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月の砂漠のかぐや姫 第122話
しおりを挟むこの戦いの様子を一番よく把握できていたのは誰かというと、実は冒頓ではなくて、羽磋と苑でした。
彼等は、奇岩の群へ突撃する冒頓たちとは、行動を共にしていなかったのでした。苑には、離れた場所で全体を監視して、万が一にでも新手が押し寄せてくるようなことがあれば、銅鑼を鳴らして冒頓に伝えるという役目が与えられていました。
また、羽磋はといえば、護衛隊と一緒に戦いをした経験は持っていませんでしたし、そもそも、名目上とはいえ護衛が付けられたのは、羽磋を守るためでありましたから、危険な戦いの場から彼を遠ざける判断を冒頓がしたのは、ある意味、当然のことと言えるのでした。
二人が見つめる前で、サバクオオカミの奇岩の群は、両側から風雨のような矢の攻撃を受け、さらに、矢を放った相手に向かおうとした瞬間に、冒頓と徒歩の者たちの攻撃を受けて、どんどんと数を減らしていきました。
「すごい・・・・・・。やっぱり、すごい」
「へへっ、それは、そうっすよ。冒頓殿が指揮する匈奴護衛隊の前には、どんな奴らもかないやしないっす」
思わず驚嘆の言葉が口からこぼれだした羽磋の横で、自慢げに苑が答えました。その苑の身体も、護衛隊の活躍に極度に興奮していたのか、細かに震えているのでした。
羽磋と苑も、他の護衛隊の隊員と同じように、あらかじめ話には聞いてはいたものの、実際に「サバクオオカミの奇岩」が動いて自分たちを襲ってくるという、現実には起こりえないような出来事に、始めは気圧されていました
でも、人間というのは不思議なものです。これまで見たことも、いえ、想像したこともないような、「異形」を相手にした戦いであるにもかかわらず、冒頓たちの戦いぶりを見て、一度自分たちの力が相手に通用すると確信してしまうと、最初に感じた「自分がきちんと起きているかどうか、誰かに尋ねてみたくなるような違和感」は、すっかりと消え失せてしまうのでした。
交易隊を襲ってきた野盗と戦う場合には、護衛隊が激しく抵抗して野盗に目的を達することができないと悟らせれば、彼らは退却していきます。しかし、サバクオオカミの奇岩は、劣勢になっても逃げだすことはせずに、ただひたすらに誰かを傷つけようと前に進んでくるのでした。
そのため、戦いが終わったことを確かめて、冒頓が部隊をまとめて羽磋と苑の元に戻って来た時には、しばらくの時間が経っていました。
「やった、やったなっ!」
「俺たち護衛隊が守るものに、手を出すなんてよっ。あいつらどんだけバカなんだ」
「そりゃ、おめぇ。あいつらの頭ん中には、砂しか入ってないんだからよ」
「ちげぇねぇ。俺が叩き割った奴も、身体の中は砂しか入ってなかったわい!」
冒頓とともに戻ってきた護衛隊の者たちは、興奮して大声で話をしていました。彼らの身体からは、もわもわと湯気が立ち上り、どれだけ激しい動きをしていたかを、見る者に訴えていました。また、汗で濡れた彼らの身体には、「返り血」ではなく「返り砂」が、べっとりと張り付いていました。
それにしても、自分たちが話している内容が、どれだけ日常の世界から外れていることかなど、彼らは全く気にしていないようでした。せいぜい「奇妙な敵」、「珍しい奴ら」という程度にしか、考えていないようでした。
でも、それはそうかもしれません。今まさに、彼らは、その矢で射抜き、あるいは、その槍で砕きして、その奇妙な敵を打ち破ったのです。「自分たちが倒した敵」という括りの中に、野盗や生けるサバクオオカミらとともに、今回の相手も入れてしまったのでしょう。
自分の戦いっぷりを大声で誇らしげに話し合っている部下たちを、口元にニヤニヤとした笑みを浮かべながら、冒頓は眺めていました。
そして、羽磋と苑の元に戻ってくると、大した仕事をしていないとでも言うように、軽く「よう、戻ったぜ」と声をかけるのでした。護衛隊の先頭に立って、何度も奇岩の群に突撃をしていたのにもかかわらず、他の男たちの身体から立ち上っている湯気は、冒頓の身体からは上がっていませんでした。
「お、お疲れ様でした。すごかったです」
そんな冒頓に対してどのように答えればいいのかわからず、羽磋は馬上で背筋を伸ばして、自分の感想を正直に話すのでした。
冒頓は、少年らしい素直な反応を見せる羽磋に好意的な視線を投げると、苑の方へ指示を出しました。
「ひとまずは終わりのようだぜ、小苑。逃がしてある交易隊と王柔たちに、集まるように指示を出してくれ」
「わかったっすっ!」
尊敬と賛美の気持ちが一杯に詰まった返答をした苑が鳴らす銅鑼の音が、周囲に響き渡りました。それは、戦いが始まる前に、護衛隊の後ろに逃がしていた交易隊と王柔たちに、集まるようにと告げるものでした。
その音が走るゴビの空気の下には、周囲の砂とはわすかに色の違う砂が、バラバラと散らばっていました。それこそが、先程まで走り回るサバクオオカミを形成していた砂で、それらは自らの足でヤルダン内部からこの交易路まで、飛び出してきたのでした。
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