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月の砂漠のかぐや姫 第158話
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自分たちから距離を保ったままで矢を放ってくる冒頓の騎馬隊に向って、サバクオオカミの奇岩たちが一斉に走り出しました。
バダダアッ、バダダ、バダダダッ!
野生のサバクオオカミが決して上げることのない重みのある足音が、サバクオオカミの奇岩の群れの足元から響いていました。
開けた盆地とは言っても、そこには人の背丈よりも高さのある砂岩が幾つも転がっています。その大岩の陰を上手く利用すれば、いくらかは騎馬隊が放つ矢を避けながら移動することもできるかもしれないのですが、奇岩たちはそのようなことには一向にかまわないようでした。自分たちの姿が相手から隠れているかどうかではなく、自分たちができるだけ早く相手に辿り着けるかどうかを、第一に考えて動いているようでした。
「おらおらぁっ!」
ビシュ、シュシュゥ・・・・・・。
バシュ、バウッ、ビシュツ。シュルルルル・・・・・・。
騎馬隊の男たちは馬を走らせながら、盆地の真ん中の方から自分たちに向かって押し寄せてくるサバクオオカミの奇岩の群れに向かって、矢を放ち続けました。
揺れる馬の鞍上からのことですから細かな狙いを定めることはできませんが、その必要はありませんでした。小魚が群れとなって泳ぐように、サバクオオカミの奇岩は密集した群れとなって自分たちに向って来ているのですから、その大きな茶色の的に向かって射れば、何本かはサバクオオカミの奇岩のどれかに当たろうというものなのでした。
ドッ、トス、トストスッ。
サスッ、ザスザス。バシンッ! ドスドスドス・・・・・・。
勢いよく走るサバクオオカミの奇岩の周囲に、次々と矢が突き刺さりました。
野生のサバクオオカミや、もちろん、人間であってもですが、自分たちのすぐ近くに矢が飛んでくれば、驚いたり慌てたりするのが普通です。しかし、奇岩たちにはそのようなところは全くありませんでしたし、それどころか、自分たちに向かって飛んでくる矢を気にする素振りすら見せないのでした。
バダダァッ。バダダッ、ダッダダァ!
トストス、バスバスッ、バスン! バシィ!
ただ目標物だけを見つめて走り続ける奇岩たちに、騎馬隊の放った矢が次々と命中しました。
でも、矢の勢いでぐらっとよろける奇岩もあるのですが、ほとんどの奇岩は背中に矢が突き刺さったことに気が付いていないかのように、そのまま走り続けるのでした。
サバクオオカミの奇岩に命中した矢の中には、砂岩でできた彼らの足や体の一部を打ち崩したものもありました。さらには、サバクオオカミの顔と思しき場所の中央に命中し、そこから体の半分をもぎ取ったものもありました。
それでも、恐ろしいことに、体のどこかを矢で壊された奇岩であっても、何の痛みも感じないのか、それどころか、体の一部を失ったことに気づいてもいないのか、何事もなかったかのように、走り続けます。いえ、走り続けようとします。でも、うまく体を動かすことができなくて、周りの奇岩にぶつかったりした挙句、ドウッっと大地に転がってしまうのです。そして、後方からためらうことなく走りこんでくる仲間の奇岩に踏みつぶされてから、ようやく動きを止めるのでした。
自分たちの常識とはあまりにかけ離れたこのような敵に初めて出会ったとしたら、きっと多くの人は恐怖で身体がすくんでしまうでしょう。それは、どれだけ体を鍛えた強靭な男であっても、健康な心を守るための自然な反応として起こり得ることです。
でも、冒頓の率いる騎馬隊は、すでに一度、交易路でサバクオオカミの奇岩との戦いを経験していました。
例え、通常であれば逃げたり倒れたりするような傷を与えても、それを全く感じ取ることなく自分に向かってくる敵であったとしても、自分たちの武器で決定的な傷を与えれば倒すことができると判っているのです。そうであれば、それは「どうすることもできないという恐怖を感じる敵」ではありません。単なる「倒すことが困難な、手ごわい敵」に過ぎないのです。
冒頓の騎馬隊の男たちは、自分たちの放つ矢の雨に怯むことなく、背中に突き立った矢を気にすることもなく、どこか体が欠けてしまったとしてもひたすらに足を動かして、倒れた仲間を砕き、土に還しながら、一直線に近づいてくるサバクオオカミの奇岩たちに対しても、混乱をしたり、ましてや、恐怖に駆られて逃げだしたりすることはありませんでした。
「オウ、オウ、オウッ」
「へへっ。まったく、しぶとい奴らだぜっ」
盆地の外周に沿って馬を走らせ続ける冒頓に続きながら、彼らは何度も弓を引き続けるのでした。
なかなか、サバクオオカミの奇岩の数を減らすことはできないものの、このままうまく距離を保って戦うことができれば、いずれは全滅させることができそうです。男たちの心に、ほんの少しだけ余裕が生まれようとしたその時、岩と岩をこすり合わせるような、生理的に人の心をざわつかせる声が飛んできました。ひょっとしたら、その声は普通の空気を震わせるものではなく、心そのものに伝わってきたものかもしれませんが、戦いの中にいる男たちにとって、それはもう区別のつかないものになっていました。
バダダアッ、バダダ、バダダダッ!
