月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第184話

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 呪いの青い光が見せる世界は、人が眠った際に見る夢と同じで、それを見ている者にとっては現実と何ら変わりがありませんでした。つまり、自分が見ている世界が過去に経験した出来事であるのかどうかなど、それを見ている者が考えることはないのでした。そこで起きる出来事にただ心を痛め、あるいは、涙を流すだけなのでした。
 冒頓も、眩しい白一色の世界から浮かび上がっては目まぐるしく変わっていく場面の一つ一つを、全力で生きました。その後に、冒頓が見る世界は雪像が溶けるように形が崩れていき、時間が流れたかと思うと反対に遡ってみたりするなどして、混沌としたものになっていきました。
 最後には、再び白一色の世界が冒頓を訪れ・・・・・・、ふっと、気が付いた時には、冒頓は現実の世界に、ゴビの大地の上で母を待つ少女の奇岩と対峙しているヤルダンへと帰ってきていました。その時には、これも眠りがもたらす夢と同じように、青い光が彼に見せた世界を、冒頓は朧げにしか覚えていませんでした。
「な、なんだったんだ。奴が放った青い光は・・・・・・。くそ、何かを見せられたような気がするが、よくわからねぇ」
 冒頓はまだぼんやりとしている頭をはっきりさせようと、勢いよく頭を振りました。男たちが叫ぶ声・・・・・・。雨のように落ちる矢の音・・・・・・。でも、それらについて考えを巡らせる余裕は、冒頓には与えられていなかったのでした。
「ああっ、冒頓殿、しっかりしてくださいっ! あいつが狙っていますっ」
 危険を知らせる悲鳴のような声が、護衛隊の男たちから冒頓に飛びました。その声はとても切迫したものでした。そうです、冒頓に青い光を放った母を待つ少女の奇岩が、ゆっくりと冒頓に向かって歩み寄っていたのでした。
 母を待つ少女の奇岩は、冒頓の発した煽り文句に触発されて、心の奥底に沈殿していた憎しみを沸騰させていました。その結果が、あの青く輝く呪いの光の奔流だったのでした。でも、その呪いを放ったからと言って、今この場所から冒頓を無事で帰らせるつもりなど、彼女にはありませんでした。
 先ほど「奴に自分と同じ辛い思いをさせてやろう」と思ったのは確かなのですが、自分の視界に冒頓の姿を認めると、直接彼を殴りつけて殺してやりたいという衝動をおさえることができなくなるのでした。
 母を待つ少女の奇岩が自分の方へ近づいてくることには、冒頓の方でも気が付いていました。彼があの言葉を発したのは、彼女の注意を護衛隊の男たちから逸らして自分の方へ向けさせるためでしたから、この点については思惑通りでした。でも、その言葉が母を待つ少女の奇岩から引き出した怒りの苛烈さは、冒頓の想像を超えるものでした。
 冒頓は護衛隊の男から投げられた短剣を右手に持ち、母を待つ少女の奇岩を迎え撃つために体勢を整えようとしましたが、その右膝がガクンと落ちて地についてしまいました。呪いの青い光で一度は麻痺してしまった彼の感覚は、不規則な振動を続けている大地の揺れに、うまく対応することができなかったのでした。
 母を待つ少女の奇岩は、冒頓のその姿を見て薄く笑いました。
 ゆっくりと距離を詰めるかに思われたその足取りが、急に速められました。彼女の両腕は後ろに延ばされていて、鞭のようにしなるその激しい攻撃がどの角度から繰り出されるのかがわからないようにされていました。
「くう・・・・・・」
 彼女の動きが素早いことは、冒頓が一番よくわかっていました。彼女の攻撃を見てから避けることなどとてもできません。それを避けるためには動きを予測するしかないのです。でも、多くの経験を積んできた冒頓の肌はこう告げていました。「これは避けられない。もう、間に合わない」と。
 とっさに冒頓は短剣を身体の前に立てて、身を守ろうとしました。これまで、仲間を一撃で打ちのめしてきた、母を待つ少女の奇岩の攻撃です。短剣一つで身を守れるようなものではありません。でも、他にできることがなかったのでした。
「お前の・・・・・・せいだぁああっ」
 母を待つ少女の奇岩の体が、冒頓の視界一杯に大きくなりました。
 誰かの叫ぶ声が、彼の耳にうっすらと流れてきました。
 なぜだか、冒頓には全ての動きや音が、とてもゆっくりに感じられました。でも、だからといって、彼女の攻撃をかわすことはできませんでした。極限の状態に置かれている彼の神経だけはとてつもなく研ぎ澄まされていたものの、彼の体が動く速度はもうとっくに限界に達していたのですから。
「冒頓殿おっ、避けてぇ・・・・・・」
「駄目だっ。ああっ」
 母を待つ少女の奇岩が冒頓を打ち倒す、誰もがそう思ったその時でした。
 ドオオンッツ!
 ダダダアアンンッツ!
 またもや、ヤルダンの大地が激しく揺れ出しました。
 ドオドッドドドウンッ!
 ゴゴゴオオオッツ!
 その揺れは、これまでのものと比べ物にならないほど大きなものでした。
 今まさに冒頓を打ち倒さんと腕を振り上げていた母を待つ少女の奇岩は、予想もしていなかった地面の動きで大きくたたらを踏み、そのまま地面にしゃがみ込んでしまいました。それはあまりに大きな揺れだったので、もともと片膝をついていた冒頓でさえも、ひっくり返らないように必死に耐えなければなりませんでした。
 ゴゴンッ。ドオドッド・・・・・・。 
 ・・・・・・ゴゴゴゴ・・・・・・ドウン・・・・・・。
 ドオ・・・・・・。
 数瞬が過ぎてようやく揺れが小さくなってきたかと思うと、今度は大地の割れ目からこれまで以上に大量の青い飛沫が噴き出しました。
 プシュウワアアア・・・・・・。シュアア・・・・・・。
 フワン、プワン・・・・・・。
 天高く舞い上がるその飛沫は、繭玉のような大きな複数の球体を、地中から空中へと吹き上げていました。飛沫と同様に青い輝きを放ちながらふわふわと地に舞い降りた四つの繭玉は、ゴビの赤土のふれたとたんに、ぱちんと弾けました。
 その中から現れたのは・・・・・・。
 繭玉の一つから現れたのは小柄な若者でした。想像もしていなかったその姿を目にした冒頓の口から、大きな声が飛び出しました。
「お、おいっ! お前、羽磋か! 羽磋なのか!」
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