月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第186話

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 当然のことながら、隊の前の方を歩いていた男たちも、何者かが崖の上から攻撃を仕掛けて来て、自分たちの後方の隊が大混乱に陥っていることは承知していました。でも、ここは岩壁と崖っぷちに挟まれた細道で、ある程度広くなったり細くなったりはするものの、その最も細い部分の道幅といえば駱駝の横にそれを引く男がようやく立てるほどしかありません。振り向いて後続の仲間を助けに行くことはとてもできず、自分たちは攻撃を避けるために前へ前へと足を早めるしかありませんでした。
 そこへ、攻撃を受けた場所で壁際に避難した男たちが引き綱を離した駱駝たちが、まるで寒山の雪肌を崩れ落ちてくる雪崩のような恐ろしい勢いで、茶色の濁流となって押し寄せてきました。この駱駝たちは「恐ろしいものから逃げたい」としか考えておらず、バシンッ、グシャッと音を立てながら、前を歩く男や駱駝たちにぶつかってきました。
 狭い小道を急いで歩いていた男や駱駝たちも、これにはたまりません。男たちは駱駝に轢かれないようにと壁際に飛び退り、彼らが引いていた駱駝は興奮してさらに前へと走り出しました。それでも、後方から押し寄せた駱駝の勢いがあまりに激しかったので、逃げるのが間に合わずに駱駝の蹄の下敷きになった男や、興奮のあまり小道を飛び出して崖下へ落下していく駱駝もあるのでした。
 こうして、交易隊の真ん中で生じた大混乱は、男たちの悲鳴と駱駝の怒号と共に、瞬く間に前へ前へと伝わっていきました。


「う、うわっ・・・・・・。う、羽磋殿、後ろで大きな音がしましたよっ」
「ええ、僕にも聞こえました。一体後ろで何が起こったんでしょう」
 細道を抜けた先に敵が潜んでいることはないかと、前方にありったけの神経を集中していた彼らは、後方で不意に起こった轟音に背中を撃たれると、一瞬息ができないほどに驚かされました。なぜなら、彼らは自分たちが通り過ぎた場所は安全であるとして、後方にはまったく注意を向けていなかったのです。
「後ろを見てみます・・・・・・。な、なんだ。うわぁっ」
 ひょろっと背の高い王柔がさらに背伸びをして、自分の後ろで騒いでいる交易隊の向こう側を見ました。
 彼が見たのは、茶色い壁、すなわち、興奮した駱駝たちが、細い道の幅いっぱいに広がって、自分たちの方に向かって押し寄せてくる姿でした。駱駝たちの恐慌が前方へと伝わる速度は極めて早く、王柔や羽磋たちが崖上から次々と大岩が落下してくる轟音に後ろを振り向いた時には、興奮した駱駝たちの暴走の伝播は、既に彼らのそばにまで及んでいたのでした。
「あぶない、理亜っ。しっかりとつかまれっ」
 王柔が慌ててあげた注意の声が理亜に届くのとほぼ同時に、興奮して走りこんできた駱駝の先頭が、王柔たちのすぐ横をものすごい勢いで駆け抜けていきました。
 王柔たちのすぐ後ろを歩いていた交易隊の男は「ヒャッ」と悲鳴を上げて自分の駱駝の引き綱を離すと、転がるようにして壁際に逃げていきました。彼が離した駱駝は、すぐに茶色い濁流の一部となって前方へ走り去ってしまいました。
王柔は理亜が乗る駱駝の首元で、引き綱をしっかりと握ったまま立ち尽くしていました。理亜の乗る駱駝を放置して逃げるなど、彼には思いつくことすらないことですが、かといって、細道を口から泡を吹き出しながら次々と走りこんでくる駱駝の奔流の中では、どうすることもできないでいたのでした。
 その時、後方でバシィンと大きな音がしたかと思うと、駱駝の体が大きく震えました。理亜の乗る駱駝に走りこんできた駱駝の一頭がぶつかったのです。
 ビイイイッツ!
 痛みと驚きで大きな悲鳴を上げた駱駝は、それから逃れようと猛然と走り出そうとしました。でも、あまりに突然に生じた痛みのせいか、駱駝は自分がたまたま向いていた方に走り出そうとしており、それが進もうとしている先は、小道の崖を超えた空中でした。
「イヤァッ・・・・・・」
 激しく動きだした駱駝から振り落とされないようにと、理亜は反射的にその身体にしがみつきました。
 駱駝の引き綱を握っている王柔の手に強大な力が掛かりました。彼は大事な理亜が乗る駱駝の引き綱を絶対に離すことがないようにと、それを手に巻き付けていましたが、その力は彼の体重など問題にしないほど大きなもので、理亜の乗る駱駝は自分のの引き綱を握る王柔を体ごと引きずりながら、前へ進もうとしていました。
 彼らの隣で、自分の馬にぴったりと寄り添って駱駝の狂騒から身を潜めていた羽磋は、その事態に気づくととっさに自分の馬の引き綱を手離して、王柔が握る理亜の駱駝の引き綱に飛びつきました。
「お、王柔殿ぉっ」
「う、羽磋殿、すみませんっ。う、うううう」
 小柄な男とは言え、羽磋も立派な男です。しかし、極度に興奮してしまった理亜を乗せた駱駝は、王柔の体に加えて羽磋の体も引きずりながら、前へと走りました。
「くくうっっ。止まれ止まれぇ」
「ああ、駄目だ。理亜、しっかりと掴まって・・・・・・」
 王柔も羽磋も、最後まで理亜が乗る駱駝の引き綱を離しませんでした。
 そう、彼らの体が駱駝に引きずられて、小道の崖を超えて空中に放り出される、その時までです。
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