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月の砂漠のかぐや姫 第145話
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冷たいようではありますが、今は母を待つ少女の奇岩とサバクオオカミの奇岩に襲われて、その被害の状況を確かめているところです。一刻も早く現状を把握し、必要な指示を出さなければ、万が一再び敵に襲われた時に対処のしようがありません。それに、羽磋たちのことを含めて今後どうするかの明確な方針を示すことは、敵の襲撃を受けて不安な気持ちを募らせている隊員を落ち着かせるためにも、最も大切なことなのでした。
もちろん、羽磋のことを冒頓が心配していないわけではありません。でも、この隊を率いるものとして、冒頓は苑のように感情に流されるわけには行かないのでした。
「羽磋、大丈夫かお前ぇ・・・・・。いや、大丈夫だよな。兎歯の報告を聞いても、不思議とお前が死んだとは思えねぇ。なんだろうな、お前はここで死ぬような玉じゃないって確信が俺の中にあるんだ。悪いが今は探しにはいけねぇ。隊をまとめなきゃなんねぇからな。それこそ、お前ら月の民の言う精霊様のお導きに従って、後で会うとしようぜ」
冒頓は、羽磋たちが崖下に落下したと聞いて自分の心が激しく波打つのを感じましたが、不思議なことに、それは「羽磋が死んだ」という報告には聞こえませんでした。普通に考えれば、この交易路から落下して命が助かるとは、とても思えないのにです。あるいは、それは自分が作り出した「都合のいい願い」なのかもしれませんが、速やかに隊をまとめなければならないこの状況もあって、冒頓はその自分の直感がどこから来たのか、それを信じられる根拠は何なのかなどについて深く考えることはせずに、ただそれを受け入れました。
しょんぼりと肩を落とした苑が野営の準備に戻っていった後のこの場の雰囲気は、とても緊張したものになってしまいました。この場にいる誰もが、「ああは言ったものの、実際のところ冒頓殿の心持ちはどうなのだろう」と思っていました。そのため、うっかりと軽はずみな発言をして、今は収まっているように見える冒頓の怒りを改めて掻き立てたくはないと、すっかりと委縮してしまっているのでした。
怒りや悔しさや心配、それらが表面に現れないように努力していたからか、それとも、この集まりが襲撃の被害の確認というとても事務的な目的であったことからなのか、いつもなら冒頓の口からでる陽気な軽口も全く見られません。そのため、被害状況の聞き取りは思っていた以上に順調に進み、焚火に新たな乾糞が足されるころには、冒頓は現在の隊の状況を詳しくつかむことができていました。
交易隊と護衛隊の中には、落下してきた大岩に当たって命を落とした隊員は、幸いにも出なかったのですが、多くのけが人が発生していました。また、岩に打たれて死んでしまった駱駝や、狭い道を勢いよく走ったせいで崖下に転落してしまった駱駝が、数多く出ていました。救いと言えば、走り出した駱駝の多くは、積んでいた荷と共にこの広場で回収できた言うことですが、先ほどの兎歯からの報告にあったように、そもそもの目的である、羽磋を吐露村へ安全に送り届けるということは、その当人である羽磋が崖下へ落下しまっていて、とても難しい状況となっていました。
これらをまとめて一言で言い表すとすれば、母を待つ少女の奇岩が行ったと思われる襲撃で、冒頓の護衛隊と交易隊は大損害を受けた、というところでしょう。
では、この後、隊はどうするのでしょうか。土光村へ戻るのでしょうか。それとも、このままヤルダンへと突入するのでしょうか。崖下に落下した羽磋たちのことはどうするのでしょうか。いったい冒頓はどのような決断を下すのでしょうか。
集まった男たちは、深く考え込んだ様子の冒頓の顔を見つめ、その口から命令が発せられるのを、じっと待っていました。不規則に動く焚火の明かりに照らされた小隊長たちの顔は、一様に強張っていました。
「よし、決めたぜ」
冒頓は閉じていた眼を開くと、自分を見つめている男たちの顔をぐるりと眺め、その目線を正面から受け止めました。
「いいか、お前ら、よく聞けっ。今回の俺たちの仕事は主に三つだ。羽磋を吐露村へ送り届けること。ヤルダンの異変の原因と思われる母を待つ奇岩の調査をすること。それに、小野殿から預かった荷を吐露村へ届けること。だが、兎歯の報告にあったとおり・・・・・・」
冒頓の話が自分の方に向いたことで、兎歯はまるでそれが自分のせいで起こったことだとでも言うかのように、深く頭を下げました。
