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月の砂漠のかぐや姫 第157話
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冒頓を先頭にしてヤルダンに侵入していた騎馬隊が、ついに母を待つ少女の奇岩が立つこの盆地に辿り着いたのでした。
ヤルダンの案内人である王柔を失ったことから、冒頓は自分の記憶だけを頼りに、複雑な地形を持つヤルダンの中を、部下を率いて進んできていました。でも、彼は少しも迷うことがありませんでした。まるで、母を待つ少女の奇岩が自分を呼んでいるかのように、彼は感じていました。
ヤルダンを進んでこの場所に来たら、次は左手の岩壁に沿って進む。この剣の形のように鋭くとがった奇岩の近くに来たら岩壁を離れて、次はあの遠くに見える、杯を伏せたような形をした奇岩を目指す。昔は川が流れていた跡だとでもいうような大地に刻み付けられた大きな溝の中をしばらく進むと、右手に大きな岩山が幾つも並んでいる一帯が見えてくる。そうしたら、その溝から離れてそちらへ進むのだ・・・・・・。
冒頓は、大きな岩山が並んでいる一帯に入った後も、特に目立った特徴のない岩壁の間を、悩むことなく進んでいきました。それができるというのも、これまでの経験で、この岩山を抜けた先に母を待つ少女の奇岩が立つ盆地があることを知っているというだけでなく、自分でもよくわからないような確信が心の中にあるからでした。
岩山が落とす薄暗い影の中を、一行は休むことなく進んでいましたが、とうとう、ある大きな岩壁の下に到達したところで、先頭を進んでいた冒頓が馬の歩みを止めました。そして、自分に付き従って砂岩の森の中をここまで来た部下たちの方を振り返り、低く、でも、力強い声でこう告げました。
「いいか、この岩壁を抜けた先が、奴らの本拠地だ。気合入れていくとしようぜっ」
騎馬隊の男たちは、大きな岩壁の下に刻まれている狭い道筋を勢いよく通り抜けて、これまでとは全く様子の異なる開けたところへ飛び出すと、素早くあたりを確認しました。すると、あらかじめ冒頓から聞かされていたとおりの、まるで理亜を砂像にしたかのような小柄な人の姿に似た形をした奇岩と、自分たちに襲い掛かってきたサバクオオカミの姿をした奇岩が、まだずいぶんと遠くではありますが、開けた場所の中央に集まっているのを認めました。
「そぉれっ、それっ。食らいやがれっ!」
彼らは馬の足を止めることなく、前へ前へと進みながら、次々と馬上から上空に向かって矢を放ちました。良く訓練された彼らが構えた弓から、最初の矢を追いかけるように次の矢が、そして、その矢のすぐ後ろにさらに次の矢がと、次々に矢が放たれたので、冒頓の騎馬隊は二十騎ほどの小さな騎馬隊であるにもかかわらず、母を待つ少女の奇岩たちの上には、百を超えるほどの矢が、まるで突然の雨のように降り注いだのでした。
ザザザスッ! ザスッ! ザザウンッ!!
鋭い音を立てて、母を待つ少女の奇岩やサバクオオカミの奇岩の周りに、次々と矢が突き刺さりました。
騎馬隊が盆地に飛び出してすぐに、正確に狙いを定めることもなく放った矢です。それに、騎馬隊と奇岩たちとの間には、まだ、かなりの距離が横たわっていました。弓矢の扱いに優れた者でなければ、そもそも、矢が届きさえしなかったかもしれません。それなのに、騎馬隊の男たちが放った矢は、見事に奇岩の周囲にまで届き、中にはその背に突き立つものもありました。
「ナンダ、アイツ・・・・・・ラ、カ。キタ、ノカ」
パシンッパシンッと、自分の体に向って飛んできた矢を両の腕と思しき部分を振り回して叩き落したのは、母を待つ少女の奇岩でした。
これまではサバクオオカミの奇岩を生み出すために力を集中していたのが、危険を回避するために本来の動きを取り戻したとでもいうのでしょうか。その動きは、先ほどまでのぎこちないものではなく、ゴビの大地を駆ける野生の動物のように滑らかで力強いものでした。
オオオウウ・・・・・・。オオウッ・・・・・・。
暗い岩陰の中から、ゆっくりとサバクオオカミの奇岩たちが、進み出てきました。砂岩の塊である彼らの口から、うなり声など上がるはずはありません。でも、敵の喉笛にとびかかる力をため込んでいるかのように、ゆっくりと彼らが暗がりから姿を現したとたんに、風によるものでないびりびりとした振動が、空気を、地面を震わせたのでした。
騎馬隊の男たちは、先制の矢を放った後も、両手で弓矢を構えたままで馬を走らせていました。ただし、奇岩たちが集まっているところへ、真っすぐに突っ込んでいくわけではありません。奇岩たちを左手に見るように、右側へ大きく円を描くように進んでいきます。それが、左手で弓を構え、右手で矢を射る彼らにとって、もっとも有利な態勢となるのでした。
月の民や匈奴のような遊牧民族では、男たちは子供のころから馬と共に生活をし、長じては馬に乗って家畜の世話をしますから、手綱を使わなくても、身体と両足を通じて、馬を操ることができるのです。それに加えて、弓矢は遊牧民族の男たちにとって第一の武器であり、良い射手は男たちのあこがれの的となる存在です。当然のことながら、匈奴の族長の息子である冒頓の騎馬隊として集められた男たちは、子供の頃から裸馬を乗りこなし、通常の男では矢が届かぬ距離で安心している獲物を一矢で射貫く腕を持つ者たちでした。
