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月の砂漠のかぐや姫 第218話
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「王柔殿の心配はごもっともです。ありがたいことに、この大空間では何にも出会わなかったのですが、この先もこうだとは限りません。あのサバクオオカミの奇岩の様に僕たちを襲ってくるものがいないとは、とても言い切れません」
王柔は真剣な顔で羽磋の言葉を聞いています。羽磋は小さな声で話をつづけました。
「それでも、僕は奥の洞窟を進むべきだと思うのです。一つは、先ほどお話したように、僕たちの目的の達成にはその方が可能性が高いと思うからです。もう一つは、もっと現実的な問題があるからです」
「現実的な問題、と言いますと」
「水と食料のことです、王柔殿。僕たちはほとんど食料を持っていません。水はここに大量にありますが、これを詰められる袋があまりありません。仮にここがヤルダンだとして、手持ちの袋に水を一杯に詰めてから歩いて吐露村か土光村に向うとしたら、無事に辿り着けると思われますか」
羽磋の言葉に、王柔はざっと頭の中で計算をしました。彼は吐露村と土光村の間を交易隊の先頭に立って案内をする仕事をしていますから、ヤルダンからそれぞれの村へ歩くとするとどの程度の時間が掛かるのか、見当を付けることができました。もちろんヤルダン自体にも相当の長さがありますのではっきりとは言えませんが、より近い土光村までヤルダンの内部から歩いて行くとすると、少なく見積もっても二、三日はかかると見込まれました。いや、理亜がいることを考えると、村まではもっと時間がかかるかもしれません。一方で、食料はほとんど流されてしまっていますし、水を入れる皮袋も個人で携帯するような小さいものしかありません。いくらそれに出発前に水を一杯につめたとしても、それだけではとても村に着くまで持たないと思われました。
「いや、羽磋殿。ここがヤルダンだとすると、近い方の土光村まで歩くのでも、ちょっと難しいと思います。特に水が持ちそうにないですね」
羽磋もそう思っていたのでしょう。王柔の言葉に頷いて応えました。
「そうなんです。そう考えると、単にこの地中から脱出するだけでは駄目なんです。どうしても、冒頓殿率いる護衛隊本隊と合流しないといけないんです。では、護衛隊本体は、ヤルダンのどこを目指しているでしょうか」
「ええっと、問題の原因とみられる母を待つ少女の奇岩が立っている場所ですか」
「そうです。母を待つ少女の奇岩のところです。それは、そこが精霊の力によって不思議の原因となっているのではないかと思われるからです。だから、僕たちも精霊の力が強い方へと進んでいけば・・・・・・」
「ああ、わかりましたっ」
これまで小さな声で会話を続けていた二人でしたが、羽磋の言いたいことに気が付いた王柔は、つい大声をあげてしまいました。離れたところにいる理亜が、その声を聞きつけて二人の方を向きました。王柔は慌てて口を押えると、身体を丸く屈めて、一層小さな声で話しつづけました。
「つまり、本隊と合流できるかもしれないというのですね。羽磋殿」
「ええ、上手く行けば、ですが。でも、それが必要なのは、間違い無いと思います」
王柔と額をくっつけるようにして、羽磋は答えました。
王柔も気が付いたように、首尾よく地中から地上に脱出できたとしても、そこはヤルダンの中です。今彼らが持っている食料は口寂しさをしのぐ程度のものでしかありません。また、乾燥したゴビの台地を旅するときに最も必要なものは水でしたが、それを持ち運ぶための皮袋は小さいものをいくつかしか持っていません。つまり、彼らの今の状態では、ヤルダンから最も近い土光村まで歩いて戻ろうとしてもとても無理なのです。そう考えると、食料と水を持っている本隊と合流することは、彼らが生き残るためにどうしても必要なことでした。
冒頓の護衛隊は、ヤルダンで起きている不思議は精霊の力の働きであり、その中心には母を待つ少女の奇岩があると考えて、それを目指していました。ですから、この地下の大空間から続く二つの洞窟のどちらかを選んで入らなければならないのだとすれば、精霊の力がより強く働いている奥の洞窟を進んだ方が、冒頓の護衛隊本体に近づく可能性が高くなると考えられるのでした。
「行きましょう、羽磋殿。奥の洞窟へ。きっと、すぐに冒頓殿たちと合流出来ますよ」
王柔は意識して明るく大きな声を出すと、丸めていた背筋をぐっと伸ばしました。それは、羽磋に対して呼びかける形をとってはいましたが、その大半はすぐに弱気になる自分自身への励ましでした。
王柔もそれを自覚していましたから、「はははっ」ときまり悪そうに笑うと、急いで羽磋の元を離れて理亜の方へと歩いて行ってしまいました。
