月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第199話

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 大きな空間を有する洞窟ですが、彼らの頭の上の見える限りは全てゴツゴツとした岩で覆われていました。それらは薄暗い影の奥にはっきりと見て取れましたので、彼らは野外にまで流されたわけではなく、未だにヤルダンの地下に留まっていることは明らかでした。
 しかし、そうであるとすれば、彼らがこのように周囲を見て取れること自体が大いに不思議なことです。何故なら、この地面の中に広がっている空間には、日の光が差し込んでいるところはどこにもなかったのですから。
 実のところ、この洞窟の中で羽磋たちが周りを見ることができていたのは、太陽の光などの上からの光があったからではなく、下からの光があったからでした。先ほどから羽磋たちが話しているとおり、川の水が朧げな青い光を放っていて、その水がたくさん溜まっているこの空間では、満月の夜に天から降り注ぐほどの光が、水面から天井に向けて放たれていたのでした。
「ほら、オージュ、面白いヨ」
水をすくって遊んでいた理亜が、楽しげな声で王柔に呼びかけました。その声に応じて理亜の方を振り返った王柔と羽磋は、驚きで息を飲み込んでしまいました。
 理亜が両手ですくいあげた水が掌の上で強く発光していて、まるで、青い光そのものを両手ですくいあげているように見えたのです。
 その光を理亜が池に注ぐと、素早く水面下に広がってくのと同時に次第に輝きが朧げになって、周りの水と同化してしまいました。その現象は、何度理亜が水をすくいあげても、繰り返し起きるのでした。
「す、すごいね、理亜。きれいだね・・・・・・」
 理亜に心配をさせないようにと、王柔は意識して優しい口調で彼女に返事をしました。でも、その内心では、どうしてこのような現象が起きるのかと、とても困惑していました。それは、王柔が目で窺った羽磋も同じようでした。
「うん、でしょでしょー」
 理亜は、王柔の答えに満足したのか、再び水遊びに集中し始めました。それを見るやいなや、王柔はぱっと羽磋の手を取り、理亜に声が届かないところにまで離れました。
「羽磋殿、なんでしょう、あの青い光は」
「いや、僕にもわかりませんよ。ここでは川の水や池の水も朧げに青く光っていますけど、理亜がすくいあげたとたんに明らかに光が強くなっていますね」
「そうなんですよっ。でも、どうして理亜が水をすくうとあんなに光が強くなるんでしょう」
「いや、それは僕にもわかりませんですって。あ、そうだ」
 羽磋は水際に歩み寄ると、両手をお椀の形にくっつけて水の中に差し入れました。ひょっとしたら、あれは理亜に限って起きることではなくて、ここの水はすくいあげたら輝きが増すようになっているのかもしれないと、思いついたからでした。
 でも、羽磋が池からすくいあげた水は、彼の掌の中で朧げに輝くだけで、光る度合いに変化は生じませんでした。王柔も羽磋の隣にやってくると、同じように水をすくって試してみましたが、理亜のような変化は生じませんでした。やはり、水をすくう人が理亜であるというのが、あの青い光が強くなる条件のようでした。
「やっぱり、理亜がすくう事で変化するんですね、この水は。本当に不思議ですね」
「ええ、でも、どうしてなんでしょうか・・・・・・」
 理亜からは少し離れたところにいるのですが、二人の間で交わされる声は、自然と小さなものになっていました。
 羽磋は王柔に比べて年少ですし理亜と過ごした時間も短いのですが、話は王柔が羽磋に尋ねるような形で進んでいました。どうしても、王柔は性格的に人に尋ねたり人から指示を受けることに馴染んでしまっていて、ことに羽磋の様に自分の意見をしっかり持つような人と話すときには、無意識のうちに聞き手になってしまうのでした。
 羽磋は水辺で遊んでいる理亜に目をやりました。
 理亜と王柔に初めて会ったのは土光村の王花の酒場ででした。酒場の奥の小部屋で理亜の身体のことを聴いた時には、「そんなことがあるのか」と信じられない思いでしたが、王柔が話したとおり、理亜は人の身体に触れることができずにいましたし、日が暮れるとともに消えてしまいました。
 短い期間とは言えあれから一緒に旅をするうちに、いつまにか、その不思議さに慣れてしまっていたのかもしれません。
 こうして改めて考えてみると、既に理亜の身体には人智を超えた不思議な出来事が起こっていたのでした。
「王柔殿、僕は少しだけ忘れていました。理亜の身体に起こっている不思議なことを」
「ああ、それは僕にもあったかもしれません。僕と別れた後にヤルダンから一人で村にまで来てくれたこと、人の身体をすり抜けてしまうこと、夜になると消えてしまうこと。そんなことを考えると、こうして不思議なことが増えるのも、ある意味当たり前なのかもしれませんね」
 その様に答える王柔の顔には、理亜の身体に起こっている不思議を解決できていない自分に対する自嘲めいたものが浮かんでいました。
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