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月の砂漠のかぐや姫 第216話
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二人が言うように、羽磋たちと同じように交易路から落下した駱駝や荷物が見つかれば良いのですが、それをあてにすることはできません。羽磋は自分たちの手元にあった食料や水が入っている皮袋をすべて駱駝の背に載せると、その手綱をしっかりと握りました。ただ、自分がとても大事にしているもの、つまり、父である大伴から渡された兎の面や短剣などを入れた皮袋だけは、これまでと同じように自分の背にかけて、何があっても手放すことが無いように気を付けていました。
大空間の地面は固い岩でできています。それに、平らな部分が多いとは言え、落ち込んだところや盛り上がっているところもたくさんありますから、交易路を歩くようにはいきません。もちろん、これから入っていく洞窟の中がどの様になっているかはわかりません。そのため、駱駝をどこまで連れて歩けるかはわかりません。でも、遊牧民族にとっての駱駝は労働力であり財産でもあります。「駱駝を連れて歩けるうちは連れて歩くと」決めるのに、羽磋には全く迷うことはありませんでした。
再び、羽磋たちは大空間の奥に来ていました。
羽磋たちの前方には洞窟が二つ、大きな口を開けていました。それぞれの洞窟には大空間の池からほのかに青く輝く水が川の様になって流れ込んでいましたが、今は水量が少ない時期なのか、水の流れに沿って歩くことができる地面が現れていました。
王柔が見たところでは、手前の洞窟と奥の洞窟の大きさには特に違いがあるようには思えません。目に見える違いと言えば、奥の洞窟の方が流れ込む水が発している青い光の強さが、手前の洞窟に流れ込む水に比べて強いようですが、それに何か意味があるのかは彼にはわかりません。また、昨日、両方の洞窟の奥に向かって理亜が大声で呼び掛けたときにも、二つの洞窟の反響の具合に違いはなく、どちらも奥の方へずっと続いているようでした。
この二つの洞窟のどちらに入っていくのかを決めるのは、非常に大きな決断になります。それは、彼らの手持ちの食料は限られているので、最初に選んだ洞窟が行き止まりだった場合に、ここまで戻ってから次の洞窟に進む体力が残っていないということも考えられるからでした。
「羽磋殿は、どちらを選ぶんだろう」
王柔は、自分よりも年若く小柄な羽磋の顔を、黙って見降ろしました。彼は意識してはいませんでしたが、「自分たちの行動を決めるのは羽磋だ」という思いが、既に彼の中には出来上がっていたのでした。
実は、どちらの洞窟に入っていくのかについて、昨日の段階で羽磋の中では決定がなされていました。ただ、羽磋は名を貰ったばかりの少年で、王柔は年上の男でした。「この大きな決断を下すのは、やはり年長者である王柔殿で、自分はその判断の材料を提供するのだ」と、羽磋の方では考えていました。
「王柔殿、これからどちらかの洞窟を選んで進んでいかないといけないのですが、どちらを選びますか。昨日の・・・・・・」
「あ、ああ。羽磋殿。えーと、羽磋殿が決めていただけますか」
てっきり「こちらの洞窟に入りましょう」という指示が羽磋から来るものと思い込んでいた王柔は、羽磋から判断をゆだねられて慌てました。拒むように自分の身体の前で両手を振りながら急いで羽磋の言葉を遮ると、その判断は羽磋にしてほしいと話すのでした。
「え、王柔殿、僕が決めるのですか」
羽磋の方でも、思ってもいなかった王柔の反応に、戸惑いの言葉が出ました。
遊牧民族「月の民」では、成人と子供では扱いが大きく異なり、協力して遊牧の仕事に当たる際にも成人の指揮の元で子供は働くことになっています。そして、羽磋は讃岐村を離れる直前に父である大伴から名を贈られて成人となったので、村での遊牧の仕事では子供としての経験しかありませんでした。また、旅に出てからは冒頓の護衛隊に入り隊長の指示の下に行動をしていたので、自分で大きな判断をすることはありませんでした。そのため、ここにいるのはたった三人の小集団とは言え、彼らの命運を決めるともいえる大きな決断を自分がするとは思っていなかったのです。
「ええ、お願いします。ヤルダンの案内ならできるのですが、こんな不思議な地中の洞窟の案内なんて、僕にはとてもとても。もちろん、羽磋殿もそうでしょうが、昨日は兎の面を被っていろいろと調べてらっしゃったし、僕よりはまだ大丈夫だと思います。すみませんが、お願いします。羽磋殿」
「はぁ、確かに兎の面で見たものから考えはあるのですが・・・・・・。わかりました、では、決めさせていただきます」
王柔の正直な物言いに、羽磋も納得をしました。
彼ら「月の民」の者たちは、年長者に対する敬意は持っていましたが、地位や仕事について考える際には、年齢ではなくその人の能力の有る無しに基づいて厳格に判断をする習慣がありました。過酷な自然環境と他部族との厳しい競争の中で生きる彼らのことですから、単に年長であるからと言って能力がない者が責任ある立場に付き、間違った判断や指示をすれば、それがたちまち部族や家畜に大きな損害を与えることにつながってしまうからです。ですから、族長の長子が世襲で族長になるということもありません。また、今回のように指導者が自分ではできない判断を他人に委ねるということも、見栄を張ってわからないまま判断をすることよりは正しいこととされていたのでした。