「ああ、いいんだ。お前のせいじゃねぇ。誰かのせいだとしたら、隊長である俺のせいだ。だが、今はそんなことを言ってるんじゃねぇ。羽磋は谷底へ落下した。まだ死んだと決まったわけじゃねぇが、今のところ助けに降りる手段はねぇ。けが人も多いことだし、交易隊とけが人はここで待機とする。護衛隊のうち、徒歩の者はそれを守るためにここに残る。明日の朝、明るくなったら空風を飛ばして空から羽磋たちを探してもらう。待機となる者は、ここらのどこかに下に降りる手段がないかを探してくれ」
もちろん、羽磋のことを冒頓が心配していないわけではありません。でも、この隊を率いるものとして、冒頓は苑のように感情に流されるわけには行かないのでした。
「羽磋、大丈夫かお前ぇ・・・・・。いや、大丈夫だよな。兎歯の報告を聞いても、不思議とお前が死んだとは思えねぇ。なんだろうな、お前はここで死ぬような玉じゃないって確信が俺の中にあるんだ。悪いが今は探しにはいけねぇ。隊をまとめなきゃなんねぇからな。それこそ、お前ら月の民の言う精霊様のお導きに従って、後で会うとしようぜ」
冒頓は、羽磋たちが崖下に落下したと聞いて自分の心が激しく波打つのを感じましたが、不思議なことに、それは「羽磋が死んだ」という報告には聞こえませんでした。普通に考えれば、この交易路から落下して命が助かるとは、とても思えないのにです。あるいは、それは自分が作り出した「都合のいい願い」なのかもしれませんが、速やかに隊をまとめなければならないこの状況もあって、冒頓はその自分の直感がどこから来たのか、それを信じられる根拠は何なのかなどについて深く考えることはせずに、ただそれを受け入れました。
しょんぼりと肩を落とした苑が野営の準備に戻っていった後のこの場の雰囲気は、とても緊張したものになってしまいました。この場にいる誰もが、「ああは言ったものの、実際のところ冒頓殿の心持ちはどうなのだろう」と思っていました。そのため、うっかりと軽はずみな発言をして、今は収まっているように見える冒頓の怒りを改めて掻き立てたくはないと、すっかりと委縮してしまっているのでした。
怒りや悔しさや心配、それらが表面に現れないように努力していたからか、それとも、この集まりが襲撃の被害の確認というとても事務的な目的であったことからなのか、いつもなら冒頓の口からでる陽気な軽口も全く見られません。そのため、被害状況の聞き取りは思っていた以上に順調に進み、焚火に新たな乾糞が足されるころには、冒頓は現在の隊の状況を詳しくつかむことができていました。
交易隊と護衛隊の中には、落下してきた大岩に当たって命を落とした隊員は、幸いにも出なかったのですが、多くのけが人が発生していました。また、岩に打たれて死んでしまった駱駝や、狭い道を勢いよく走ったせいで崖下に転落してしまった駱駝が、数多く出ていました。救いと言えば、走り出した駱駝の多くは、積んでいた荷と共にこの広場で回収できた言うことですが、先ほどの兎歯からの報告にあったように、そもそもの目的である、羽磋を吐露村へ安全に送り届けるということは、その当人である羽磋が崖下へ落下しまっていて、とても難しい状況となっていました。
これらをまとめて一言で言い表すとすれば、母を待つ少女の奇岩が行ったと思われる襲撃で、冒頓の護衛隊と交易隊は大損害を受けた、というところでしょう。
では、この後、隊はどうするのでしょうか。土光村へ戻るのでしょうか。それとも、このままヤルダンへと突入するのでしょうか。崖下に落下した羽磋たちのことはどうするのでしょうか。いったい冒頓はどのような決断を下すのでしょうか。
集まった男たちは、深く考え込んだ様子の冒頓の顔を見つめ、その口から命令が発せられるのを、じっと待っていました。不規則に動く焚火の明かりに照らされた小隊長たちの顔は、一様に強張っていました。
「よし、決めたぜ」
冒頓は閉じていた眼を開くと、自分を見つめている男たちの顔をぐるりと眺め、その目線を正面から受け止めました。
「いいか、お前ら、よく聞けっ。今回の俺たちの仕事は主に三つだ。羽磋を吐露村へ送り届けること。ヤルダンの異変の原因と思われる母を待つ奇岩の調査をすること。それに、小野殿から預かった荷を吐露村へ届けること。だが、兎歯の報告にあったとおり・・・・・・」
冒頓の話が自分の方に向いたことで、兎歯はまるでそれが自分のせいで起こったことだとでも言うかのように、深く頭を下げました。
「ああ、いいんだ。お前のせいじゃねぇ。誰かのせいだとしたら、隊長である俺のせいだ。だが、今はそんなことを言ってるんじゃねぇ。羽磋は谷底へ落下した。まだ死んだと決まったわけじゃねぇが、今のところ助けに降りる手段はねぇ。けが人も多いことだし、交易隊とけが人はここで待機とする。護衛隊のうち、徒歩の者はそれを守るためにここに残る。明日の朝、明るくなったら空風を飛ばして空から羽磋たちを探してもらう。待機となる者は、ここらのどこかに下に降りる手段がないかを探してくれ」
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