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月の砂漠のかぐや姫 第118話
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この苑の報告に動揺したのは、王柔でした。大変気の弱い性格をしていて、自分自身が見て判断したことよりも、他人が見て判断したことの方が、正しいものに思えてしまうのでした。
「あ、あれ? 確かに奇岩が転がっているのが、見えたはずなんだけどな。ここはまだヤルダンの手前で、奇岩なんかがあるはずがないし、きっと何かおかしなことになっていると思ったんだけどな・・・・・・」
実際のところ、苑が報告したのは「誰かが潜んでいるという危険はなさそうだ」というだけで、ヤルダンの奇岩がどうということには、全く触れていないのです。でも、王柔に取っては、苑の報告は自分の報告を全て打ち消すもののように、聞こえたのでした。
「すみません、冒頓殿・・・・・・。ひょっとしたら、僕の見間違いなのかも・・・・・・」
「何言ってんだ、王柔」
おずおずと、王柔は冒頓に話しかけました。
でも、冒頓は、急に自信を無くして小さくなってしまった、王柔の謝罪の言葉を受け入れませんでした。
「お前なぁ、もう少し自分を信じてやれよ。誰もお前の見たということを疑ってやしねぇぜ。ほら、見てみろよ、お前よりもお嬢ちゃんの方が、よっぽどお前の言葉を信じているじゃねぇか」
冒頓の言葉のとおり、王柔が見上げた駱駝の上では、先程まで機嫌よく鼻歌を歌っていた理亜が、行く先にある何かを恐れるかのように、すっかりと黙って身を固くしていました。
「ど、どうしたの、理亜。前の方に何か見えるのかい」
王柔の問いかけに、理亜は前方から目を離さないまま、答えました。いえ、彼女はなにかに怯えているかのようで、そこから目を離せないようなのでした。そして、その声は、小さくて、震えていました。
「オージュ、なにか、怖い。前、なにか、怖い・・・・・・」
「ほらな、お嬢ちゃんは、ちゃんとわかってる。・・・・・・どうだ、小苑!」
冒頓は自分でも目を細めて前方を見やりながら、もう一度苑に確認をしました。
「空風は、誰も見つけてない様っす。盗賊は潜んでませんっ」
「わかった、小苑。わかった・・・・・・、わかっ、た・・・・・・」
視界に何か変わったものがないか集中するにつれ、冒頓の言葉は小さくなっていきました。
突然。
冒頓の身体は、馬上でピンと伸ばされ、右手が大きく掲げられました。
「見えた!! 前方から、敵が来るぞ! お前ら油断するなよ、あちらさんは、いつも相手にしているような奴らじゃなさそうだ。いいか、お前らっ!」
「死んだら終わりだからなっ!!」
「死んだら終わりですから!!」
予め手筈は決められていたのでしょう。冒頓の号令に、護衛隊の者は声を合わせたかと思うと、騎乗の者のおおよそ半数は右に、残りの半数は左に、そして、徒歩のものは中央で交易隊を守る形にと、一斉に動き出しました。
騎乗したままで交易隊と共に中央に残っている護衛隊の者は、冒頓、苑、そして、羽磋などのわずかなものだけになりました。
「王柔! お前は交易隊の一番真ん中に理亜を連れて下がれ。いいか、自分の一番大事なものは、絶対に守れよ!」
「は、はい、勿論です! でも、冒頓殿、敵って・・・・・・。小苑は何も潜んでいないって言ってますが」
「小苑が言ってるのは、野盗が潜んでいないっていうことだけだ。お前は、ヤルダンの奇岩が、あるはずのないところにあるのを見たんだろうが。そもそも、俺たちが相手にしているのは、そのヤルダンの奇岩だぜ? 王花の盗賊団の奴らも、奇岩に襲われたって言ってたろうが」
「あ・・・・・・、そう、でした・・・・・・」
「わかったら、とっとと下がれ! あ・・・・・・と」
王柔には、物事をどんどんと悪い方向に考えてしまう癖がある一方で、恐ろしいものからは目を背けてしまうという傾向もあるのかも知れません。
不思議なことがヤルダンで起きていることは、理亜の身体に起きていること、王花の盗賊団が襲われたことから、はっきりとわかっていたはずなのに、「ここで自分たちが奇岩に襲われる」という危険を、現実的なものとして捉えられていなかったのでした。
「ヤルダンに不思議なことが起きていて、あるはずのないところにまで奇岩が溢れている。何かがおかしい」とまでは感じていたのに、彼の中では「襲われる」という現実的な危険は、「野盗」というやはり現実の存在にしか、結びつけられていなかったのでした。
自分の考えの至らなさに自分でも驚き、そして、落胆した様子の王柔に下がるように命令した冒頓は、思いだしたように、一言付け足しました。
