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月の砂漠のかぐや姫 第135話
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オオオオオゥウ・・・・・・。
次々と生まれるサバクオオカミの奇岩たち。それは、この場所に満ちている精霊の力と重苦しい怒りの力が合わさって起きた不思議でした。
ビシビシビシッ!
突然、固くとがった音が、その一角に響き渡りました。その音は、サバクオオカミが立てたものではありませんでした。また、その元となった砂岩が割れた音でも、ありませんでした。その音の源は、母を待つ少女の奇岩そのものでした。
「アアイ・・・・・・ツ・・・・・・。ユル・・・・・・サ・・・・・・イッ」
一般的には、精霊は人間のような感情や意志を示さないものと考えられています。それは、月からこの地に降り立った祖が、自然と一体となったものが精霊であるからだと、月の民の者は考えています。そのため、精霊は人の言葉を用いないとされています。祭祀などで精霊の言葉として人々に伝えられるものは、月の巫女などが精霊の力の波動を感じて、人の言葉に置き換えたものです。
しかし、いまこの場所に満ちている精霊の力は、とても不思議なことに、おぼろげな力の動きや感情の波などではなく、明確な意思を形成していました。そして、その中心となっているのは、母を待つ少女の奇岩なのでした。
「ワタシノナカマ・・・・・・、イタイ。ユルサナイ。ユルサナイ。モウ、ユルサナイ」
母を待つ少女の奇岩から発せられる力が、どんどんと強くなっていきました。それにつれて、周囲に発せられる怒りも、どんどんと強くなっていきました。
母を待つ少女が、この場所に満ちる怒りの渦の中心でした。彼女の仲間を打ち倒した男の顏が、母を待つ少女の中にぱっと生まれました。それと同時に、彼女の中に怒りという感情が塊となって意志が生じました。もはや、彼女は単なる奇妙な形をした動かざる砂岩ではなくなっていました。
ガキンッ!
決定的な音が一つ、何らかの宣言をするかのように大きく鳴り響きました。あたかも肉食獣が獲物の首をへし折ったかのような剣呑な音の響きが治まると、なんと、動くことなどできるはずがない母を待つ少女の奇岩は、自らの足で歩き始めました。それは、自分の仲間を傷つけた男、冒頓に復讐を果たすためにでした。
ズサリズサリとゴビの大地を踏みしめながら進む彼女の後ろには、多くのサバクオオカミの奇岩が従っていました。それらは一頭の大きな獣のように固まって、ゆっくりと東へ、つまりヤルダンの中から土光村側の出口の方へと進んでいきました。
それは誰も見たことのない奇妙な光景でした。もしそれを見る者がいたとしたら、果たしてどれだけのものが、自分の目を信じることができたでしょうか。あまりに現実離れをしているために、ほとんどの者はそれを信じることができずに、まじない言葉を唱えつつ、自分が今起きているのか眠っているのかを確認することになるでしょう。
太陽はまだ空の上にあって、自らの足元で起きているそれらの動きを見つめていました。
同時に、太陽はゴビの大地で起きている別の動きにも、気がついていました。それは、土光村からヤルダンの中へと続いている交易路の途中で立ち止まっていた集団、すなわち、冒頓が指揮する交易隊が、再びヤルダンの入口の方へと進みだしたという動きでした。
月や太陽のように天上からゴビ全体を見つめることもできず、精霊のように不思議な力で周囲の動きを察知することもできない冒頓は、自分の得た情報を自分の頭の中で分析して、日のある内に交易隊全体で交易路を西へ、つまりヤルダンの入口の方へ、できるだけ進もうと決めたのでした。
彼は一度襲われたサバクオオカミの奇岩に再び襲われる危険があることは想定し、それに対しての備えをするように部下に対して指示をしていました。
しかし、彼はそれ以上のことまでは、想像することができていなかったのでした。
冒頓は王柔から聞いた話の中に、何か引っかかるものがあると感じていました。そして、それについて考えることに頭の一部を割きながら隊の行動を決めました。ひょっとすると、そのことで彼の想像が及ぶ範囲が狭まっていたのかもしれませんでした。
つまり、いつのまにか、冒頓の中で「動く奇岩はサバクオオカミのみだ」という思い込みが生まれていたのでした。でも、彼自身はその思い込みが生じていたことに、全く気がついていなかったのでした。
サバクオオカミの奇岩がヤルダンから溢れて、交易路を進んでいた自分たちを襲ってきたのですから、それを元に慎重に考えを進めて、それ以上のことが起きる恐れがあることにも、気が付かねばならなかったというのにです。
では、冒頓が考えから落としていたそれ以上のこととは、何を意味するのでしょうか。
それは、今回の一連の不思議の源ではないかと彼らが考えている母を待つ少女の奇岩そのものまでもが、サバクオオカミの奇岩と同じように動きだし、ヤルダンを出て自分たちを襲ってくることも有り得るということです。
そして、いつもの冒頓であれば、あらかじめそれを考えに入れた備えをとることは、できたはずなのです。
それなのに、「動く奇岩はサバクオオカミだけだ」という思い込みが自分の中にできてしまっていたために、彼と彼の交易隊は「サバクオオカミの奇岩は一度撃退した。油断さえしなければ大丈夫だ」という居心地のいい安心感から、抜け出ることを怠ってしまっていたのでした。
次々と生まれるサバクオオカミの奇岩たち。それは、この場所に満ちている精霊の力と重苦しい怒りの力が合わさって起きた不思議でした。
ビシビシビシッ!
突然、固くとがった音が、その一角に響き渡りました。その音は、サバクオオカミが立てたものではありませんでした。また、その元となった砂岩が割れた音でも、ありませんでした。その音の源は、母を待つ少女の奇岩そのものでした。
「アアイ・・・・・・ツ・・・・・・。ユル・・・・・・サ・・・・・・イッ」
一般的には、精霊は人間のような感情や意志を示さないものと考えられています。それは、月からこの地に降り立った祖が、自然と一体となったものが精霊であるからだと、月の民の者は考えています。そのため、精霊は人の言葉を用いないとされています。祭祀などで精霊の言葉として人々に伝えられるものは、月の巫女などが精霊の力の波動を感じて、人の言葉に置き換えたものです。
しかし、いまこの場所に満ちている精霊の力は、とても不思議なことに、おぼろげな力の動きや感情の波などではなく、明確な意思を形成していました。そして、その中心となっているのは、母を待つ少女の奇岩なのでした。
「ワタシノナカマ・・・・・・、イタイ。ユルサナイ。ユルサナイ。モウ、ユルサナイ」
母を待つ少女の奇岩から発せられる力が、どんどんと強くなっていきました。それにつれて、周囲に発せられる怒りも、どんどんと強くなっていきました。
母を待つ少女が、この場所に満ちる怒りの渦の中心でした。彼女の仲間を打ち倒した男の顏が、母を待つ少女の中にぱっと生まれました。それと同時に、彼女の中に怒りという感情が塊となって意志が生じました。もはや、彼女は単なる奇妙な形をした動かざる砂岩ではなくなっていました。
ガキンッ!
決定的な音が一つ、何らかの宣言をするかのように大きく鳴り響きました。あたかも肉食獣が獲物の首をへし折ったかのような剣呑な音の響きが治まると、なんと、動くことなどできるはずがない母を待つ少女の奇岩は、自らの足で歩き始めました。それは、自分の仲間を傷つけた男、冒頓に復讐を果たすためにでした。
ズサリズサリとゴビの大地を踏みしめながら進む彼女の後ろには、多くのサバクオオカミの奇岩が従っていました。それらは一頭の大きな獣のように固まって、ゆっくりと東へ、つまりヤルダンの中から土光村側の出口の方へと進んでいきました。
それは誰も見たことのない奇妙な光景でした。もしそれを見る者がいたとしたら、果たしてどれだけのものが、自分の目を信じることができたでしょうか。あまりに現実離れをしているために、ほとんどの者はそれを信じることができずに、まじない言葉を唱えつつ、自分が今起きているのか眠っているのかを確認することになるでしょう。
太陽はまだ空の上にあって、自らの足元で起きているそれらの動きを見つめていました。
同時に、太陽はゴビの大地で起きている別の動きにも、気がついていました。それは、土光村からヤルダンの中へと続いている交易路の途中で立ち止まっていた集団、すなわち、冒頓が指揮する交易隊が、再びヤルダンの入口の方へと進みだしたという動きでした。
月や太陽のように天上からゴビ全体を見つめることもできず、精霊のように不思議な力で周囲の動きを察知することもできない冒頓は、自分の得た情報を自分の頭の中で分析して、日のある内に交易隊全体で交易路を西へ、つまりヤルダンの入口の方へ、できるだけ進もうと決めたのでした。
彼は一度襲われたサバクオオカミの奇岩に再び襲われる危険があることは想定し、それに対しての備えをするように部下に対して指示をしていました。
しかし、彼はそれ以上のことまでは、想像することができていなかったのでした。
冒頓は王柔から聞いた話の中に、何か引っかかるものがあると感じていました。そして、それについて考えることに頭の一部を割きながら隊の行動を決めました。ひょっとすると、そのことで彼の想像が及ぶ範囲が狭まっていたのかもしれませんでした。
つまり、いつのまにか、冒頓の中で「動く奇岩はサバクオオカミのみだ」という思い込みが生まれていたのでした。でも、彼自身はその思い込みが生じていたことに、全く気がついていなかったのでした。
サバクオオカミの奇岩がヤルダンから溢れて、交易路を進んでいた自分たちを襲ってきたのですから、それを元に慎重に考えを進めて、それ以上のことが起きる恐れがあることにも、気が付かねばならなかったというのにです。
では、冒頓が考えから落としていたそれ以上のこととは、何を意味するのでしょうか。
それは、今回の一連の不思議の源ではないかと彼らが考えている母を待つ少女の奇岩そのものまでもが、サバクオオカミの奇岩と同じように動きだし、ヤルダンを出て自分たちを襲ってくることも有り得るということです。
そして、いつもの冒頓であれば、あらかじめそれを考えに入れた備えをとることは、できたはずなのです。
それなのに、「動く奇岩はサバクオオカミだけだ」という思い込みが自分の中にできてしまっていたために、彼と彼の交易隊は「サバクオオカミの奇岩は一度撃退した。油断さえしなければ大丈夫だ」という居心地のいい安心感から、抜け出ることを怠ってしまっていたのでした。
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