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月の砂漠のかぐや姫 第192話
しおりを挟む遥か遠くにそびえ立つ祁連山脈に端を発するこの川は、その山々の麓に湧く水が少しずつ集まって小さな流れとなったものが源となっています。上流の方では山脈に沿って東から西へと流れていますが、一部で地表に顔を出す他は、地下を流れる水脈となっています。ゴビの地表には、とても強い日差しと絶え間なく吹き続ける風があるため、地表を走る分流の多くは枯れてしまっています。
この川は祁連山脈の西端で北西方向へ向きを変えた後、しばらくの間地表を走るのですが、それもヤルダンと呼ばれる奇異な地形に出会ったところで、再び地中に消えていきます。
羽磋や王柔たちが谷底を走る川の流れと一緒に、台地を支える岩壁にぽっかりと空いた穴の中へ飲み込まれていったのは、この流れが再び地中に消える箇所だったのでした。
岩壁の穴から地中へと流れ込んでいった川の水は、そのままヤルダンの地下を走り抜けていきます。でも、一口に地下と言っても、そこには岩の塊も埋まっていれば、固さの異なる地層が複雑に入り組んでいるところもあります。また、川を流れる水の量も、季節や天候により異なります。そのため、川の水が長い年月をかけて土を削り取りながら形作ったヤルダンの地下水脈は、まるで長大な龍がうねっているかのように、長く曲がりくねった形状をしているのでした。
それは、あるところでは固い岩と岩との間にできた狭い空間を激しい音を立てながら勢い良くすり抜け、また、あるところでは地中とは思えないほどの広々とした空間に大量にとどまって、あたかも地下にオアシスが生じたかのような情景を作り出します。
さらに、あるところでは地上近くにまで浮かび上がって、地表に生じている裂け目や穴から差し込む光を浴びますし、また、あるところでは、轟音と水しぶきで洞窟中を満たしながら、滝となって下方に溜まっている暗闇に向って落ちて行くのでした。
ザク、ザク、ザク・・・・・・。
羽磋は夜の砂漠を歩いていました。
昼間は太陽の光に焼かれて素足で歩くことが困難な程に熱くなる黄土色の砂も、この月明りの下ではすっかりと冷えてしまったのか、足の甲にかかる砂粒がひんやりと気持ちよく感じられました。
砂漠の砂の上を穏やかに流れる風も、昼間のものとは大違いです。砂粒を巻き上げながら激しく吹き付けるどころか、足場の悪いところを一生懸命に進む羽磋の身体が熱を持たないようにと、気を使って身体を冷やしてくれているかのようです。羽磋は、暑さを感じるどころか、むしろ、肌寒さを覚えるほどでした。
「・・・・・・捧げる」
羽磋が黙々と砂上を歩き続けていると、歩く先の方から小さな歌声が聞こえてきました。
この月星が輝く夜空の下、一面に広がる砂漠の上を、これまでは何も考えることもなく、ただ歩き続けていた羽磋でしたが、その歌声を耳にしたとたん、砂を踏みしめる自分の足に力を込め、歩く速度を速めました。早く、早く行かないと、と羽磋の気は急いていました。
ここがどこか、その様な疑問は彼の心には浮かび上がっては来ませんでした。夜の砂漠で流れる歌声。それはいったい誰のものなのでしょうか。その様な問いも彼の心には生じませんでした。その声は彼がとてもよく知っている人のもので、それを聞いた瞬間に、早くその人に会いたいと思いで彼の心は一杯になってしまったからでした。
「どうか その・・・・・・。・・・・・・恵みを・・・・・・」
足場の悪い中を羽磋が息を切らせながら歩みを進めるにつれて、その声はだんだんと大きくなっていきました。
力を入れるために下を向いていた顔を上げると、ナツメヤシの枝が小さな砂丘の向こう側に幾つも飛び出ているのが見えました。それが目に入った途端、羽磋の胸の鼓動が急に高まりました。
砂漠の中でナツメヤシが固まって立っている。
そして、この聞き覚えのある唄。この声。
羽磋の中で、一つのことが確信となりました。
ザン、ザン、ザンッ。
羽磋は全力で走りだしました。でも、柔らかな砂のせいでしょうか、思うように体が前に進みません。それでも彼は、一刻も早く前に進もうと、両手をも振り回してもがきました。前へ、早く、前へ! 風の精霊が彼を応援してくれているのか、それだけ全力で身体を動かしても、身体が熱くて苦しいとか、汗が流れるということはありませんでした。
ザン、ザンッ。
視界を遮っていたのは小さな砂丘です。
ザン、ザンッ。ザン、ザンッ。
力を込めて砂を踏みしめ、羽磋はその頂上まで全力で駆けあがりました。
「ああ・・・・・・」
砂丘の頂点に立った羽磋は、小さな小さなオアシスを見下ろしていました。
黒雲一つない星空の下、どこまでも続く砂漠。その中にポツンと、まるで巨人がどこからか両手ですくって持ってきたものを置いたかのような、数本の背の高い椰子の木と一刻もすれば一回りできそうな小さな水辺から成るこじんまりとしたオアシスがありました。
そのオアシスは、そこにだけ月明かりが当たっているかのように、羽磋の視界の中で浮かび上がっていました。
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