月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
上 下
218 / 345

月の砂漠のかぐや姫 第216話

しおりを挟む
 二人が言うように、羽磋たちと同じように交易路から落下した駱駝や荷物が見つかれば良いのですが、それをあてにすることはできません。羽磋は自分たちの手元にあった食料や水が入っている皮袋をすべて駱駝の背に載せると、その手綱をしっかりと握りました。ただ、自分がとても大事にしているもの、つまり、父である大伴から渡された兎の面や短剣などを入れた皮袋だけは、これまでと同じように自分の背にかけて、何があっても手放すことが無いように気を付けていました。
 大空間の地面は固い岩でできています。それに、平らな部分が多いとは言え、落ち込んだところや盛り上がっているところもたくさんありますから、交易路を歩くようにはいきません。もちろん、これから入っていく洞窟の中がどの様になっているかはわかりません。そのため、駱駝をどこまで連れて歩けるかはわかりません。でも、遊牧民族にとっての駱駝は労働力であり財産でもあります。「駱駝を連れて歩けるうちは連れて歩くと」決めるのに、羽磋には全く迷うことはありませんでした。


 再び、羽磋たちは大空間の奥に来ていました。
 羽磋たちの前方には洞窟が二つ、大きな口を開けていました。それぞれの洞窟には大空間の池からほのかに青く輝く水が川の様になって流れ込んでいましたが、今は水量が少ない時期なのか、水の流れに沿って歩くことができる地面が現れていました。
 王柔が見たところでは、手前の洞窟と奥の洞窟の大きさには特に違いがあるようには思えません。目に見える違いと言えば、奥の洞窟の方が流れ込む水が発している青い光の強さが、手前の洞窟に流れ込む水に比べて強いようですが、それに何か意味があるのかは彼にはわかりません。また、昨日、両方の洞窟の奥に向かって理亜が大声で呼び掛けたときにも、二つの洞窟の反響の具合に違いはなく、どちらも奥の方へずっと続いているようでした。
 この二つの洞窟のどちらに入っていくのかを決めるのは、非常に大きな決断になります。それは、彼らの手持ちの食料は限られているので、最初に選んだ洞窟が行き止まりだった場合に、ここまで戻ってから次の洞窟に進む体力が残っていないということも考えられるからでした。
「羽磋殿は、どちらを選ぶんだろう」
 王柔は、自分よりも年若く小柄な羽磋の顔を、黙って見降ろしました。彼は意識してはいませんでしたが、「自分たちの行動を決めるのは羽磋だ」という思いが、既に彼の中には出来上がっていたのでした。
 実は、どちらの洞窟に入っていくのかについて、昨日の段階で羽磋の中では決定がなされていました。ただ、羽磋は名を貰ったばかりの少年で、王柔は年上の男でした。「この大きな決断を下すのは、やはり年長者である王柔殿で、自分はその判断の材料を提供するのだ」と、羽磋の方では考えていました。
「王柔殿、これからどちらかの洞窟を選んで進んでいかないといけないのですが、どちらを選びますか。昨日の・・・・・・」
「あ、ああ。羽磋殿。えーと、羽磋殿が決めていただけますか」
 てっきり「こちらの洞窟に入りましょう」という指示が羽磋から来るものと思い込んでいた王柔は、羽磋から判断をゆだねられて慌てました。拒むように自分の身体の前で両手を振りながら急いで羽磋の言葉を遮ると、その判断は羽磋にしてほしいと話すのでした。
「え、王柔殿、僕が決めるのですか」
 羽磋の方でも、思ってもいなかった王柔の反応に、戸惑いの言葉が出ました。
 遊牧民族「月の民」では、成人と子供では扱いが大きく異なり、協力して遊牧の仕事に当たる際にも成人の指揮の元で子供は働くことになっています。そして、羽磋は讃岐村を離れる直前に父である大伴から名を贈られて成人となったので、村での遊牧の仕事では子供としての経験しかありませんでした。また、旅に出てからは冒頓の護衛隊に入り隊長の指示の下に行動をしていたので、自分で大きな判断をすることはありませんでした。そのため、ここにいるのはたった三人の小集団とは言え、彼らの命運を決めるともいえる大きな決断を自分がするとは思っていなかったのです。
「ええ、お願いします。ヤルダンの案内ならできるのですが、こんな不思議な地中の洞窟の案内なんて、僕にはとてもとても。もちろん、羽磋殿もそうでしょうが、昨日は兎の面を被っていろいろと調べてらっしゃったし、僕よりはまだ大丈夫だと思います。すみませんが、お願いします。羽磋殿」
「はぁ、確かに兎の面で見たものから考えはあるのですが・・・・・・。わかりました、では、決めさせていただきます」
 王柔の正直な物言いに、羽磋も納得をしました。
 彼ら「月の民」の者たちは、年長者に対する敬意は持っていましたが、地位や仕事について考える際には、年齢ではなくその人の能力の有る無しに基づいて厳格に判断をする習慣がありました。過酷な自然環境と他部族との厳しい競争の中で生きる彼らのことですから、単に年長であるからと言って能力がない者が責任ある立場に付き、間違った判断や指示をすれば、それがたちまち部族や家畜に大きな損害を与えることにつながってしまうからです。ですから、族長の長子が世襲で族長になるということもありません。また、今回のように指導者が自分ではできない判断を他人に委ねるということも、見栄を張ってわからないまま判断をすることよりは正しいこととされていたのでした。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...