野生のサバクオオカミが決して上げることのない重みのある足音が、サバクオオカミの奇岩の群れの足元から響いていました。
開けた盆地とは言っても、そこには人の背丈よりも高さのある砂岩が幾つも転がっています。その大岩の陰を上手く利用すれば、いくらかは騎馬隊が放つ矢を避けながら移動することもできるかもしれないのですが、奇岩たちはそのようなことには一向にかまわないようでした。自分たちの姿が相手から隠れているかどうかではなく、自分たちができるだけ早く相手に辿り着けるかどうかを、第一に考えて動いているようでした。
「おらおらぁっ!」
ビシュ、シュシュゥ・・・・・・。
バシュ、バウッ、ビシュツ。シュルルルル・・・・・・。
騎馬隊の男たちは馬を走らせながら、盆地の真ん中の方から自分たちに向かって押し寄せてくるサバクオオカミの奇岩の群れに向かって、矢を放ち続けました。
揺れる馬の鞍上からのことですから細かな狙いを定めることはできませんが、その必要はありませんでした。小魚が群れとなって泳ぐように、サバクオオカミの奇岩は密集した群れとなって自分たちに向って来ているのですから、その大きな茶色の的に向かって射れば、何本かはサバクオオカミの奇岩のどれかに当たろうというものなのでした。
ドッ、トス、トストスッ。
サスッ、ザスザス。バシンッ! ドスドスドス・・・・・・。
勢いよく走るサバクオオカミの奇岩の周囲に、次々と矢が突き刺さりました。
野生のサバクオオカミや、もちろん、人間であってもですが、自分たちのすぐ近くに矢が飛んでくれば、驚いたり慌てたりするのが普通です。しかし、奇岩たちにはそのようなところは全くありませんでしたし、それどころか、自分たちに向かって飛んでくる矢を気にする素振りすら見せないのでした。
バダダァッ。バダダッ、ダッダダァ!
トストス、バスバスッ、バスン! バシィ!
ただ目標物だけを見つめて走り続ける奇岩たちに、騎馬隊の放った矢が次々と命中しました。
でも、矢の勢いでぐらっとよろける奇岩もあるのですが、ほとんどの奇岩は背中に矢が突き刺さったことに気が付いていないかのように、そのまま走り続けるのでした。
サバクオオカミの奇岩に命中した矢の中には、砂岩でできた彼らの足や体の一部を打ち崩したものもありました。さらには、サバクオオカミの顔と思しき場所の中央に命中し、そこから体の半分をもぎ取ったものもありました。
それでも、恐ろしいことに、体のどこかを矢で壊された奇岩であっても、何の痛みも感じないのか、それどころか、体の一部を失ったことに気づいてもいないのか、何事もなかったかのように、走り続けます。いえ、走り続けようとします。でも、うまく体を動かすことができなくて、周りの奇岩にぶつかったりした挙句、ドウッっと大地に転がってしまうのです。そして、後方からためらうことなく走りこんでくる仲間の奇岩に踏みつぶされてから、ようやく動きを止めるのでした。
自分たちの常識とはあまりにかけ離れたこのような敵に初めて出会ったとしたら、きっと多くの人は恐怖で身体がすくんでしまうでしょう。それは、どれだけ体を鍛えた強靭な男であっても、健康な心を守るための自然な反応として起こり得ることです。
でも、冒頓の率いる騎馬隊は、すでに一度、交易路でサバクオオカミの奇岩との戦いを経験していました。
例え、通常であれば逃げたり倒れたりするような傷を与えても、それを全く感じ取ることなく自分に向かってくる敵であったとしても、自分たちの武器で決定的な傷を与えれば倒すことができると判っているのです。そうであれば、それは「どうすることもできないという恐怖を感じる敵」ではありません。単なる「倒すことが困難な、手ごわい敵」に過ぎないのです。
冒頓の騎馬隊の男たちは、自分たちの放つ矢の雨に怯むことなく、背中に突き立った矢を気にすることもなく、どこか体が欠けてしまったとしてもひたすらに足を動かして、倒れた仲間を砕き、土に還しながら、一直線に近づいてくるサバクオオカミの奇岩たちに対しても、混乱をしたり、ましてや、恐怖に駆られて逃げだしたりすることはありませんでした。
「オウ、オウ、オウッ」
「へへっ。まったく、しぶとい奴らだぜっ」
盆地の外周に沿って馬を走らせ続ける冒頓に続きながら、彼らは何度も弓を引き続けるのでした。
なかなか、サバクオオカミの奇岩の数を減らすことはできないものの、このままうまく距離を保って戦うことができれば、いずれは全滅させることができそうです。男たちの心に、ほんの少しだけ余裕が生まれようとしたその時、岩と岩をこすり合わせるような、生理的に人の心をざわつかせる声が飛んできました。ひょっとしたら、その声は普通の空気を震わせるものではなく、心そのものに伝わってきたものかもしれませんが、戦いの中にいる男たちにとって、それはもう区別のつかないものになっていました。
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