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月の砂漠のかぐや姫 第190話
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「王柔殿、早く、理亜を駱駝の背に」
駱駝の首「そうだ、理亜は、理亜はどこに。羽磋殿、理亜は!」
「王柔殿、理亜は貴方の後ろにいます。うわっ、あれはなんだっ」
ようやく意識がはっきりとしてきた王柔は、直ぐに自分の一番大切な存在である理亜を探し始めました。彼女のことが心配でなりませんでした。理亜は無事でいてくれているのか。羽磋のように、自分よりも上手に泳げているのか。それとも、自分の助けを必要としているのか。
羽磋から見て、理亜は王柔の背中側に浮いていました。離れたところではありませんが、先ほどまでの王柔と同じように、ぐったりとしたままで水に流されています。
羽磋は直ぐに理亜の位置を王柔に伝えましたが、彼に見えたのはそれだけではありませんでした。
この川は谷底を流れていますから、その両側には切り立った茶色の岩壁がありました。羽磋の目に入ったのは、それらとは異なる、もう一つの岩壁でした。それは、川の流れる先の水面ぎりぎりに現れ、彼らが流されていくに連れてどんどんと高さを増していっていました。どうやら、この川はその新たな岩壁に向かって流れていっており、最後には岩壁の下部にぽっかりと空いている穴の中へと流れ込んでいくようでした。
いくら直接太陽の光が差し込んでいない薄暗い谷底を流れる川といっても、岩壁に反射する光などのお陰で、すぐ近くにある物は見て取ることができます。しかし、あの岩壁の中、黒々とした口を開けて川の流れそのものを飲み込んでいる大きな穴の中に飛び込んでしまっては、星月の明りがない闇夜の中を歩く時のように本当に何も見えなくなってしまうでしょう。そのような状況で皆がバラバラになってしまっては、たとえあの穴の中に飲み込まれた後に命があったとしても、二度とお互いに会うことはできないかもしれません。
川の流れはとても強い上に、両側の岩壁は切り立っています。何とかこの川から上がれないかと羽磋は両側の岩壁を凝視しますが、しがみ付いて流れを耐えることができるような岩や、上に登ることができるような裂け目は見つけられません。このままでは、皆バラバラの状態のままで、あの岩壁に開いた黒い口の中に飲み込まれてしまいます。
他に何か助けになるものがないかと、羽磋は必死で周りを見渡しました。その彼の目に留まったのは、ぷっかりと浮かんでいるコブと、そのすぐ脇で空に伸ばされている駱駝の首でした。
「王柔殿、早く、理亜をっ。そして、そこへ、駱駝の所へ! お願いします!」
羽磋の声が届く前から、王柔は理亜の名を叫びながら、その傍へと急いでいました。
もちろんそれは、一刻も早く理亜を助けたかったからでした。
「理亜、理亜っ」
川の流れに苦労しながらも、王柔は理亜が浮き沈みをしているところにまで泳ぎ着き、彼女の脇に腕を差し入れて呼吸が楽にできるようにしてやりました。
「大丈夫か、理亜! しっかりしてくれ!」
王柔は、ぐったりとして体に力が入らず目をつぶったままの理亜に、必死に呼びかけました。それでも、理亜は、その呼びかけに答えてはくれませんでした。
王柔は小道から水中に落下したときに混乱してしまって、なかなか水上に顔を出せずに、羽磋に助けられていなければ危うく溺れてしまうところでした。もしも、理亜が同じように混乱に陥ってしまったとしたら、彼女の小さな体では、水中で長く息を保つことは難しかったでしょう。ひょっとしたら、理亜は既に・・・・・・。
「理亜っ! おいっ、理亜あっ」
王柔は、自分の中でそのような疑念が大きくなることを拒むように、理亜の体を大きく揺さぶり、耳元で叫びました。
すると、王柔が支えている理亜の身体がブルブルッと震えました。そして、王柔が苦労して水面の上に保っている理亜の口から、何度も何度も水が吐き出されました。王柔の思いが通じたのでしょうか、ぐったりとして動きがなかった理亜の胸は、再び新鮮な空気を取り込んで上下し始めました。
「ああ、理亜。良かった・・・・・・。良かった・・・・・・」
「王柔殿! 理亜を早くっ。こっちです。急いで!」
「あ、わかりました。羽磋殿、無事です、理亜は、生きてますよっ」
「良かったですっ。でも早く、急いで連れてきてくださいっ。早くっ!」
羽磋は、理亜の方ではなくて、駱駝が浮かんでいる方へ泳いでいました。そして、水上にぴょこんと突き出されているその首にとりつくと、「とにかく急いで」と、王柔に焦った様子で繰り返すのでした。
グボグボウオオオ・・・・・・。
どんどんと、彼らの身体は下流へと流されていっています。川の流れが岩壁の洞窟の中で起こしている音が、羽磋たちが流されている所でも聞こえ始めていました。
まだ理亜は呼吸を取り戻しただけで意識を回復はしていませんが、王柔はそれ以上理亜の身体を揺さぶったり呼び掛けたりはせずに、彼女の体をできるだけ支えながら、早く早くと繰り返す羽磋のところへ急ぎました。もちろん、この場で理亜に目を開けてもらい、自分の名を呼んでもらいたかったのですが、自分たちが非常に切迫した状況に置かれていることは、王柔にもわかっていたからでした。
