201 / 352
月の砂漠のかぐや姫 第199話
しおりを挟む
大きな空間を有する洞窟ですが、彼らの頭の上の見える限りは全てゴツゴツとした岩で覆われていました。それらは薄暗い影の奥にはっきりと見て取れましたので、彼らは野外にまで流されたわけではなく、未だにヤルダンの地下に留まっていることは明らかでした。
しかし、そうであるとすれば、彼らがこのように周囲を見て取れること自体が大いに不思議なことです。何故なら、この地面の中に広がっている空間には、日の光が差し込んでいるところはどこにもなかったのですから。
実のところ、この洞窟の中で羽磋たちが周りを見ることができていたのは、太陽の光などの上からの光があったからではなく、下からの光があったからでした。先ほどから羽磋たちが話しているとおり、川の水が朧げな青い光を放っていて、その水がたくさん溜まっているこの空間では、満月の夜に天から降り注ぐほどの光が、水面から天井に向けて放たれていたのでした。
「ほら、オージュ、面白いヨ」
水をすくって遊んでいた理亜が、楽しげな声で王柔に呼びかけました。その声に応じて理亜の方を振り返った王柔と羽磋は、驚きで息を飲み込んでしまいました。
理亜が両手ですくいあげた水が掌の上で強く発光していて、まるで、青い光そのものを両手ですくいあげているように見えたのです。
その光を理亜が池に注ぐと、素早く水面下に広がってくのと同時に次第に輝きが朧げになって、周りの水と同化してしまいました。その現象は、何度理亜が水をすくいあげても、繰り返し起きるのでした。
「す、すごいね、理亜。きれいだね・・・・・・」
理亜に心配をさせないようにと、王柔は意識して優しい口調で彼女に返事をしました。でも、その内心では、どうしてこのような現象が起きるのかと、とても困惑していました。それは、王柔が目で窺った羽磋も同じようでした。
「うん、でしょでしょー」
理亜は、王柔の答えに満足したのか、再び水遊びに集中し始めました。それを見るやいなや、王柔はぱっと羽磋の手を取り、理亜に声が届かないところにまで離れました。
「羽磋殿、なんでしょう、あの青い光は」
「いや、僕にもわかりませんよ。ここでは川の水や池の水も朧げに青く光っていますけど、理亜がすくいあげたとたんに明らかに光が強くなっていますね」
「そうなんですよっ。でも、どうして理亜が水をすくうとあんなに光が強くなるんでしょう」
「いや、それは僕にもわかりませんですって。あ、そうだ」
羽磋は水際に歩み寄ると、両手をお椀の形にくっつけて水の中に差し入れました。ひょっとしたら、あれは理亜に限って起きることではなくて、ここの水はすくいあげたら輝きが増すようになっているのかもしれないと、思いついたからでした。
でも、羽磋が池からすくいあげた水は、彼の掌の中で朧げに輝くだけで、光る度合いに変化は生じませんでした。王柔も羽磋の隣にやってくると、同じように水をすくって試してみましたが、理亜のような変化は生じませんでした。やはり、水をすくう人が理亜であるというのが、あの青い光が強くなる条件のようでした。
「やっぱり、理亜がすくう事で変化するんですね、この水は。本当に不思議ですね」
「ええ、でも、どうしてなんでしょうか・・・・・・」
理亜からは少し離れたところにいるのですが、二人の間で交わされる声は、自然と小さなものになっていました。
羽磋は王柔に比べて年少ですし理亜と過ごした時間も短いのですが、話は王柔が羽磋に尋ねるような形で進んでいました。どうしても、王柔は性格的に人に尋ねたり人から指示を受けることに馴染んでしまっていて、ことに羽磋の様に自分の意見をしっかり持つような人と話すときには、無意識のうちに聞き手になってしまうのでした。
羽磋は水辺で遊んでいる理亜に目をやりました。
理亜と王柔に初めて会ったのは土光村の王花の酒場ででした。酒場の奥の小部屋で理亜の身体のことを聴いた時には、「そんなことがあるのか」と信じられない思いでしたが、王柔が話したとおり、理亜は人の身体に触れることができずにいましたし、日が暮れるとともに消えてしまいました。
短い期間とは言えあれから一緒に旅をするうちに、いつまにか、その不思議さに慣れてしまっていたのかもしれません。
こうして改めて考えてみると、既に理亜の身体には人智を超えた不思議な出来事が起こっていたのでした。
「王柔殿、僕は少しだけ忘れていました。理亜の身体に起こっている不思議なことを」
「ああ、それは僕にもあったかもしれません。僕と別れた後にヤルダンから一人で村にまで来てくれたこと、人の身体をすり抜けてしまうこと、夜になると消えてしまうこと。そんなことを考えると、こうして不思議なことが増えるのも、ある意味当たり前なのかもしれませんね」
その様に答える王柔の顔には、理亜の身体に起こっている不思議を解決できていない自分に対する自嘲めいたものが浮かんでいました。
