月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第123話

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「さあて、どうすっかなぁ」
 冒頓は、誰に聞かせるでもない言葉を、頭の上に向って放り投げました。
 襲ってきたサバクオオカミの奇岩の群は全滅させました。部隊の士気は上がっていますから、この勢いを駆って、ヤルダンに突入すべきでしょうか。
 冒頓は、自分のあげた声が浸透していった青空を見上げました。目に染みるようだった青さは薄れ、オアシスの周りでときおりみられる青綿の木の花びらのような、柔らかな色合いとなっていました。
「今日中には、何とかヤルダンの入口に辿り着けそうです」
 案内人である王柔がそう言っていたのは、襲撃を受ける前のことでした。
 冒頓は、精霊の力が強くなると考えられている夜間に、ヤルダンで活動することは避けたいと考えていました。
 もとより、土光村と吐露村の間の交易路は、ヤルダンの中を長い間通らねばなりません。それを昼間の内に、一気に通り抜けることなど、とてもできません。必ずヤルダンの内のどこかで、野営する必要はあります。
 それに、今回の目的は「羽磋を吐露村に送り届ける事」であると同時に、「ヤルダンで起きている出来事の調査・解決」でしたから、通り抜けることができたとしても、目的の半分しか達成していないことになってしまいます。
 一連のとてもあり得ない非日常的な出来事の元となっているのは、「母を待つ少女」の奇岩であると、彼も、そして、小野や王花も考えていました。その「母を待つ少女」の奇岩の調査は必ず行わなければいけませんが、その周囲に行くときは、月の光ではなく太陽の光を浴びることができる日中にしたいと考えていたのでした。
 「母を待つ少女」はヤルダンの土光村側、つまり、東の端にありますから、徒歩のものは置いていき、馬に乗ることができるものだけを連れて行けば、何とか日のあるうちに、そこへたどり着くことができるかもしれません。ただ、馬は、駱駝に比べて貴重なもので、護衛隊の中でも、馬に乗っているものは限られています。その少ない人数で突入したとして、万が一、たくさんの奇岩に襲われるようなことがあれば、多勢に無勢ということになってしまいます。
 では、明日の日中に徒歩のものを伴って「母を待つ少女」のところへ行けるように、今日の内にヤルダンの手前まで進み、そこで野営をすべきでしょうか。
 しかし、まだヤルダンから相当離れているこの場所でも、サバクオオカミの奇岩に襲われたのです。ヤルダンに入らないとしても、ヤルダンに近づいた場所で野営をすれば、夜間に奇岩に襲われる危険が高くなるのではないでしょうか。それならばいっそ、馬が使えるものだけで、日があるうちにヤルダンに突入してしまう方が良いのではないでしょうか。
 いやいや、事はもっと慎重に考えないといけないのかもしれません。
 朝一に出立すれば、ぎりぎり夕方に「母を待つ少女」のところに辿り着ける、それぐらいヤルダンから離れたところまで一旦引き返せば、夜襲を受ける心配も少なくなるかもしれません。
「うーん、なんかピンとこねぇんだよな」
 いつも「むやみに突き進む、俄かに行動する」ことから、「冒頓」と呼ばれるようになったこの男ですが、戦いの場における彼の行動を支えている、直感と抜け目のない計算の両方が、この場面では答えをはじき出してはくれないようでした。

 サバクオオカミの奇岩の襲撃を退けた後、広がっていた交易隊と護衛隊は彼の元へと集まっていました。
 まだ、今後の行動が決められていないので、荷を積んだ駱駝とその世話人で構成される交易隊は、薄茶色の丸い塊となって、一息を入れていました。駱駝たちはこの機会とばかりに、ゆっくりと胃の中のものを反すうしたり、わずかに生える下草を見つけて口に含んだりしていました。護衛隊のうち小隊長格の数人は冒頓の下に集結し、その他のものは、まだ興奮が冷めやらぬ様子をしながらも、交易隊の外を回って、周囲を警戒していました。
 また、羽磋や苑、そして、王柔と理亜は、このヤルダンの異常事態に関係するものとして集められていたので、小隊長たちに交じって、冒頓の顏をじっと見つめていました。
 しばらくは敵の襲撃もないだろうと考えたのか、冒頓は周囲の警戒を部下に任せて、ゴビの赤土の上に座り込んでいました。同じように腰を下ろして自分の顔をのぞき込んでいる者たちを順繰りに眺めて行きながらも、彼の目には何の像も映っていませんでした。
 彼の頭の中では、思いがけない場所で奇岩の襲撃を受け、これを撃退したこの後に、一体どのように行動するのかを決めるために、色んな物事が目まぐるしく動き、現われ、そして、消えているのでした。
 いつもの護衛隊であれば、この集まりはもっと人数が多く、何よりも、副官の超越がいて、冒頓が次々と思いついては口に出すものについて、落ち着いた意見をしてくれるのです。しかし、今、ここに集まっている人数は少なく、皆は冒頓の言葉を待っているだけでした。彼と意見を交換するだけの経験や見識、そして、時には冒頓に異を唱えるだけの胆力を持つ者は、その中にはいないのでした。
 思い付きで行動することが多いと言われる冒頓も、それができるのは、超越がしっかりと自分の行動を補佐してくれるからだと、判っていました。
 今までの経験が全く当てにならないこの状況で、自分一人で最初から最後まで隊の行動を決めなければならない。即断即決の冒頓と言えども、なかなか次の行動を決めかねているというのが、実際のところなのでした。
 しかし、仮に、馬で移動できるものだけを連れてヤルダンへ突入するとすれば、早々に結論を出さなければいけません。
 あまり感じることのない「焦り」という感情が、ちくちくと喉元を刺してくるのを、冒頓は煩わしく感じるのでした。
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