月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第181話

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 ザァアッ。
 二人の間を、一陣の風が吹き抜けました。
 その風が、二人の体をその場に留めていた何かを、取り去ってしまったのでしょうか。
 風が通り過ぎた次の瞬間に、冒頓が、そして、母を待つ少女の奇岩が、相手に向かって走り出しました。
 冒頓に向って正面から走り来る母を待つ少女の奇岩は、両手をだらりと後ろに伸ばしていました。冒頓は先ほどの戦いで、砂岩でできているはずのこの両手が鞭のようにしなって仲間を打ち倒していくのを、しっかりと見ていました。
「厄介な奴だぜ・・・・・・。よしっ」
 あっという間に冒頓の目の前に迫ってきた、母を待つ少女の奇岩。
 彼女を叩き切るためか、冒頓は短剣を頭上に大きく振りかぶりました。母を待つ少女の奇岩の顔は、その短剣の軌道を確認するために上を向きました。
 クンッ。ズザザァアッ・・・・・・。
 冒頓は、母を待つ少女の奇岩のその動きが起きるのと同時に、脚から先に彼女の横に滑り込みました。その冒頓の体があった空間を、ヒウッと鋭い音を立てながら、母を待つ少女の両手が切り裂いていきました。彼女は、短剣の動きにつられたかのように自分の顔をあげたのですが、その両腕を自分を守るために動かしはしませんでした。それどころか、彼女は両腕を素早く交差するように動かして、冒頓の体の両側から打ち付けてきたのです。実際のところ、彼女が顔を上に向けたのは、短剣の動きに気を取られているように見せかけて、冒頓の油断を誘うためだったのでした。
 上から切りつけるようなふりをして、その反対に大地に滑り込んだ冒頓は、頭の横に踏み込まれる母を待つ少女の足を短剣で切りつけました。
 ガチッ!
 相手が温かな肉を持つ生き物であれば、その一撃で足に大きな傷を負わせて、走ることをできなくすることができたでしょう。しかし、母を待つ少女の奇岩の足は、冒頓が崩れた態勢から放った一撃を、その表面でしっかりと受け止めたのでした。自分の振るった短剣が岩のように固い彼女の肌に弾かれたことを感じた冒頓は、勢いよく前方へ転がりながら体を起こしました。
 目標が急に目の前からいなくなってしまった母を待つ少女の奇岩は、ゴビの大地に両脚を踏ん張って、走り込んできた自分の体の勢いを止めました。彼女の両足は赤土の表面に深い傷を刻みつけながら滑り、その場には砂煙がもうもうと立ち込めました。
 先ほどまでとは位置が入れ替わった二人は、呼吸を整える間も置かずに、再度相手に向かって踏み込んでいきました。
 冒頓の短剣が上から、あるいは、下から、さらには、予想もつかない角度から、母を待つ少女の奇岩に向かって襲い掛かりました。それらは、先ほどのように態勢を崩した状態からのものではありません。その一撃を受ければ、強固な肌を持つ母を待つ少女の奇岩であったとしてもきっと無事では済まないであろうと、二人の戦いを見つめている護衛隊の男たちは思いました。
 一方で、母を待つ少女の奇岩も、両手両足を自在に操つり、冒頓の振う短剣を受け流しながら、反撃を仕掛けていました。その動きは、肉食獣の狩りを思わせたサバクオオカミの奇岩のそれよりも、さらにしなやかなものでした。ヒュウッ、ヒュンッと音を立てながら軽々と打ち振られる彼女の四肢でしたが、それが恐ろしい破壊力を持っていることは、既に証明されていました。短剣で受け止めることはとてもできないので、冒頓は体を動かしたり逸らしたりして、間一髪のところでそれをかわしつづけていました。
 ヒュン、ヒュゥゥウ!
 ザンッ、ザザァァッ!
 この戦いは、一瞬の出来事であったかもしれませんし、長い時間に及んだものであったかもしれません。
 二人の戦いは、まるでそれが二名の熟練した踊り子が繰り広げる舞いであったかのように、護衛隊の男たちの意識の全てを奪い取っていて、時間の概念などは全く存在しなくなっていたのでした。
 それでも、そこには確かに時間が流れていました。
 冒頓の短剣と奇岩の四肢が打ち合う音や彼らが大地を蹴る音に、「ハァハァッ」という苦しげな音が少しずつ混ざってきたことに、護衛隊の男たちは気がつきました。
 不思議な力によって動く砂岩の塊である母を待つ少女の奇岩とは違い、冒頓は生身の男でした。いくら鍛え上げた体を持つ彼であっても、戦いが長引くにつれて疲労が蓄積し、その呼吸が少しずつ乱れてくることは、避けることができないのでした。
「ハァ、ハァッ。くそっ、このままのんびりとやるわけにはいかねぇ。ハァッ。どこかで、仕掛けねぇと・・・・・・」
 母を待つ少女の奇岩との戦いでは、それが長引けば長引くほど自分にとって不利になることは、戦っている冒頓自身が良くわかっていました。ですから、彼は危険を承知で始めに足を狙うという奇策を試してもみたのです。しかし、それは上手く行きませんでしたし、その後も彼女から隙を見つけることができないでいました。
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