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月の砂漠のかぐや姫 第125話
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それでも、何とか理亜の身体を元に戻してやりたいと、知恵のある者を探し求めて村中を走り回った王柔と王花でしたが、その手掛かりを得ることはできないままでした。
酒場の奥の小部屋での話し合いの時に冒頓の言葉を受けて、自分でできることについてもう一度深く考え直した王柔は、王花と自分が「知恵のある者」にばかり考えが行っていたのではないかと、思いついたのでした。視点を変えて、「精霊に近い存在」という方向から考えると、「月の巫女」と同じように「精霊に近い存在」が、もう一つあることに気がついたのでした。
そう、それこそが「精霊の子」でした。
確かに、「精霊の子」は、「知恵のある者」とは言い難いかも知れません。でも、いま王柔たちが求めているのは、生活の知恵や、遊牧の知識などではありません。明らかに、非日常の世界、それこそ、精霊の世界に近い出来事への助言なのです。
「そうだよ、理亜の身体に起きていることは、僕達の常識を外れたことじゃないか。ヤルダンで何かがあったことは間違いないんだし、ひょっとしたら、あそこに潜むと言われている悪霊どものせいかもしれない。精霊の子は人よりも精霊に近い存在だから、なにか僕に教えてくれることがあるかもしれない。精霊の子は、他の人と上手く話ができないというから、無駄足になるかもしれないけど、行ってみよう。とにかく、行ってみよう。自分にできることは、全部やってみるんだ」
自信がない時には、何かを考えついたとしても、それを試してみる前に、自分自身で悪い結果を想像してしまいます。そして、終いには、その思い付きを行動に起こしても悪い結果にしかつながらないとして、行動を起こすこと自体を放棄してしまうのです。これまでの王柔には、そのような傾向が多く見られたのですが、今回は違いました。
「お前はどうするんだ」
冒頓はそう言いました。
「お前には何ができるんだ」
冒頓は、そうは言いませんでした。
冒頓が言いたかったことは、王柔にしっかりと伝わっていたのでした。
「精霊の子を訪ねた帰りにお会いしましたね」と、王柔は羽磋に頭を下げました。
羽磋が土光村の代表者である交結を訪ねる際に王柔と理亜を見かけ、その帰り際に彼らと出会ったのは、王柔と理亜が「精霊の子」の元を訪れた、行きと帰りのことだったのでした。
「あ、あの時のことですか。どこへお出かけだったのかと思いましたが、精霊の子を訪ねてらっしゃったんですね」
引っかかっていたものがすとんと腑に落ちていったのか、すっきりとした顔で返事を返す羽磋から、冒頓の方へと顔を戻して、王柔は話を続けました。
ヤルダンへ今日中に入るのであれば、早々に行動を決めなければならないのですが、とつとつと語る王柔の話には人を引き付ける不思議な力がありました。それで、冒頓もその話を止めさせたり、無理に急かしたりはせずに、黙って耳を傾けるのでした。
精霊の子が生活をしている一角は、土光村のはずれにありました。交易の品物が並べられる大通りからは離れていますし、倉庫が立ち並ぶ区域でもありません。特に用事がある者でなければ、そこを通ることはない静かな一角で、土光村の王花の酒場を中心に仕事をしている王柔は、初めて足を踏み入れる場所でした。
途中に通り抜けてきた人々の大声が飛び交う大通りから、自分の足音が聞こえるぐらいの静かな一角に入ると、だんだんと王柔の足取りは重くなってきました。
この考えを思いついた時には、行動を起こすことについて、あれほどしっかりとした決意を形作れていたのに、いざ行動を起こしてみると、その決意はぐらぐらと揺らぎ、ぼろぼろと形が崩れてきているのでした。
王柔は、人と接することが苦手でした。それでも、仕事上で人と接することが必要な場面であれば、何とか頑張って対処できました。でも、それは仕事という場面ですから、相手側も自分と接する準備をしてくれる訳です。つまり、ある意味、仕事という場は、「人と関係を持つ場」が、あらかじめ用意されている場面であるのです。
一方で、このような「自分から誰かを訪ねてお願いをする」場面では、何の用意も整えられていません。相手は、仕事の時の様に、自分と話したり関りを持ったりする用意のある相手ではありません。自分と何の接点もない人に、こちらを向いて話をしてくれるようにお願いをするところから始めないといけないのです。
王花と一緒に長老を訪ねた時は、まだ良かったのです。長老は皆から相談を受けることに慣れていますし、そもそも、話のほとんどは王花がしてくれていたのですから。でも、今回は違います。もちろん、王柔と話をする必要性など、今から訪ねようとしている精霊の子には、全くありません。そして、王花の影に隠れていればよかった長老との話の時とは違い、自分自身ですべての話をしなければならないのです。それに加え、お願いをする相手である「精霊の子」は、人と話をすること自体が困難と言われているのです。
