月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
上 下
207 / 342

月の砂漠のかぐや姫 第205話

しおりを挟む
 兎の面をつけていた時に、羽磋は心の中でそのような考えを働かせながら、周囲を調べていました。すると、羽磋は大空間の奥の方の壁面に白い光の塊があることに、気が付きました。壁面の白い光は、兎の面をつけて水面を眺めたときに見えるものと同じ光でした。その光の塊が壁面に見えるということは、そこからも水が流れ込んでいるのか、あるいはその反対に、その箇所からさらに奥の方へと水が流れ出ているのではないかと、羽磋は考えたのでした。
「あれが、ここから水が出ていく出口であればいいのに。それもできるだけ大きな出口で、人が歩いていける洞窟のようなものであればいいのに」
 羽磋は、そう願いました。
 この大空間に注ぐ水の流れを遡ることは難しくても、ここから出ていく水の流れに従って下流へ進むことができれば、いずれは地上へ出ることができるかもしれません。そもそも、羽磋たちが流された川にしても、源流からここまで到達するまでの間に、ある場所では地下を、そして、ある場所では地上を流れて来ているのですから。
 まだ白い光の塊が出口であると決まった訳ではないので、羽磋はこの考えを自分の胸にしまったままにして、気になった場所を調べに行こうと王柔たちに話しました。王柔たちは、すぐに羽磋の言葉に頷きました。いつの間にか、考えたり導いたりする役割は、羽磋のものとなっていたのでした。
 彼らと一緒に大空間の奥へ進む間にも、羽磋は周りの様子に注意を向けることを忘れてはいませんでした。ここは誰も訪れたことのない地下の大空間である上に、精霊の力が強く働いている場所でもあります。何があっても、何が起きても、全く不思議ではありません。それに、あの白い光の塊の他にも自分たちの今後に係る何かがあるかもしれませんし、それが自分たちに積極的に語り掛けてくるものだとは限らないのです。漫然と歩いていては、自分たちの生死を分かつ大事な手掛かりがひっそりと隠れているのを、見過ごしてしまうかもしれません。
 足場は凸凹とした岩で、しかも、水に濡れたところは滑りやすく、普通に歩くだけでも神経を使います。それでも、羽磋はできるだけ周囲に視線をやって、水の流れる様子や岩壁の変化などに気を配りながら歩き続けました。すると、羽磋は岩壁に興味深い特徴が見られるのに気が付いたのでした。
 それは、一箇所だけではなく、大空間の壁全体にわたって刻まれている横縞でした。
 水面と平行に岩壁に刻まれた幾つもの縞模様。それらは壁の低いところにもあれば、羽磋の身長よりも高いところにもあります。王柔の話によると、それはかつてこの大空間を流れていた水が刻んだものでした。つまり、以前は今よりももっと多くの水がこの場所を流れていた、と考えられるということでした。
 この縞模様を見つけた時から、羽磋の心の中で、先ほど見た壁の中の白い光の塊にかかる期待が大きくなりました。
 彼の足取りは軽くなり、前へ進む速度はどんどんと早くなりました。
 そして、彼らが大空間を奥へ進むにつれて、水の流れる音が大きく聞こえるようになってきました。これも、羽磋の期待を強く支えるものとなりました。
「これは、きっとそうだ。いや、そうであってくれっ」
 その場所が近くになるにつれて、自分の考え通りのものがそこにあるかどうか、その違いが彼らに与える影響の大きさが、実感となって羽磋にのしかかってきました。そのため、知らず知らずのうちに彼の口はぎゅっと結ばれて、とても緊張した表情がその面に現れてきました。
 どれだけ歩いたでしょうか。ずいぶんと奥の方まで進んだところで、ようやく、羽磋が足を止めました。そして、彼が前方をじっくりと眺めると、彼らの前では、広々としていた洞窟がぎゅっと狭くなっていて、その回廊の様になっている狭い箇所には大きな穴が二つ開いているのが見て取れました。
 これです。まさしく、羽磋が期待していた通りのものが、そこにあったのです。
 壁面に開いている二つの大きな穴は、この大空間に池のように溜まっている水の出口でした。壁面に刻まれている横縞が示しているとおり、この大空間には今よりも多くの水が流れ込んでいた時がありましたから、この水が流れ出ている二つの洞窟も大きな口を開けています。でも、現在の大空間が蓄えている水の量はそれほど多くなく、床には地面も表れているほどです。そのことから考えると、水の出口となっている二つの洞窟を流れる水の量も多くはなく、その床部分には羽磋たちが歩いて進むことができる地面の部分があると考えられます。
 この大空間に流れ込んでくる川を遡ることはできそうにありませんし、外からの光も差し込んできていませんから、天井や壁面のどこかに外へ通じる隙間があるとも思えません。「ひょっとしたら、外へ出る手段が全く無いのかもしれない」とまで、一時期は羽磋も考えていました。
 でも、この目の前で口を開いている洞窟は、この水の出口となっている二つの洞窟は、先の方でどうなっているのかはわかりませんが、少なくともこの大空間から出て、川の流れと共に奥へ進むことはできそうです。
「良かった。まだ、外へ出る希望は、残されているんだ」
 ほっとするのが半分で嬉しいのが半分の笑みが、自然と羽磋の顔に浮かんでくるのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

赤ん坊なのに【試練】がいっぱい! 僕は【試練】で大きくなれました

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前はジーニアス 優しい両親のもとで生まれた僕は小さな村で暮らすこととなりました お父さんは村の村長みたいな立場みたい お母さんは病弱で家から出れないほど 二人を助けるとともに僕は異世界を楽しんでいきます ーーーーー この作品は大変楽しく書けていましたが 49話で終わりとすることにいたしました 完結はさせようと思いましたが次をすぐに書きたい そんな欲求に屈してしまいましたすみません

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

処理中です...