駱駝の首「そうだ、理亜は、理亜はどこに。羽磋殿、理亜は!」
「王柔殿、理亜は貴方の後ろにいます。うわっ、あれはなんだっ」
ようやく意識がはっきりとしてきた王柔は、直ぐに自分の一番大切な存在である理亜を探し始めました。彼女のことが心配でなりませんでした。理亜は無事でいてくれているのか。羽磋のように、自分よりも上手に泳げているのか。それとも、自分の助けを必要としているのか。
羽磋から見て、理亜は王柔の背中側に浮いていました。離れたところではありませんが、先ほどまでの王柔と同じように、ぐったりとしたままで水に流されています。
羽磋は直ぐに理亜の位置を王柔に伝えましたが、彼に見えたのはそれだけではありませんでした。
この川は谷底を流れていますから、その両側には切り立った茶色の岩壁がありました。羽磋の目に入ったのは、それらとは異なる、もう一つの岩壁でした。それは、川の流れる先の水面ぎりぎりに現れ、彼らが流されていくに連れてどんどんと高さを増していっていました。どうやら、この川はその新たな岩壁に向かって流れていっており、最後には岩壁の下部にぽっかりと空いている穴の中へと流れ込んでいくようでした。
いくら直接太陽の光が差し込んでいない薄暗い谷底を流れる川といっても、岩壁に反射する光などのお陰で、すぐ近くにある物は見て取ることができます。しかし、あの岩壁の中、黒々とした口を開けて川の流れそのものを飲み込んでいる大きな穴の中に飛び込んでしまっては、星月の明りがない闇夜の中を歩く時のように本当に何も見えなくなってしまうでしょう。そのような状況で皆がバラバラになってしまっては、たとえあの穴の中に飲み込まれた後に命があったとしても、二度とお互いに会うことはできないかもしれません。
川の流れはとても強い上に、両側の岩壁は切り立っています。何とかこの川から上がれないかと羽磋は両側の岩壁を凝視しますが、しがみ付いて流れを耐えることができるような岩や、上に登ることができるような裂け目は見つけられません。このままでは、皆バラバラの状態のままで、あの岩壁に開いた黒い口の中に飲み込まれてしまいます。
他に何か助けになるものがないかと、羽磋は必死で周りを見渡しました。その彼の目に留まったのは、ぷっかりと浮かんでいるコブと、そのすぐ脇で空に伸ばされている駱駝の首でした。
「王柔殿、早く、理亜をっ。そして、そこへ、駱駝の所へ! お願いします!」
羽磋の声が届く前から、王柔は理亜の名を叫びながら、その傍へと急いでいました。
もちろんそれは、一刻も早く理亜を助けたかったからでした。
「理亜、理亜っ」
川の流れに苦労しながらも、王柔は理亜が浮き沈みをしているところにまで泳ぎ着き、彼女の脇に腕を差し入れて呼吸が楽にできるようにしてやりました。
「大丈夫か、理亜! しっかりしてくれ!」
王柔は、ぐったりとして体に力が入らず目をつぶったままの理亜に、必死に呼びかけました。それでも、理亜は、その呼びかけに答えてはくれませんでした。
王柔は小道から水中に落下したときに混乱してしまって、なかなか水上に顔を出せずに、羽磋に助けられていなければ危うく溺れてしまうところでした。もしも、理亜が同じように混乱に陥ってしまったとしたら、彼女の小さな体では、水中で長く息を保つことは難しかったでしょう。ひょっとしたら、理亜は既に・・・・・・。
「理亜っ! おいっ、理亜あっ」
王柔は、自分の中でそのような疑念が大きくなることを拒むように、理亜の体を大きく揺さぶり、耳元で叫びました。
すると、王柔が支えている理亜の身体がブルブルッと震えました。そして、王柔が苦労して水面の上に保っている理亜の口から、何度も何度も水が吐き出されました。王柔の思いが通じたのでしょうか、ぐったりとして動きがなかった理亜の胸は、再び新鮮な空気を取り込んで上下し始めました。
「ああ、理亜。良かった・・・・・・。良かった・・・・・・」
「王柔殿! 理亜を早くっ。こっちです。急いで!」
「あ、わかりました。羽磋殿、無事です、理亜は、生きてますよっ」
「良かったですっ。でも早く、急いで連れてきてくださいっ。早くっ!」
羽磋は、理亜の方ではなくて、駱駝が浮かんでいる方へ泳いでいました。そして、水上にぴょこんと突き出されているその首にとりつくと、「とにかく急いで」と、王柔に焦った様子で繰り返すのでした。
グボグボウオオオ・・・・・・。
どんどんと、彼らの身体は下流へと流されていっています。川の流れが岩壁の洞窟の中で起こしている音が、羽磋たちが流されている所でも聞こえ始めていました。
まだ理亜は呼吸を取り戻しただけで意識を回復はしていませんが、王柔はそれ以上理亜の身体を揺さぶったり呼び掛けたりはせずに、彼女の体をできるだけ支えながら、早く早くと繰り返す羽磋のところへ急ぎました。もちろん、この場で理亜に目を開けてもらい、自分の名を呼んでもらいたかったのですが、自分たちが非常に切迫した状況に置かれていることは、王柔にもわかっていたからでした。
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