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月の砂漠のかぐや姫 第221話
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「ははぁ。どんなことがあったんですか」
羽磋は緩やかに右に曲がっている洞窟の中で、駱駝の首を進行方向に向けて引きながら相槌を打ちました。曲がっているところでは地面が少し低くなっているようで、川の水がうっすらと地面を覆っていましたが、羽磋はパシャパシャと水音を立てながらそれを踏み越えていきました。
「いや、ヤルダンには色々な怖い話があるじゃないですか。暗闇から悪霊が現れて影の世界に人を引きずりこんでしまう話もありますし、空に向かって飛び出した砂岩が落とす影の中に交易隊が入っていくと、それを出たときには何故だか一人増えている、だけどその増えた一人が誰かわからないとかいう話もありますよね。。僕も子供のころからそんな話を親や長老から聞かされて育ちましたから、いざ自分がヤルダンの中を通るとなると、岩襞の奥や地面に伸びている影なんかが気になって仕方なかったんです。そこに悪霊が潜んでいて、僕の方をじっと見ているような気がするんですよ。だから、実際のところはヤルダンの案内をする度に、とても怖い思いをしているんです」
王柔も羽磋と話をしながらその水たまりを踏み越えていきました。羽磋と駱駝が既に通っていたからでしょうか、それとも会話の方に気を取られていたからでしょうか、ほのかに青く光る川の水が溜まっているところへ足を踏み入れることに、王柔は何の抵抗も感じていませんでした。
「そうだったんですか。ここまで来る間にも、ヤルダンが近くなるに連れて交易路の横の岩壁の形がどんどんと複雑になってきていましたが、ヤルダン内部ではもっと複雑な形をした岩があるんでしょうねぇ」
「ええ、ですから、悪霊が潜んでいそうなところが、そこかしこにあるんです、羽磋殿。山賊や獣ならともかく、悪霊には王花の盗賊団をあてにはできないですから、もう怖くて怖くて・・・・・・」
「あははっ。それは確かに怖いですね。あ、いえ、失礼しました」
話しているうちにその怖さを思い出したのか、ブルブルと身体を震わせながら話す王柔の様子を見て、思わず羽磋は明るい笑い声をあげてしまいましたが、年長者に対して失礼なことだと慌てて謝るのでした。
「いやいや、羽磋殿。謝ることなどありませんよ。交易隊の先導をしているときにも、案内人のくせに怖がり過ぎだと、よく言われていましたから」
「そうですか。いや、あははは・・・・・・」
王柔に対してどう答えても失礼になるような気がして、羽磋はあいまいな笑いで語尾を濁しました。それに、王柔が悪霊に対して感じている恐怖も、けっして馬鹿にするようなものでは無いように思えたのでした。
精霊は世界のあらゆるところに存在するとされていて、人々は月の巫女が行う祭祀等を通じてそれを実感していました。そして、月の民の人々は、自分たちと精霊は同じ「月から来たもの」を祖先とする兄弟だと信じていました。ただし、「月から来たもの」が自然と一体となったものが精霊であって、人が持つような喜怒哀楽や明確な意識は持っていないのだと考えていました。
つまり、いわゆる「悪霊」のような、人に対して害をなそうと明確な意識を持つ「精霊」が本当にいるとは、真剣には考えられていないのでした。ですから、影を見て「悪霊」がいるのではないかと怖がる王柔を、「その様なものがいるわけはない」、「怖がり過ぎだ」と、人々が馬鹿にするのでした。もちろん、羽磋や他の人々もことあるごとに「悪霊」から身を守るおまじないを唱えたりはしますが、これは漠然とした「不運」や「危険」から身を守るためのおまじないで、獣や盗賊のように意識を持って自分に襲い掛かって来る「悪霊」を避けるためのものではありませんでした。
ところが、羽磋が初めてやってきた、このヤルダンの周囲ではどうでしょうか。
王花の盗賊団は、精霊の力によって動いているとしか考えられないサバクオオカミの形をした奇岩によって、大きな被害を受けました。それは、明らかに彼らを傷つけようとしてなされた襲撃によるものでした。羽磋たち自身も、サバクオオカミの奇岩やそれを率いている母を待つ少女の奇岩に襲われました。その結果として、彼らはここにいるのでした。
その様に考えると、少なくとも魔鬼城とも呼ばれるヤルダンにおいては、岩襞の奥や黒い影の中から人々に害をなさそうとたくらむ悪霊がじっと様子を窺っているという王柔の実感の方が、月の民全般の認識よりも正しいように思われるのでした。
「やっぱり、慎重に進まないといけないな」
羽磋は王柔との会話から、自分たちが歩いている洞窟の危険性を思い起こしました。
羽磋たちが歩いているのは、ヤルダンの地下に形成された大空間から伸びる洞窟、それも、すぐに行き止まりになってしまうような狭くて短いものではなく、川さえなければ人が何人も手を広げて並べるような広さを持ち、丸一日近く歩き続けてもまだまだ先がありそうなほど長い洞窟でした。これがどの様にできたのかはわかりませんが、その中にはほのかに青い光を放つ水が流れていて、精霊の力が働いていることが明らかにわかるのでした。また、そのことは羽磋自身が兎の面を被って確認したことでもありました。
