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月の砂漠のかぐや姫 第220話
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「そうですね、早く出口に辿り着けば良いのですが」
羽磋の方でも、周囲に気を配りながら黙々と歩き続けるのに疲れて来ていました。そのため、王柔に返した何気ない言葉には、少しほっとしたような調子がありました。
地平線まで続くかのような広いゴビの荒地で馬に乗って羊を追う遊牧をしていた羽磋に、交易隊の先頭に立って長い旅をしていた王柔。どちらも、このような閉ざされた狭い空間に長時間いたことなどありません。
川を流された後で目覚めた地中の大空間は地下とは思えないほどの非常に大きな空間でしたから、二人とも圧迫感を意識せずに済んでいました。でも、大空間とは比べ物にならないほど狭い洞窟の中を進んでいると、上下左右を構成する石壁が自分たちの上にのしかかってくるような感覚を覚えずにはいられなかったのでした。
いつしか、羽磋のすぐ後ろを王柔が歩くようになっていました。
本来であれば、後方から何か危険なものが現れることを想定して王柔が一番後ろを歩くべきなのですが、これまでのところその様な出来事は生じていなかったので、羽磋や王柔の意識にもゆるみが生じていました。それに加えて、羽磋と王柔の疲れた心は話し相手を強く求めていました。ほどなく、押さえた声で交わされる話が、二人の間で途切れることなく続くようになりました。
川の水が放つほのかな青い光に照らされているとはいえ、洞窟の中はせいぜい月の光の下の夜道ほどの明るさしかありません。でも、その薄暗さのせいで相手の顔がはっきりと見えないことは、二人の間にある心理的な垣根を意識し難くして、自分の思っていることを素直に話しやすくすることに繋がっていました。
二人の間の話は、この洞窟について気が付いたことや今後の見通し等の真面目な話に始まりましたが、一通りその様な話が終わると、交易隊員が野営の時に話すようなくだけた話になり、最後には日頃は自分の胸にだけしまっているような思い出話や将来の夢の話にまで広がっていくのでした。
「そうですか、王柔殿は行方知れずとなった妹さんを探していらっしゃるんですね」
「ええ、そうなんです。王花さんの所にいるとヤルダンを通る交易隊から色々な話が聞けますから、そこで手掛かりが得られないかと思いまして。羽磋殿は、留学の徒として吐露村へ行かれるんですよね。僕より大分お若いのにとてもしっかりとされてますし、本当にすごいです」
王柔が王花の酒場で働くようになった経緯を聞いた羽磋は、しんみりとした声を出しました。妹と言えば自分には新しくできた義理の妹しかおりませんが、もしも彼女が行方知れずになれば、やはり心配になるでしょう。自分にとって大事な存在という意味では輝夜姫がそれにあたりますが、もしも彼女が行方知れずになることがあったら、ああ、そうです、心配で心配でじっとしてはいられないでしょう。王柔と同じように全てを投げ出して彼女を探しに旅に出るのではないでしょうか。それに、表向きは羽磋は留学の徒として旅をしていますが、実際のところは彼の旅の大きな目的は輝夜姫を助けることにあります。自分の妹を助け出すために村を飛び出した王柔の気持ちが、羽磋には痛いほどわかりました。羽磋は面長で優しい顔立ちをした王柔の胸の中に自分と同じ熱い気持ちがあるのを感じて、彼に対してとても強い親近感を持ったのでした。
王柔は、駱駝を引きながら自分の前を歩く羽磋の背中に対して、返事をしました。留学の徒とは、部族の将来の指導者候補として選ばれ、他部族に出て行って学ぶことになった若者を指します。王柔にしてみれば、羽磋は自分とは住む世界が違う若者でした。また、物事の心配な面ばかりを見て直ぐに不安な気持ちになってしまう自分とは違い羽磋は常に冷静であって、自分よりも年若いとはとても信じられないと思っていました。さらに、妹のことがあって衝動的に村を飛び出した自分とは違って、やはり留学の徒だからでしょうか、羽磋は明確な目的を持って村を出ていて、それを達成しようという強い意志を持ち続けているように見えていました。端的に言うと、肩書だけではなく人としての性質からしても、王柔は羽磋に圧倒されているように思っていたのでした。
ただ、王柔の言葉には、羽磋を羨むような響きはありませんでした。自分の力が足りないところを悲しみ、時にはそれを蔑むことはあっても、他人を羨んだり妬んだりしないというところは、王柔の心が正直で素直なであることの表れでした。
「いえいえ、そんなことないですよ。もちろん、留学に出していただけたのはありがたいのですが、自分が何も知らないことを毎日実感させられています。僕にとっては、こんなに不思議なことが起きるヤルダンの中で、交易隊の先頭に立って案内をされている王柔殿の方が、よっぽどすごいですよ」
「いやぁ、羽磋殿にそのように言っていただけると、嬉しくなってしまいますね。だけど僕は単なる案内人でして、ヤルダンで何か問題が生じれば遠巻きに見守っている王花の盗賊団がそれに対処してくれることになっていますから、危険はあまりないんですよ。まぁ、それでも怖いなと思うことはよくありましたけどねぇ」