もっとも、その様な王柔の態度を見て、羽磋が彼のことを弱々しい奴だと馬鹿にしたり軟弱者だと軽く見たりしたかと言えば、そうではありませんでした。確かに王柔は心配性ですし、物事の暗い側面に良く気が付く性質ですが、今の様に最後にはそれに怖気づく自分を自分で励ましてなんとか行動に移ります。羽磋はそれを、王柔の「強さ」だと捉えていたのでした。
王柔は真剣な顔で羽磋の言葉を聞いています。羽磋は小さな声で話をつづけました。
「それでも、僕は奥の洞窟を進むべきだと思うのです。一つは、先ほどお話したように、僕たちの目的の達成にはその方が可能性が高いと思うからです。もう一つは、もっと現実的な問題があるからです」
「現実的な問題、と言いますと」
「水と食料のことです、王柔殿。僕たちはほとんど食料を持っていません。水はここに大量にありますが、これを詰められる袋があまりありません。仮にここがヤルダンだとして、手持ちの袋に水を一杯に詰めてから歩いて吐露村か土光村に向うとしたら、無事に辿り着けると思われますか」
羽磋の言葉に、王柔はざっと頭の中で計算をしました。彼は吐露村と土光村の間を交易隊の先頭に立って案内をする仕事をしていますから、ヤルダンからそれぞれの村へ歩くとするとどの程度の時間が掛かるのか、見当を付けることができました。もちろんヤルダン自体にも相当の長さがありますのではっきりとは言えませんが、より近い土光村までヤルダンの内部から歩いて行くとすると、少なく見積もっても二、三日はかかると見込まれました。いや、理亜がいることを考えると、村まではもっと時間がかかるかもしれません。一方で、食料はほとんど流されてしまっていますし、水を入れる皮袋も個人で携帯するような小さいものしかありません。いくらそれに出発前に水を一杯につめたとしても、それだけではとても村に着くまで持たないと思われました。
「いや、羽磋殿。ここがヤルダンだとすると、近い方の土光村まで歩くのでも、ちょっと難しいと思います。特に水が持ちそうにないですね」
羽磋もそう思っていたのでしょう。王柔の言葉に頷いて応えました。
「そうなんです。そう考えると、単にこの地中から脱出するだけでは駄目なんです。どうしても、冒頓殿率いる護衛隊本隊と合流しないといけないんです。では、護衛隊本体は、ヤルダンのどこを目指しているでしょうか」
「ええっと、問題の原因とみられる母を待つ少女の奇岩が立っている場所ですか」
「そうです。母を待つ少女の奇岩のところです。それは、そこが精霊の力によって不思議の原因となっているのではないかと思われるからです。だから、僕たちも精霊の力が強い方へと進んでいけば・・・・・・」
「ああ、わかりましたっ」
これまで小さな声で会話を続けていた二人でしたが、羽磋の言いたいことに気が付いた王柔は、つい大声をあげてしまいました。離れたところにいる理亜が、その声を聞きつけて二人の方を向きました。王柔は慌てて口を押えると、身体を丸く屈めて、一層小さな声で話しつづけました。
「つまり、本隊と合流できるかもしれないというのですね。羽磋殿」
「ええ、上手く行けば、ですが。でも、それが必要なのは、間違い無いと思います」
王柔と額をくっつけるようにして、羽磋は答えました。
王柔も気が付いたように、首尾よく地中から地上に脱出できたとしても、そこはヤルダンの中です。今彼らが持っている食料は口寂しさをしのぐ程度のものでしかありません。また、乾燥したゴビの台地を旅するときに最も必要なものは水でしたが、それを持ち運ぶための皮袋は小さいものをいくつかしか持っていません。つまり、彼らの今の状態では、ヤルダンから最も近い土光村まで歩いて戻ろうとしてもとても無理なのです。そう考えると、食料と水を持っている本隊と合流することは、彼らが生き残るためにどうしても必要なことでした。
冒頓の護衛隊は、ヤルダンで起きている不思議は精霊の力の働きであり、その中心には母を待つ少女の奇岩があると考えて、それを目指していました。ですから、この地下の大空間から続く二つの洞窟のどちらかを選んで入らなければならないのだとすれば、精霊の力がより強く働いている奥の洞窟を進んだ方が、冒頓の護衛隊本体に近づく可能性が高くなると考えられるのでした。
「行きましょう、羽磋殿。奥の洞窟へ。きっと、すぐに冒頓殿たちと合流出来ますよ」
王柔は意識して明るく大きな声を出すと、丸めていた背筋をぐっと伸ばしました。それは、羽磋に対して呼びかける形をとってはいましたが、その大半はすぐに弱気になる自分自身への励ましでした。
王柔もそれを自覚していましたから、「はははっ」ときまり悪そうに笑うと、急いで羽磋の元を離れて理亜の方へと歩いて行ってしまいました。
もっとも、その様な王柔の態度を見て、羽磋が彼のことを弱々しい奴だと馬鹿にしたり軟弱者だと軽く見たりしたかと言えば、そうではありませんでした。確かに王柔は心配性ですし、物事の暗い側面に良く気が付く性質ですが、今の様に最後にはそれに怖気づく自分を自分で励ましてなんとか行動に移ります。羽磋はそれを、王柔の「強さ」だと捉えていたのでした。
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