140 / 342
月の砂漠のかぐや姫 第139話
しおりを挟む「イケ・・・・・・」
ウオオオオオンッ。
ザザアッ。ゴロゴロゴロン!
何層にも重なり合っているゴビの岩襞の一番上、ちょうど大混乱に陥っている交易隊を見下ろす位置にいるのは、母を待つ少女の奇岩とサバクオオカミの奇岩たちでした。
母を待つ少女の奇岩は、ヤルダンの中で自らの動きを封じている足元の岩を砕き、サバクオオカミの奇岩の群れを率いて、ここまで来ていたのでした。
もちろん、その目的は自分が送り込んだサバクオオカミの奇岩の群れを打ち砕いた、冒頓たちに復讐するためでした。
冒頓が考えに入れていなかったのは、この母を待つ少女の存在でした。
サバクオオカミの奇岩と同じように砂岩の塊に過ぎない彼女でしたが、人の形に似た姿をしているからでしょうか、それとも、別の理由があるのでしょうか、単純に交易隊の正面から襲い掛かるのではなく、地形を生かした周到な待ち伏せを考え、それを実行に移していたのでした。
それは、血の通っていない砂岩ならではの作戦ともいえる、恐ろしいものでした。
自分たちよりもずいぶんと下の層に、交易路を進む冒頓たちの姿を確認すると、母を待つ少女の砂岩が声なき声で命令を下します。すると、ヤルダンからここまで彼女の影のようになって付き従ってきたサバクオオカミの奇岩は、まったく迷う様子も見せずに、身体を丸くしたかと思うと、切り立った崖の上から真下へ向かって、勢いよく転がり落ちていくのです。
そうです。岩襞の上から恐ろしい勢いで転がり落ちてきて、交易隊員や駱駝たちをなぎ倒しているこの砂岩の塊は、誰かが投げ落とした岩などはなく、サバクオオカミの奇岩が姿を変えたものだったのです。
「イケ・・・・・・」
ウオオオオオンッ。
ザザアッ。ゴロゴロゴロン! ザザァッ。ゴロゴロゴロン!
ゴビの岩襞の一番上の段で母を待つ少女の命令が下る度に、サバクオオカミの奇岩は切り立った崖を自ら転がり落ち、ゴビの大地に当たって砕け、交易隊員や駱駝たちを打ち倒し、あるいは、交易路からもさらに転がり落ちて、薄暗い影の中でその姿も定かではない川の中へと消えていくのでした。
「冒頓殿、どうするっすかっ。このままじゃ・・・・・・」
次々と転がり落ちてくる岩を避けようと上を見上げながら、苑が悲鳴にも似た声を上げました。
冒頓は素早く周囲を見回しました。
前方では、片側が崖でもう片側が岩襞という細い道の上で、交易隊の前半分が驚いて暴れる駱駝を何とか落ち着かせようとしています。自分たちの後方でも同様です。上を見てもこの攻撃を行っている者の姿も見えませんから、矢を放ってその者を倒すという訳にはいきません。もちろん、地に伏せて岩をやり過ごすこともできません。
右手の崖の遥か下には川が流れているようですから、運を天に任せて崖から飛び降りることもできますが、果たして無事でいられるかどうか、まったくわかりません。そして、左手には固い岩の壁があって、彼らが逃げることを拒んでいます。
「しかたねぇ。みんな、岩襞にぴったりと貼り付けっ。荷と駱駝はいいっ。とにかく自分を守るんだっ」
次々と起きる岩の落下音と男たちや駱駝の出す大声の上に、冒頓のあげる大声が重なりました。周りの状況を見た冒頓が、素早く判断を下したのです。
転がり落ちてくる砂岩は、人や駱駝に当たればそれを打ち倒し、あるいは、谷底へと突き落とします。しかし、何物にも当たらなかった場合は、交易路に当たって砕けるか、谷底の暗闇へと消えていきます。交易路の上で、再びサバクオオカミの姿を取ることはありません。
また、その岩襞を転がり落ちる勢いがとても強いので、途中で岩襞に触れた岩は大きく跳ねながら落ちてきます。
冒頓は、岩襞にぴったりと貼りつくことによって、できるだけ落岩の直撃を免れようとしたのでした。ただ、非常に興奮している駱駝までも壁際に付けることは、この状況ではとても望めませんでした。
目的地まで荷を届けることを使命とする交易隊の隊長の中には、このような時に、とっさに「荷を守れ」と叫ぶ者もいるかもしれません。でも、「駱駝のことは気にするな、とにかく自分の守れ」、冒頓は部下に対してそう指示したのでした。
よほど冒頓の指示に対しての信頼が厚いのでしょう。冒頓の声が届いた交易隊の中央部の者たちは、冷水を浴びせられて眠りから覚めた者のように、混乱した状態からはっと立ち直ると、血がにじむほど握りしめていた駱駝の引き綱を離して壁際に走り、濡れた木の葉のようにぴったりと、背中を岩に押し付けました。
ンブオオオッ! オオ、オオ、オオン!
ドド、ドド、ドドドドッ。
引き手がいなくなった駱駝たちが落石の恐怖から逃れるためには、走り出すしかありませんでした。重い荷を背負っている駱駝たちですが、極度の興奮状態にある彼らには、それは何の重しにもなりません。隊の中央部の駱駝たちは、茶色い濁流となって、前方に向かって激しく押し寄せました。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語
瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。
長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH!
途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる