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月の砂漠のかぐや姫 第176話
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母を待つ少女の奇岩は、自分の乗っているサバクオオカミの奇岩の背中を叩き、合図を送りました。
冒頓たちの姿を求めて盆地を走っていたときには母を待つ少女の奇岩が先頭を切っていたのですが、冒頓の鋭い気迫を感じ取ったところで、彼女は冒頓と戦うために自ら進み出るのではなく、群れの奥の方へと少しづつ下がっていきました。母を待つ少女の奇岩がいた位置に空隙ができると、新手のサバクオオカミの奇岩がゴツゴツとした背中を上下させながら母を待つ少女の奇岩の両脇から進み出て、それを埋めるのでした。
母を待つ少女の奇岩は、自分の有利な点、つまり、多数のサバクオオカミの奇岩により冒頓の護衛隊を押し包んでいるという点を生かして、じわじわと戦うつもりのようでした。また、母を待つ少女の奇岩は、冒頓を追って奇岩の群れが外周部を走っている際には思念を飛ばして指示を送ってもいましたから、ここで時間を稼げばそれと合流して護衛隊を挟み撃ちにできることまでも、計算に入れていたのかもしれませんでした。
「くそっ、このっ! おらぁっ!」
次々と目の前に出てくる新手に対して、冒頓は最低限の攻撃しか加えずに、そのすぐ横へと踏み出していきました。時間が惜しいのです。木々が茂る森の中を駆け抜けるかのように、サバクオオカミの奇岩の間をすり抜けて、少しでも前へと、母を待つ少女の方へと、進もうとしていたのでした。
もちろん、自分に向かって飛び掛かってくる相手には、対処しなければなりません。ギリギリのところで相手を交わすと、すれ違いざまに短剣の一撃を加えます。こちらが先手を取れる相手には、一気に距離を詰めて短剣を振るい、跳躍しようと力をためているその肩を砕きます。でも、相手は不思議な力で動いているサバクオオカミの奇岩ですから、多少の損傷を与えても、完全にその動きを止めるまでにはなかなか至らないのです。
冒頓の横や後ろでは、彼の部下が懸命に短剣を振るって、冒頓の一撃を喰らって動きが鈍った奇岩たちを完全に破壊していっていましたから、敵に最低限の攻撃だけを加えたところで冒頓が前に踏み出していっても、その敵によって冒頓が横や後ろから攻撃を受けることはありませんでした。しかし、それでも、先頭に立って敵と戦い続けている冒頓の体には、サバクオオカミの奇岩の爪や牙による傷が、増え続けていくのでした。
「冒頓殿っ、大丈夫ですかっ」
「ああ、俺の心配なんかするなっ。それより、後ろは任せたからな。頼むぜっ」
「は、はいっ。任せてくださいっ!」
サバクオオカミの奇岩の群れへ突入した護衛隊は、冒頓を頂点としたくさびの形を未だに保っており、それぞれがバラバラになって群れに呑み込まれてしまう乱戦にはなっていません。冒頓が突入した部分から、サバクオオカミの奇岩の群れの奥へと、敵を倒しながら進んでいっています。
でも、冒頓が目の前の敵と戦い、自分の道を切り開きながら進む速度と、母を待つ少女の奇岩が群れの中を後退する速度では、やはり後者の方が速いのでした。
「ちぃっ、まずいぜ。このままじゃ足りねぇ・・・・・・」
冒頓は、母を待つ少女の奇岩の姿が少しづつ遠くなることに、焦りを覚えていました。
このまま時間が経過すれば、盆地の外周部で置き去りにしてきたサバクオオカミの奇岩の群れに、合流されてしまいます。そうなれば、如何に匈奴護衛隊が勇猛であったとしても、多勢に無勢です。「死んだら終わりだ」といつも口にしている冒頓は、彼我の戦力差を現実的に判断できる男でしたから、自分たちが置かれている状況が刻一刻と悪くなっていっていることを、はっきりと認識していたのでした。
「ええい、逃げんのか、こらぁ! 悔しいとか、どうして自分だけとか、言ってたんじゃねぇのか、おらぁっ。そうだ、俺だよ、俺のせいだよ。お前の苦しみは、全部俺のせいだよっ。その敵を目の前にして、逃げんのかよっ」
なんとか母を待つ少女の奇岩を自分の前に呼び戻せないかと、冒頓は彼女が叫んでいた言葉を使って煽り始めました。
実際のところ、冒頓が母を待つ少女の奇岩の苦しみの原因であるはずはありません。もともと、「母を待つ少女」は、風や水が長い時間をかけてヤルダンの砂岩を削って作りあげた奇岩の一つに過ぎず、昔からあるものです。冒頓自身も、かつてこの盆地で、有名な「母を待つ少女」と呼ばれる奇岩が立っているのを見た経験がありました。その古くから立ち続けている奇岩が今になって動きだし、サバクオオカミの形をした奇岩を生み出し、さらにはヤルダンの管理をしている王花の盗賊団を襲ったりした、その原因がわからないからこそ、冒頓たちはここに来ているのです。
でも、焦りが喉元まで上がってきた冒頓は、できることは何でも試したいという心境でした。何のことかはわかりませんが、母を待つ少女の奇岩が何かに対して怒り狂い、「ドウシテ、ワタシダケッ」などと、叫び声のような波動を発しながら突っ込んできていたのですから、それを用いて煽ってやれば、自分に対する怒りを燃え滾らせて引き返してくるかもしれないと期待したのでした。
