月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第203話

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「壁の下の方にこんな形が集中しているんですね。どうしてなんでしょうか」
 羽磋は歩きながら自分の脇の壁に手をやりました。彼が手で壁をなぞると、指は横方向に導かれます。その手に当たる壁にも横筋が刻まれているからでした。
「この壁にできている横縞は、きっと水が削り取った後ですよ。季節によって水の高さが変動するのか、それとも時代によって高さが変わったのかはわかりませんが、今よりももっとたくさんの水が流れるときがあったんでしょうね」
 彼の後ろで、王柔も壁を触りながら答えました。
 ヤルダンの案内人である王柔は、同様の光景を地上で何度も見てきていました。もともとヤルダンの複雑な地形は、砂岩を風と水が侵食してできたものと言われていますから、このように浸食の過程が残っているところもあるのです。ただ、地上では太陽の光や風に晒されてしまうので、これほどくっきりと筋が残っているところはあまり多くはないのでしたが。
「そうですか、水がこの筋のところまで来ていたこともあるのですね」
 羽磋は、手を頭の上に延ばして壁を触りました。壁のそこの高さにも、かつて水面がこの位置にあったことを示す横縞が刻まれていました。
 たまたま今は水の量が少なくてこの洞窟の一部に地面が表れていたから、羽磋たちはここで水から上がることができたのかもしれません。もしも、羽磋が手で触ったところまで水が満ちていたとしたら、もちろんその流れもここで穏やかになることはなかったでしょうから、彼らはさらに下流まで流されていたに違いありません。羽磋は、自分たちが意識を失ったままで水に流される姿を思い浮かべて、ブルブルと身を震わせました。
 羽磋たちは、濡れた足元に気を付けながら、さらに洞窟を進みました。
 兎の面を被って辺りを見回した時に羽磋が気になった二つの箇所は、彼らがもともといた場所から見て同じ方向にありました。一方には精霊の力の働きを示す白い光が壁際に強く集まり、もう一方はそれほど多くは集まっていませんでした。
 この二つの場所とは反対の側から水が入ってきていることから、羽磋はそれらについてある考えを持っていました。それに、岩壁の高いところに縞が刻まれている、つまり、水の量が今よりももっと多かった時があったということは、その考えの中の良い部分を補強してくれるものでした。「その場所を調べなくては」という羽磋の思いは、ますます強くなっていました。
 日差しの入らぬこの洞窟では時間の感覚はあまりありません。理亜の疲れを考慮して一度休憩を取った後で、再び歩き出した彼らがもう一度休憩を取ろうかと考えだしたころ、だんだんと水が流れる音が強く聞こえるようになってきました。この洞窟では水は大きな池となっていてあまり目立った動きは見せておらず、水が流れる音もほとんど聞こえてこなかったのですが、どこかで流れが生じているようでした。
「水の流れる音が聞こえてきましたね、羽磋殿」
「ええ、僕が気になっていたところが近いのかもしれません」
 王柔は目を細めて前方を見回しましたが、どこが羽磋の気になっているところかはよくわかりませんでした。水面から放たれるほのかな青い光のお陰で、ぼんやりと洞窟内の様子を見て取ることはできるのですが、岩壁が複雑に入り組み様々な影を創り出しているので、実際の壁際の様子はわからないのでした。
 羽磋は皮袋の中から兎の面を取り出して顔に当てると、ゆっくりと周囲を調べだしました。彼の後ろでは、王柔と理亜がその様子をじっと見入っていました。王柔は羽磋が何を見つめているのかを気にして、理亜は羽磋の被った面が面白くてと、その理由は異なるのでしたが。
「ああ、やっぱり、この先の岩壁ですね。二つともそうなんだ」
 しばらくしてから、羽磋は満足げにそう呟いて、兎の面を皮袋に戻しました。彼が見て取ったのは、自分たちが歩いていく先の岩壁に二箇所、大きな白い光が集まっているところがあるということでした。手前の方の塊は水面と比べても白い光の輝きは弱く、特徴としては岩壁に見られるというぐらいしかないのですが、奥の方の塊は水面の輝きよりもはるかに強い光が岩壁の中に集まっているのが見られるのでした。
「王柔殿、理亜。僕が気になった箇所は、もうすぐ近くです。進みましょうっ」
「わ、わかりました。ほら、理亜、行くぞ」
 王柔と理亜に声を掛けるやいなや、羽磋は足を動かしていました。彼も自分が考えていたものがそこに本当にあるのかどうか、早く確かめたくて気が急いていたのでした。その表情は、口元が強張った、とても厳しいものでした。
 王柔も慌てて理亜と共に羽磋に従いました。一体羽磋は何を見たのか、王柔には気になって仕方がありませんでした。でも、羽磋の神経は全て前方に集中されているように見えますし、その表情はとても険しいものなので、気の弱い王柔には声を掛けるのがためらわれるのでした。
 それでも、そこから足早にいくらか進み、周囲に水が流れる音がはっきりと現れてきた頃、ようやく王柔は羽磋の背中に声を掛けることができました。
「あ、あの、羽磋殿。羽磋殿っ。一体、何を見つけられたのですか。僕たちは何を探しているんでしょうかっ」
 王柔のその声に引き留められたかのように、羽磋は急に立ち止まりました。
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