その大変な行動、自分が最も苦手な行動が、現実となって目の前に近づいてくるにつれて、「逃げ出したい」という気持ちが膨らんでくるのを、王柔は抑えることができなくなってきました。
酒場の奥の小部屋での話し合いの時に冒頓の言葉を受けて、自分でできることについてもう一度深く考え直した王柔は、王花と自分が「知恵のある者」にばかり考えが行っていたのではないかと、思いついたのでした。視点を変えて、「精霊に近い存在」という方向から考えると、「月の巫女」と同じように「精霊に近い存在」が、もう一つあることに気がついたのでした。
そう、それこそが「精霊の子」でした。
確かに、「精霊の子」は、「知恵のある者」とは言い難いかも知れません。でも、いま王柔たちが求めているのは、生活の知恵や、遊牧の知識などではありません。明らかに、非日常の世界、それこそ、精霊の世界に近い出来事への助言なのです。
「そうだよ、理亜の身体に起きていることは、僕達の常識を外れたことじゃないか。ヤルダンで何かがあったことは間違いないんだし、ひょっとしたら、あそこに潜むと言われている悪霊どものせいかもしれない。精霊の子は人よりも精霊に近い存在だから、なにか僕に教えてくれることがあるかもしれない。精霊の子は、他の人と上手く話ができないというから、無駄足になるかもしれないけど、行ってみよう。とにかく、行ってみよう。自分にできることは、全部やってみるんだ」
自信がない時には、何かを考えついたとしても、それを試してみる前に、自分自身で悪い結果を想像してしまいます。そして、終いには、その思い付きを行動に起こしても悪い結果にしかつながらないとして、行動を起こすこと自体を放棄してしまうのです。これまでの王柔には、そのような傾向が多く見られたのですが、今回は違いました。
「お前はどうするんだ」
冒頓はそう言いました。
「お前には何ができるんだ」
冒頓は、そうは言いませんでした。
冒頓が言いたかったことは、王柔にしっかりと伝わっていたのでした。
「精霊の子を訪ねた帰りにお会いしましたね」と、王柔は羽磋に頭を下げました。
羽磋が土光村の代表者である交結を訪ねる際に王柔と理亜を見かけ、その帰り際に彼らと出会ったのは、王柔と理亜が「精霊の子」の元を訪れた、行きと帰りのことだったのでした。
「あ、あの時のことですか。どこへお出かけだったのかと思いましたが、精霊の子を訪ねてらっしゃったんですね」
引っかかっていたものがすとんと腑に落ちていったのか、すっきりとした顔で返事を返す羽磋から、冒頓の方へと顔を戻して、王柔は話を続けました。
ヤルダンへ今日中に入るのであれば、早々に行動を決めなければならないのですが、とつとつと語る王柔の話には人を引き付ける不思議な力がありました。それで、冒頓もその話を止めさせたり、無理に急かしたりはせずに、黙って耳を傾けるのでした。
精霊の子が生活をしている一角は、土光村のはずれにありました。交易の品物が並べられる大通りからは離れていますし、倉庫が立ち並ぶ区域でもありません。特に用事がある者でなければ、そこを通ることはない静かな一角で、土光村の王花の酒場を中心に仕事をしている王柔は、初めて足を踏み入れる場所でした。
途中に通り抜けてきた人々の大声が飛び交う大通りから、自分の足音が聞こえるぐらいの静かな一角に入ると、だんだんと王柔の足取りは重くなってきました。
この考えを思いついた時には、行動を起こすことについて、あれほどしっかりとした決意を形作れていたのに、いざ行動を起こしてみると、その決意はぐらぐらと揺らぎ、ぼろぼろと形が崩れてきているのでした。
王柔は、人と接することが苦手でした。それでも、仕事上で人と接することが必要な場面であれば、何とか頑張って対処できました。でも、それは仕事という場面ですから、相手側も自分と接する準備をしてくれる訳です。つまり、ある意味、仕事という場は、「人と関係を持つ場」が、あらかじめ用意されている場面であるのです。
一方で、このような「自分から誰かを訪ねてお願いをする」場面では、何の用意も整えられていません。相手は、仕事の時の様に、自分と話したり関りを持ったりする用意のある相手ではありません。自分と何の接点もない人に、こちらを向いて話をしてくれるようにお願いをするところから始めないといけないのです。
王花と一緒に長老を訪ねた時は、まだ良かったのです。長老は皆から相談を受けることに慣れていますし、そもそも、話のほとんどは王花がしてくれていたのですから。でも、今回は違います。もちろん、王柔と話をする必要性など、今から訪ねようとしている精霊の子には、全くありません。そして、王花の影に隠れていればよかった長老との話の時とは違い、自分自身ですべての話をしなければならないのです。それに加え、お願いをする相手である「精霊の子」は、人と話をすること自体が困難と言われているのです。
その大変な行動、自分が最も苦手な行動が、現実となって目の前に近づいてくるにつれて、「逃げ出したい」という気持ちが膨らんでくるのを、王柔は抑えることができなくなってきました。
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