大空間の地面は固い岩でできています。それに、平らな部分が多いとは言え、落ち込んだところや盛り上がっているところもたくさんありますから、交易路を歩くようにはいきません。もちろん、これから入っていく洞窟の中がどの様になっているかはわかりません。そのため、駱駝をどこまで連れて歩けるかはわかりません。でも、遊牧民族にとっての駱駝は労働力であり財産でもあります。「駱駝を連れて歩けるうちは連れて歩くと」決めるのに、羽磋には全く迷うことはありませんでした。
再び、羽磋たちは大空間の奥に来ていました。
羽磋たちの前方には洞窟が二つ、大きな口を開けていました。それぞれの洞窟には大空間の池からほのかに青く輝く水が川の様になって流れ込んでいましたが、今は水量が少ない時期なのか、水の流れに沿って歩くことができる地面が現れていました。
王柔が見たところでは、手前の洞窟と奥の洞窟の大きさには特に違いがあるようには思えません。目に見える違いと言えば、奥の洞窟の方が流れ込む水が発している青い光の強さが、手前の洞窟に流れ込む水に比べて強いようですが、それに何か意味があるのかは彼にはわかりません。また、昨日、両方の洞窟の奥に向かって理亜が大声で呼び掛けたときにも、二つの洞窟の反響の具合に違いはなく、どちらも奥の方へずっと続いているようでした。
この二つの洞窟のどちらに入っていくのかを決めるのは、非常に大きな決断になります。それは、彼らの手持ちの食料は限られているので、最初に選んだ洞窟が行き止まりだった場合に、ここまで戻ってから次の洞窟に進む体力が残っていないということも考えられるからでした。
「羽磋殿は、どちらを選ぶんだろう」
王柔は、自分よりも年若く小柄な羽磋の顔を、黙って見降ろしました。彼は意識してはいませんでしたが、「自分たちの行動を決めるのは羽磋だ」という思いが、既に彼の中には出来上がっていたのでした。
実は、どちらの洞窟に入っていくのかについて、昨日の段階で羽磋の中では決定がなされていました。ただ、羽磋は名を貰ったばかりの少年で、王柔は年上の男でした。「この大きな決断を下すのは、やはり年長者である王柔殿で、自分はその判断の材料を提供するのだ」と、羽磋の方では考えていました。
「王柔殿、これからどちらかの洞窟を選んで進んでいかないといけないのですが、どちらを選びますか。昨日の・・・・・・」
「あ、ああ。羽磋殿。えーと、羽磋殿が決めていただけますか」
てっきり「こちらの洞窟に入りましょう」という指示が羽磋から来るものと思い込んでいた王柔は、羽磋から判断をゆだねられて慌てました。拒むように自分の身体の前で両手を振りながら急いで羽磋の言葉を遮ると、その判断は羽磋にしてほしいと話すのでした。
「え、王柔殿、僕が決めるのですか」
羽磋の方でも、思ってもいなかった王柔の反応に、戸惑いの言葉が出ました。
遊牧民族「月の民」では、成人と子供では扱いが大きく異なり、協力して遊牧の仕事に当たる際にも成人の指揮の元で子供は働くことになっています。そして、羽磋は讃岐村を離れる直前に父である大伴から名を贈られて成人となったので、村での遊牧の仕事では子供としての経験しかありませんでした。また、旅に出てからは冒頓の護衛隊に入り隊長の指示の下に行動をしていたので、自分で大きな判断をすることはありませんでした。そのため、ここにいるのはたった三人の小集団とは言え、彼らの命運を決めるともいえる大きな決断を自分がするとは思っていなかったのです。
「ええ、お願いします。ヤルダンの案内ならできるのですが、こんな不思議な地中の洞窟の案内なんて、僕にはとてもとても。もちろん、羽磋殿もそうでしょうが、昨日は兎の面を被っていろいろと調べてらっしゃったし、僕よりはまだ大丈夫だと思います。すみませんが、お願いします。羽磋殿」
「はぁ、確かに兎の面で見たものから考えはあるのですが・・・・・・。わかりました、では、決めさせていただきます」
王柔の正直な物言いに、羽磋も納得をしました。
彼ら「月の民」の者たちは、年長者に対する敬意は持っていましたが、地位や仕事について考える際には、年齢ではなくその人の能力の有る無しに基づいて厳格に判断をする習慣がありました。過酷な自然環境と他部族との厳しい競争の中で生きる彼らのことですから、単に年長であるからと言って能力がない者が責任ある立場に付き、間違った判断や指示をすれば、それがたちまち部族や家畜に大きな損害を与えることにつながってしまうからです。ですから、族長の長子が世襲で族長になるということもありません。また、今回のように指導者が自分ではできない判断を他人に委ねるということも、見栄を張ってわからないまま判断をすることよりは正しいこととされていたのでした。
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