羽磋は緩やかに右に曲がっている洞窟の中で、駱駝の首を進行方向に向けて引きながら相槌を打ちました。曲がっているところでは地面が少し低くなっているようで、川の水がうっすらと地面を覆っていましたが、羽磋はパシャパシャと水音を立てながらそれを踏み越えていきました。
「いや、ヤルダンには色々な怖い話があるじゃないですか。暗闇から悪霊が現れて影の世界に人を引きずりこんでしまう話もありますし、空に向かって飛び出した砂岩が落とす影の中に交易隊が入っていくと、それを出たときには何故だか一人増えている、だけどその増えた一人が誰かわからないとかいう話もありますよね。。僕も子供のころからそんな話を親や長老から聞かされて育ちましたから、いざ自分がヤルダンの中を通るとなると、岩襞の奥や地面に伸びている影なんかが気になって仕方なかったんです。そこに悪霊が潜んでいて、僕の方をじっと見ているような気がするんですよ。だから、実際のところはヤルダンの案内をする度に、とても怖い思いをしているんです」
王柔も羽磋と話をしながらその水たまりを踏み越えていきました。羽磋と駱駝が既に通っていたからでしょうか、それとも会話の方に気を取られていたからでしょうか、ほのかに青く光る川の水が溜まっているところへ足を踏み入れることに、王柔は何の抵抗も感じていませんでした。
「そうだったんですか。ここまで来る間にも、ヤルダンが近くなるに連れて交易路の横の岩壁の形がどんどんと複雑になってきていましたが、ヤルダン内部ではもっと複雑な形をした岩があるんでしょうねぇ」
「ええ、ですから、悪霊が潜んでいそうなところが、そこかしこにあるんです、羽磋殿。山賊や獣ならともかく、悪霊には王花の盗賊団をあてにはできないですから、もう怖くて怖くて・・・・・・」
「あははっ。それは確かに怖いですね。あ、いえ、失礼しました」
話しているうちにその怖さを思い出したのか、ブルブルと身体を震わせながら話す王柔の様子を見て、思わず羽磋は明るい笑い声をあげてしまいましたが、年長者に対して失礼なことだと慌てて謝るのでした。
「いやいや、羽磋殿。謝ることなどありませんよ。交易隊の先導をしているときにも、案内人のくせに怖がり過ぎだと、よく言われていましたから」
「そうですか。いや、あははは・・・・・・」
王柔に対してどう答えても失礼になるような気がして、羽磋はあいまいな笑いで語尾を濁しました。それに、王柔が悪霊に対して感じている恐怖も、けっして馬鹿にするようなものでは無いように思えたのでした。
精霊は世界のあらゆるところに存在するとされていて、人々は月の巫女が行う祭祀等を通じてそれを実感していました。そして、月の民の人々は、自分たちと精霊は同じ「月から来たもの」を祖先とする兄弟だと信じていました。ただし、「月から来たもの」が自然と一体となったものが精霊であって、人が持つような喜怒哀楽や明確な意識は持っていないのだと考えていました。
つまり、いわゆる「悪霊」のような、人に対して害をなそうと明確な意識を持つ「精霊」が本当にいるとは、真剣には考えられていないのでした。ですから、影を見て「悪霊」がいるのではないかと怖がる王柔を、「その様なものがいるわけはない」、「怖がり過ぎだ」と、人々が馬鹿にするのでした。もちろん、羽磋や他の人々もことあるごとに「悪霊」から身を守るおまじないを唱えたりはしますが、これは漠然とした「不運」や「危険」から身を守るためのおまじないで、獣や盗賊のように意識を持って自分に襲い掛かって来る「悪霊」を避けるためのものではありませんでした。
ところが、羽磋が初めてやってきた、このヤルダンの周囲ではどうでしょうか。
王花の盗賊団は、精霊の力によって動いているとしか考えられないサバクオオカミの形をした奇岩によって、大きな被害を受けました。それは、明らかに彼らを傷つけようとしてなされた襲撃によるものでした。羽磋たち自身も、サバクオオカミの奇岩やそれを率いている母を待つ少女の奇岩に襲われました。その結果として、彼らはここにいるのでした。
その様に考えると、少なくとも魔鬼城とも呼ばれるヤルダンにおいては、岩襞の奥や黒い影の中から人々に害をなさそうとたくらむ悪霊がじっと様子を窺っているという王柔の実感の方が、月の民全般の認識よりも正しいように思われるのでした。
「やっぱり、慎重に進まないといけないな」
羽磋は王柔との会話から、自分たちが歩いている洞窟の危険性を思い起こしました。
羽磋たちが歩いているのは、ヤルダンの地下に形成された大空間から伸びる洞窟、それも、すぐに行き止まりになってしまうような狭くて短いものではなく、川さえなければ人が何人も手を広げて並べるような広さを持ち、丸一日近く歩き続けてもまだまだ先がありそうなほど長い洞窟でした。これがどの様にできたのかはわかりませんが、その中にはほのかに青い光を放つ水が流れていて、精霊の力が働いていることが明らかにわかるのでした。また、そのことは羽磋自身が兎の面を被って確認したことでもありました。
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