羽磋の方でも、周囲に気を配りながら黙々と歩き続けるのに疲れて来ていました。そのため、王柔に返した何気ない言葉には、少しほっとしたような調子がありました。
地平線まで続くかのような広いゴビの荒地で馬に乗って羊を追う遊牧をしていた羽磋に、交易隊の先頭に立って長い旅をしていた王柔。どちらも、このような閉ざされた狭い空間に長時間いたことなどありません。
川を流された後で目覚めた地中の大空間は地下とは思えないほどの非常に大きな空間でしたから、二人とも圧迫感を意識せずに済んでいました。でも、大空間とは比べ物にならないほど狭い洞窟の中を進んでいると、上下左右を構成する石壁が自分たちの上にのしかかってくるような感覚を覚えずにはいられなかったのでした。
いつしか、羽磋のすぐ後ろを王柔が歩くようになっていました。
本来であれば、後方から何か危険なものが現れることを想定して王柔が一番後ろを歩くべきなのですが、これまでのところその様な出来事は生じていなかったので、羽磋や王柔の意識にもゆるみが生じていました。それに加えて、羽磋と王柔の疲れた心は話し相手を強く求めていました。ほどなく、押さえた声で交わされる話が、二人の間で途切れることなく続くようになりました。
川の水が放つほのかな青い光に照らされているとはいえ、洞窟の中はせいぜい月の光の下の夜道ほどの明るさしかありません。でも、その薄暗さのせいで相手の顔がはっきりと見えないことは、二人の間にある心理的な垣根を意識し難くして、自分の思っていることを素直に話しやすくすることに繋がっていました。
二人の間の話は、この洞窟について気が付いたことや今後の見通し等の真面目な話に始まりましたが、一通りその様な話が終わると、交易隊員が野営の時に話すようなくだけた話になり、最後には日頃は自分の胸にだけしまっているような思い出話や将来の夢の話にまで広がっていくのでした。
「そうですか、王柔殿は行方知れずとなった妹さんを探していらっしゃるんですね」
「ええ、そうなんです。王花さんの所にいるとヤルダンを通る交易隊から色々な話が聞けますから、そこで手掛かりが得られないかと思いまして。羽磋殿は、留学の徒として吐露村へ行かれるんですよね。僕より大分お若いのにとてもしっかりとされてますし、本当にすごいです」
王柔が王花の酒場で働くようになった経緯を聞いた羽磋は、しんみりとした声を出しました。妹と言えば自分には新しくできた義理の妹しかおりませんが、もしも彼女が行方知れずになれば、やはり心配になるでしょう。自分にとって大事な存在という意味では輝夜姫がそれにあたりますが、もしも彼女が行方知れずになることがあったら、ああ、そうです、心配で心配でじっとしてはいられないでしょう。王柔と同じように全てを投げ出して彼女を探しに旅に出るのではないでしょうか。それに、表向きは羽磋は留学の徒として旅をしていますが、実際のところは彼の旅の大きな目的は輝夜姫を助けることにあります。自分の妹を助け出すために村を飛び出した王柔の気持ちが、羽磋には痛いほどわかりました。羽磋は面長で優しい顔立ちをした王柔の胸の中に自分と同じ熱い気持ちがあるのを感じて、彼に対してとても強い親近感を持ったのでした。
王柔は、駱駝を引きながら自分の前を歩く羽磋の背中に対して、返事をしました。留学の徒とは、部族の将来の指導者候補として選ばれ、他部族に出て行って学ぶことになった若者を指します。王柔にしてみれば、羽磋は自分とは住む世界が違う若者でした。また、物事の心配な面ばかりを見て直ぐに不安な気持ちになってしまう自分とは違い羽磋は常に冷静であって、自分よりも年若いとはとても信じられないと思っていました。さらに、妹のことがあって衝動的に村を飛び出した自分とは違って、やはり留学の徒だからでしょうか、羽磋は明確な目的を持って村を出ていて、それを達成しようという強い意志を持ち続けているように見えていました。端的に言うと、肩書だけではなく人としての性質からしても、王柔は羽磋に圧倒されているように思っていたのでした。
ただ、王柔の言葉には、羽磋を羨むような響きはありませんでした。自分の力が足りないところを悲しみ、時にはそれを蔑むことはあっても、他人を羨んだり妬んだりしないというところは、王柔の心が正直で素直なであることの表れでした。
「いえいえ、そんなことないですよ。もちろん、留学に出していただけたのはありがたいのですが、自分が何も知らないことを毎日実感させられています。僕にとっては、こんなに不思議なことが起きるヤルダンの中で、交易隊の先頭に立って案内をされている王柔殿の方が、よっぽどすごいですよ」
「いやぁ、羽磋殿にそのように言っていただけると、嬉しくなってしまいますね。だけど僕は単なる案内人でして、ヤルダンで何か問題が生じれば遠巻きに見守っている王花の盗賊団がそれに対処してくれることになっていますから、危険はあまりないんですよ。まぁ、それでも怖いなと思うことはよくありましたけどねぇ」
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