しかし、そうであるとすれば、彼らがこのように周囲を見て取れること自体が大いに不思議なことです。何故なら、この地面の中に広がっている空間には、日の光が差し込んでいるところはどこにもなかったのですから。
実のところ、この洞窟の中で羽磋たちが周りを見ることができていたのは、太陽の光などの上からの光があったからではなく、下からの光があったからでした。先ほどから羽磋たちが話しているとおり、川の水が朧げな青い光を放っていて、その水がたくさん溜まっているこの空間では、満月の夜に天から降り注ぐほどの光が、水面から天井に向けて放たれていたのでした。
「ほら、オージュ、面白いヨ」
水をすくって遊んでいた理亜が、楽しげな声で王柔に呼びかけました。その声に応じて理亜の方を振り返った王柔と羽磋は、驚きで息を飲み込んでしまいました。
理亜が両手ですくいあげた水が掌の上で強く発光していて、まるで、青い光そのものを両手ですくいあげているように見えたのです。
その光を理亜が池に注ぐと、素早く水面下に広がってくのと同時に次第に輝きが朧げになって、周りの水と同化してしまいました。その現象は、何度理亜が水をすくいあげても、繰り返し起きるのでした。
「す、すごいね、理亜。きれいだね・・・・・・」
理亜に心配をさせないようにと、王柔は意識して優しい口調で彼女に返事をしました。でも、その内心では、どうしてこのような現象が起きるのかと、とても困惑していました。それは、王柔が目で窺った羽磋も同じようでした。
「うん、でしょでしょー」
理亜は、王柔の答えに満足したのか、再び水遊びに集中し始めました。それを見るやいなや、王柔はぱっと羽磋の手を取り、理亜に声が届かないところにまで離れました。
「羽磋殿、なんでしょう、あの青い光は」
「いや、僕にもわかりませんよ。ここでは川の水や池の水も朧げに青く光っていますけど、理亜がすくいあげたとたんに明らかに光が強くなっていますね」
「そうなんですよっ。でも、どうして理亜が水をすくうとあんなに光が強くなるんでしょう」
「いや、それは僕にもわかりませんですって。あ、そうだ」
羽磋は水際に歩み寄ると、両手をお椀の形にくっつけて水の中に差し入れました。ひょっとしたら、あれは理亜に限って起きることではなくて、ここの水はすくいあげたら輝きが増すようになっているのかもしれないと、思いついたからでした。
でも、羽磋が池からすくいあげた水は、彼の掌の中で朧げに輝くだけで、光る度合いに変化は生じませんでした。王柔も羽磋の隣にやってくると、同じように水をすくって試してみましたが、理亜のような変化は生じませんでした。やはり、水をすくう人が理亜であるというのが、あの青い光が強くなる条件のようでした。
「やっぱり、理亜がすくう事で変化するんですね、この水は。本当に不思議ですね」
「ええ、でも、どうしてなんでしょうか・・・・・・」
理亜からは少し離れたところにいるのですが、二人の間で交わされる声は、自然と小さなものになっていました。
羽磋は王柔に比べて年少ですし理亜と過ごした時間も短いのですが、話は王柔が羽磋に尋ねるような形で進んでいました。どうしても、王柔は性格的に人に尋ねたり人から指示を受けることに馴染んでしまっていて、ことに羽磋の様に自分の意見をしっかり持つような人と話すときには、無意識のうちに聞き手になってしまうのでした。
羽磋は水辺で遊んでいる理亜に目をやりました。
理亜と王柔に初めて会ったのは土光村の王花の酒場ででした。酒場の奥の小部屋で理亜の身体のことを聴いた時には、「そんなことがあるのか」と信じられない思いでしたが、王柔が話したとおり、理亜は人の身体に触れることができずにいましたし、日が暮れるとともに消えてしまいました。
短い期間とは言えあれから一緒に旅をするうちに、いつまにか、その不思議さに慣れてしまっていたのかもしれません。
こうして改めて考えてみると、既に理亜の身体には人智を超えた不思議な出来事が起こっていたのでした。
「王柔殿、僕は少しだけ忘れていました。理亜の身体に起こっている不思議なことを」
「ああ、それは僕にもあったかもしれません。僕と別れた後にヤルダンから一人で村にまで来てくれたこと、人の身体をすり抜けてしまうこと、夜になると消えてしまうこと。そんなことを考えると、こうして不思議なことが増えるのも、ある意味当たり前なのかもしれませんね」
その様に答える王柔の顔には、理亜の身体に起こっている不思議を解決できていない自分に対する自嘲めいたものが浮かんでいました。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。
本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。
世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。
喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる