月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第132話

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 王柔は、この場所に来た時に会った、精霊の子の世話役と思われる女性の言葉を思い出しました。
「すべては精霊の子のお気持ち次第だよ」
 彼女はそう言っていました。
 彼女の言っている意味が良くわからなかった王柔は、神聖な場所に入る際によく言われる世俗の期待を持ちすぎないようにとの注意程度にしか、それを受け取っていませんでした。
 ところが、どうでしょうか。
 彼女は、神聖な場所に入る前の心構えでもなく、何かをたとえた話でもなく、ありのままのことを、王柔に告げていたのでした。
 本当に「すべては精霊の子の気持ち次第」なのでした。精霊の子は、自分自身の思うとおりに振舞いますし、そして、彼の思いは容易には他人の影響を受けないのですから。
 中庭に立っている低木と同じように庭土に影を落とすことしかできなくなってしまった王柔が見つめる中で、精霊の子と理亜は、祭りの時に見られる踊りの列の様に連れ立って、楽しそうに踊り歩き始めました。二人が何度も繰り返し歌う唄声はどんどんと大きくなって、中庭の隅々にまでに響き渡るようになりました。
「はんぶん、はんぶん、はんぶん・・・・・・」
 二人が歌う唄の中で何度も繰り返されるその言葉は、王柔の耳から入って彼の頭を強く揺さぶりました。その言葉、その唄は、彼の意識の裏側に、しっかりと根をおろしていくのでした。


 
 王柔は口を閉じました。ここは土光村を出てヤルダンの入口へと向かう途中のゴビの赤土の上です。襲ってきたサバクオオカミの形をした奇岩を退けた後で王柔が語り始めた、彼と理亜が土光村の中で精霊の子を訪ねたときの話は、これで終わりなのでした。では、彼らがその場所を訪ねた目的はどうなったのでしょうか。彼の話を興味深く聞いていた冒頓は、その点を尋ねずにはいられませんでした。
「それで、その後はどうなったんだ。まさか、お前、今の歌で終わりってことはないだろうな」
「すみません、冒頓殿。本当に情けないんですが、精霊の子は理亜を引き連れて歌いたいだけ歌うと、部屋に引っ込んでしまったんです。なんとかそれを押しとどめて話を聞いてもらおうと頑張ったんですが、僕の話は全く聞いてもらえませんでした。だから、理亜の身体についての助言はなんにも得られなかったんです・・・・・・」
 冒頓の前で、王柔は体を小さくして答えました。また、その口調も、言葉が進むにつれてだんだんと弱々しくなり、最後の方は冒頓が身を乗り出して王柔が何を言っているのかを確認しなければいけないほどでした。それは、王柔自身がこの時の自分を、とても情けないと思っているからでした。
 わざわざ精霊の子のところまで理亜を連れて行ったのに、満足に話を聞いてもらうことすらできなかったのです。ただ単に、精霊の子と理亜が機嫌よく唄を歌った、それだけで終わってしまったのです。
 精霊の子の施設を出る際に世話役の女性からかけられた、「精霊の子は、いつもあんな感じだからね。気にするんじゃないよ」という暖かい言葉さえもが、すっかりと落ち込んでしまって小さく丸くなってしまった王柔の肩には、ずっしりと重く感じられたのでした。
「僕にもできることがあるかと思ってやってきたのに……。なんて僕はダメなんだろう。これが王花さんなら、もっとはっきりと言いたいことを言って、精霊の子から必要なことを聞き出せたんじゃないだろうか。小野殿なら、僕とは違ってとても話が上手な方だから、精霊の子に無視されることなんてなかっただろう。冒頓殿だってそうだ。僕と違って押しの強い話し方と男らしい態度を持っているから、精霊の子に勝手に振舞われることなんてないだろう。僕だからだ。僕が情けないからだ。ああ、ごめんよ、理亜、僕がもっとしっかりとしていたら、ああ……」
 このように落ち込んでしまっていたからこそ、王柔は帰り道に出会った羽磋に対して、自分たちがどこに行っていたのか話すことができなかったのでした。また、交易路の途中で冒頓にこの話をするように促されるまで、自分ではできるだけこの話題を避けるようにしていたのでした。
 ところで、精霊の子の施設に入った時から何やら様子がおかしくて、最後には彼と歌い踊り歩くまでになった理亜は、一体どうだったのでしょうか。
 王柔が彼女に聞いたところ、施設に入ってからのことはあまり覚えていないとのことでした。彼女は自分が精霊の子と歌い踊り歩いたことも覚えていないというのでした。
 まさか、自分で両手両足を動かし大声をあげて歌い踊り歩いたのに、それを覚えていないなんて、そのようなことがあるのでしょうか。
 でも、その光景を見ていた王柔には、それも有り得ることのように思えました。それほど、あの施設での彼女の様子は、いつもの彼女のそれとは違っていたのでした。きっと、あの場所に働いている精霊の力が彼女に強く影響を与えた結果、日頃とは違う行動をとっていたのだ。だから、あの時のことはあまり覚えていないのだ。そう考えた方が、王柔にしても納得がいくのでした。
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