冒頓たちの姿を求めて盆地を走っていたときには母を待つ少女の奇岩が先頭を切っていたのですが、冒頓の鋭い気迫を感じ取ったところで、彼女は冒頓と戦うために自ら進み出るのではなく、群れの奥の方へと少しづつ下がっていきました。母を待つ少女の奇岩がいた位置に空隙ができると、新手のサバクオオカミの奇岩がゴツゴツとした背中を上下させながら母を待つ少女の奇岩の両脇から進み出て、それを埋めるのでした。
母を待つ少女の奇岩は、自分の有利な点、つまり、多数のサバクオオカミの奇岩により冒頓の護衛隊を押し包んでいるという点を生かして、じわじわと戦うつもりのようでした。また、母を待つ少女の奇岩は、冒頓を追って奇岩の群れが外周部を走っている際には思念を飛ばして指示を送ってもいましたから、ここで時間を稼げばそれと合流して護衛隊を挟み撃ちにできることまでも、計算に入れていたのかもしれませんでした。
「くそっ、このっ! おらぁっ!」
次々と目の前に出てくる新手に対して、冒頓は最低限の攻撃しか加えずに、そのすぐ横へと踏み出していきました。時間が惜しいのです。木々が茂る森の中を駆け抜けるかのように、サバクオオカミの奇岩の間をすり抜けて、少しでも前へと、母を待つ少女の方へと、進もうとしていたのでした。
もちろん、自分に向かって飛び掛かってくる相手には、対処しなければなりません。ギリギリのところで相手を交わすと、すれ違いざまに短剣の一撃を加えます。こちらが先手を取れる相手には、一気に距離を詰めて短剣を振るい、跳躍しようと力をためているその肩を砕きます。でも、相手は不思議な力で動いているサバクオオカミの奇岩ですから、多少の損傷を与えても、完全にその動きを止めるまでにはなかなか至らないのです。
冒頓の横や後ろでは、彼の部下が懸命に短剣を振るって、冒頓の一撃を喰らって動きが鈍った奇岩たちを完全に破壊していっていましたから、敵に最低限の攻撃だけを加えたところで冒頓が前に踏み出していっても、その敵によって冒頓が横や後ろから攻撃を受けることはありませんでした。しかし、それでも、先頭に立って敵と戦い続けている冒頓の体には、サバクオオカミの奇岩の爪や牙による傷が、増え続けていくのでした。
「冒頓殿っ、大丈夫ですかっ」
「ああ、俺の心配なんかするなっ。それより、後ろは任せたからな。頼むぜっ」
「は、はいっ。任せてくださいっ!」
サバクオオカミの奇岩の群れへ突入した護衛隊は、冒頓を頂点としたくさびの形を未だに保っており、それぞれがバラバラになって群れに呑み込まれてしまう乱戦にはなっていません。冒頓が突入した部分から、サバクオオカミの奇岩の群れの奥へと、敵を倒しながら進んでいっています。
でも、冒頓が目の前の敵と戦い、自分の道を切り開きながら進む速度と、母を待つ少女の奇岩が群れの中を後退する速度では、やはり後者の方が速いのでした。
「ちぃっ、まずいぜ。このままじゃ足りねぇ・・・・・・」
冒頓は、母を待つ少女の奇岩の姿が少しづつ遠くなることに、焦りを覚えていました。
このまま時間が経過すれば、盆地の外周部で置き去りにしてきたサバクオオカミの奇岩の群れに、合流されてしまいます。そうなれば、如何に匈奴護衛隊が勇猛であったとしても、多勢に無勢です。「死んだら終わりだ」といつも口にしている冒頓は、彼我の戦力差を現実的に判断できる男でしたから、自分たちが置かれている状況が刻一刻と悪くなっていっていることを、はっきりと認識していたのでした。
「ええい、逃げんのか、こらぁ! 悔しいとか、どうして自分だけとか、言ってたんじゃねぇのか、おらぁっ。そうだ、俺だよ、俺のせいだよ。お前の苦しみは、全部俺のせいだよっ。その敵を目の前にして、逃げんのかよっ」
なんとか母を待つ少女の奇岩を自分の前に呼び戻せないかと、冒頓は彼女が叫んでいた言葉を使って煽り始めました。
実際のところ、冒頓が母を待つ少女の奇岩の苦しみの原因であるはずはありません。もともと、「母を待つ少女」は、風や水が長い時間をかけてヤルダンの砂岩を削って作りあげた奇岩の一つに過ぎず、昔からあるものです。冒頓自身も、かつてこの盆地で、有名な「母を待つ少女」と呼ばれる奇岩が立っているのを見た経験がありました。その古くから立ち続けている奇岩が今になって動きだし、サバクオオカミの形をした奇岩を生み出し、さらにはヤルダンの管理をしている王花の盗賊団を襲ったりした、その原因がわからないからこそ、冒頓たちはここに来ているのです。
でも、焦りが喉元まで上がってきた冒頓は、できることは何でも試したいという心境でした。何のことかはわかりませんが、母を待つ少女の奇岩が何かに対して怒り狂い、「ドウシテ、ワタシダケッ」などと、叫び声のような波動を発しながら突っ込んできていたのですから、それを用いて煽ってやれば、自分に対する怒りを燃え滾らせて引き返してくるかもしれないと期待したのでした。
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