彼の足は、今では全く動かなくなっていました。
目を凝らして青い輝きの塊を見続けていると、視界の中でだんだんとそれが大きくなっていくように、羽磋には思えてきました。いや、ひょっとしたら逆かもしれません。彼等の先の方で洞窟の壁や天井がギュっと縮まっていって青い輝きの中に吸い込まれていっているのかもしれません。羽磋は自分の周りの岩壁や天井までもが、その輝きに引き寄せられてグルグルと回転をしだしたように思えてきました。
「わわっ、おおっと」
前方を注視するために立ち止まっていた羽磋でしたが、急に周りが動き出したように感じられたので、ギュッと目を閉じました。でも、グルグルと周囲が回転しているような感覚は止まりません。とうとう、羽磋は目を閉じたままでしゃがみ込んでしまいました。
この時、彼の心の中にはすうっと冷たい風が吹き込んできていました。その風は「不安」と呼ばれたり「臆病」と呼ばれたりするものでした。これまで羽磋はこの風に吹かれたことはありませんでした。家族と共に遊牧生活をする中でもそうでしたし、自らの部族を離れて旅に出るようになってからもそうでした。
でも、どうしたことでしょうか。交易路から落下して川を流されていた時も、地中の大空間の中で出口を探していた時も、最前の行動をとろうと常に全力で頑張ってきた彼が、足を前に進めるどころか立って前を見ることすらできなくなっているのでした。
羽磋のすぐ後ろでは、王柔が心配そうな顔をして様子を窺っていましたが、羽磋がしゃがみ込むと慌ててその横に座って彼の身体を支えました。そのさらに後ろには理亜がいましたが、こちらはいつの間に拾ったのか小さな石を両手で持ち替えて遊びながら、機嫌良さそうにしていました。
「羽磋殿、大丈夫ですか。お疲れになったんじゃないですか。ここでは夜も昼もわかりませんが、相当長い間歩き続けました。ここで野営として休みませんか。また明日頑張って歩けばいいんですから」
「すみません、何故だかわからないんですが、突然目が回ってしまって。そ、そうですね。ここで休むことにしましょうか。すみません、王柔殿。僕のせいで足を止めてしまって」
「何をおっしゃいます。多分、相当進んでいますよ僕たちは。ひょっとしたら、明日にはここを出られるかもしれません。いや、出られますよ、きっと」
王柔は羽磋が岩壁に背を付けて座れるようにしてやると、しきりに謝る彼を元気づけようと、意識して明るい声を出しました。いつもとは王柔と羽磋の役割が逆になっているような様子でしたが、これは珍しくはあっても特別なことではありませんでした。他者に対しての優しい気持ちはこの二人が共通して持っている気質でしたので、先に弱気になったり疲れてしまった者をもう一人の者が励ますということは、特別なことではなかったのです。これまでのところは、王柔の方が弱気な性格であったので、羽磋が励まし役に回ることが多かったということなのでした。
王柔は羽磋に休んでおくようにと伝えると、駱駝の背に載せていた僅かばかりの荷を下ろし、川べりに連れていきました。本来であれば、野営の前には駱駝に水や秣を与えるのですが、交易路から落下して護衛隊本体と離れてしまった彼らには、駱駝に与える秣がありません。自分たちが飲むための水はいくらか持っているものの、駱駝のための水もありません。駱駝はその大きなコブの中に栄養を蓄えているため、餌や水が無くても数日間は動くことはできますが、餌や水があるのに越したことはありません。そのため、せめて水だけでも駱駝に与えようと、王柔は思ったのでした。
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