ヤルダンの案内人である王柔を失ったことから、冒頓は自分の記憶だけを頼りに、複雑な地形を持つヤルダンの中を、部下を率いて進んできていました。でも、彼は少しも迷うことがありませんでした。まるで、母を待つ少女の奇岩が自分を呼んでいるかのように、彼は感じていました。
ヤルダンを進んでこの場所に来たら、次は左手の岩壁に沿って進む。この剣の形のように鋭くとがった奇岩の近くに来たら岩壁を離れて、次はあの遠くに見える、杯を伏せたような形をした奇岩を目指す。昔は川が流れていた跡だとでもいうような大地に刻み付けられた大きな溝の中をしばらく進むと、右手に大きな岩山が幾つも並んでいる一帯が見えてくる。そうしたら、その溝から離れてそちらへ進むのだ・・・・・・。
冒頓は、大きな岩山が並んでいる一帯に入った後も、特に目立った特徴のない岩壁の間を、悩むことなく進んでいきました。それができるというのも、これまでの経験で、この岩山を抜けた先に母を待つ少女の奇岩が立つ盆地があることを知っているというだけでなく、自分でもよくわからないような確信が心の中にあるからでした。
岩山が落とす薄暗い影の中を、一行は休むことなく進んでいましたが、とうとう、ある大きな岩壁の下に到達したところで、先頭を進んでいた冒頓が馬の歩みを止めました。そして、自分に付き従って砂岩の森の中をここまで来た部下たちの方を振り返り、低く、でも、力強い声でこう告げました。
「いいか、この岩壁を抜けた先が、奴らの本拠地だ。気合入れていくとしようぜっ」
騎馬隊の男たちは、大きな岩壁の下に刻まれている狭い道筋を勢いよく通り抜けて、これまでとは全く様子の異なる開けたところへ飛び出すと、素早くあたりを確認しました。すると、あらかじめ冒頓から聞かされていたとおりの、まるで理亜を砂像にしたかのような小柄な人の姿に似た形をした奇岩と、自分たちに襲い掛かってきたサバクオオカミの姿をした奇岩が、まだずいぶんと遠くではありますが、開けた場所の中央に集まっているのを認めました。
「そぉれっ、それっ。食らいやがれっ!」
彼らは馬の足を止めることなく、前へ前へと進みながら、次々と馬上から上空に向かって矢を放ちました。良く訓練された彼らが構えた弓から、最初の矢を追いかけるように次の矢が、そして、その矢のすぐ後ろにさらに次の矢がと、次々に矢が放たれたので、冒頓の騎馬隊は二十騎ほどの小さな騎馬隊であるにもかかわらず、母を待つ少女の奇岩たちの上には、百を超えるほどの矢が、まるで突然の雨のように降り注いだのでした。
ザザザスッ! ザスッ! ザザウンッ!!
鋭い音を立てて、母を待つ少女の奇岩やサバクオオカミの奇岩の周りに、次々と矢が突き刺さりました。
騎馬隊が盆地に飛び出してすぐに、正確に狙いを定めることもなく放った矢です。それに、騎馬隊と奇岩たちとの間には、まだ、かなりの距離が横たわっていました。弓矢の扱いに優れた者でなければ、そもそも、矢が届きさえしなかったかもしれません。それなのに、騎馬隊の男たちが放った矢は、見事に奇岩の周囲にまで届き、中にはその背に突き立つものもありました。
「ナンダ、アイツ・・・・・・ラ、カ。キタ、ノカ」
パシンッパシンッと、自分の体に向って飛んできた矢を両の腕と思しき部分を振り回して叩き落したのは、母を待つ少女の奇岩でした。
これまではサバクオオカミの奇岩を生み出すために力を集中していたのが、危険を回避するために本来の動きを取り戻したとでもいうのでしょうか。その動きは、先ほどまでのぎこちないものではなく、ゴビの大地を駆ける野生の動物のように滑らかで力強いものでした。
オオオウウ・・・・・・。オオウッ・・・・・・。
暗い岩陰の中から、ゆっくりとサバクオオカミの奇岩たちが、進み出てきました。砂岩の塊である彼らの口から、うなり声など上がるはずはありません。でも、敵の喉笛にとびかかる力をため込んでいるかのように、ゆっくりと彼らが暗がりから姿を現したとたんに、風によるものでないびりびりとした振動が、空気を、地面を震わせたのでした。
騎馬隊の男たちは、先制の矢を放った後も、両手で弓矢を構えたままで馬を走らせていました。ただし、奇岩たちが集まっているところへ、真っすぐに突っ込んでいくわけではありません。奇岩たちを左手に見るように、右側へ大きく円を描くように進んでいきます。それが、左手で弓を構え、右手で矢を射る彼らにとって、もっとも有利な態勢となるのでした。
月の民や匈奴のような遊牧民族では、男たちは子供のころから馬と共に生活をし、長じては馬に乗って家畜の世話をしますから、手綱を使わなくても、身体と両足を通じて、馬を操ることができるのです。それに加えて、弓矢は遊牧民族の男たちにとって第一の武器であり、良い射手は男たちのあこがれの的となる存在です。当然のことながら、匈奴の族長の息子である冒頓の騎馬隊として集められた男たちは、子供の頃から裸馬を乗りこなし、通常の男では矢が届かぬ距離で安心している獲物を一矢で射貫く腕を持つ者たちでした。
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