「よく奇岩の変化に気づいてくれた。お陰で不意打ちを喰らわずに済んだぜ。ありがとよ」
「は、はいっ!」
その冒頓の一言で、王柔の表情は、救われたように明るくなったのでした。
その頃には、オオノスリが大きく旋回する空の下で、砂煙が上がっているのが、護衛隊や交易隊の各員にもわかるようになってきていました。
ドドド、ドドドド、ドドドドド・・・・・・。
何かが大地を揺るがしながら、交易隊に向って、一塊になってつっ込んできているのです。
「交易隊は、右へ後退だ!」
冒頓は、交易隊に対して、右手に開いた護衛隊の後ろにつくように指示を出しました。
交易隊の正面から突っ込んでくる敵を引き込んで、あらかじめ右と左に開いていた護衛隊で挟撃をすると同時に、交易隊は右手の護衛隊の後ろに下がって安全を確保しようというのです。
この大胆な作戦が取れたのには、冒頓が言うように、あらかじめ王柔の報告があったため、進路の先を観察し相手の動きを察知できたことが、大きく貢献していたのでした。
「あ、あれ? 確かに奇岩が転がっているのが、見えたはずなんだけどな。ここはまだヤルダンの手前で、奇岩なんかがあるはずがないし、きっと何かおかしなことになっていると思ったんだけどな・・・・・・」
実際のところ、苑が報告したのは「誰かが潜んでいるという危険はなさそうだ」というだけで、ヤルダンの奇岩がどうということには、全く触れていないのです。でも、王柔に取っては、苑の報告は自分の報告を全て打ち消すもののように、聞こえたのでした。
「すみません、冒頓殿・・・・・・。ひょっとしたら、僕の見間違いなのかも・・・・・・」
「何言ってんだ、王柔」
おずおずと、王柔は冒頓に話しかけました。
でも、冒頓は、急に自信を無くして小さくなってしまった、王柔の謝罪の言葉を受け入れませんでした。
「お前なぁ、もう少し自分を信じてやれよ。誰もお前の見たということを疑ってやしねぇぜ。ほら、見てみろよ、お前よりもお嬢ちゃんの方が、よっぽどお前の言葉を信じているじゃねぇか」
冒頓の言葉のとおり、王柔が見上げた駱駝の上では、先程まで機嫌よく鼻歌を歌っていた理亜が、行く先にある何かを恐れるかのように、すっかりと黙って身を固くしていました。
「ど、どうしたの、理亜。前の方に何か見えるのかい」
王柔の問いかけに、理亜は前方から目を離さないまま、答えました。いえ、彼女はなにかに怯えているかのようで、そこから目を離せないようなのでした。そして、その声は、小さくて、震えていました。
「オージュ、なにか、怖い。前、なにか、怖い・・・・・・」
「ほらな、お嬢ちゃんは、ちゃんとわかってる。・・・・・・どうだ、小苑!」
冒頓は自分でも目を細めて前方を見やりながら、もう一度苑に確認をしました。
「空風は、誰も見つけてない様っす。盗賊は潜んでませんっ」
「わかった、小苑。わかった・・・・・・、わかっ、た・・・・・・」
視界に何か変わったものがないか集中するにつれ、冒頓の言葉は小さくなっていきました。
突然。
冒頓の身体は、馬上でピンと伸ばされ、右手が大きく掲げられました。
「見えた!! 前方から、敵が来るぞ! お前ら油断するなよ、あちらさんは、いつも相手にしているような奴らじゃなさそうだ。いいか、お前らっ!」
「死んだら終わりだからなっ!!」
「死んだら終わりですから!!」
予め手筈は決められていたのでしょう。冒頓の号令に、護衛隊の者は声を合わせたかと思うと、騎乗の者のおおよそ半数は右に、残りの半数は左に、そして、徒歩のものは中央で交易隊を守る形にと、一斉に動き出しました。
騎乗したままで交易隊と共に中央に残っている護衛隊の者は、冒頓、苑、そして、羽磋などのわずかなものだけになりました。
「王柔! お前は交易隊の一番真ん中に理亜を連れて下がれ。いいか、自分の一番大事なものは、絶対に守れよ!」
「は、はい、勿論です! でも、冒頓殿、敵って・・・・・・。小苑は何も潜んでいないって言ってますが」
「小苑が言ってるのは、野盗が潜んでいないっていうことだけだ。お前は、ヤルダンの奇岩が、あるはずのないところにあるのを見たんだろうが。そもそも、俺たちが相手にしているのは、そのヤルダンの奇岩だぜ? 王花の盗賊団の奴らも、奇岩に襲われたって言ってたろうが」
「あ・・・・・・、そう、でした・・・・・・」
「わかったら、とっとと下がれ! あ・・・・・・と」
王柔には、物事をどんどんと悪い方向に考えてしまう癖がある一方で、恐ろしいものからは目を背けてしまうという傾向もあるのかも知れません。
不思議なことがヤルダンで起きていることは、理亜の身体に起きていること、王花の盗賊団が襲われたことから、はっきりとわかっていたはずなのに、「ここで自分たちが奇岩に襲われる」という危険を、現実的なものとして捉えられていなかったのでした。
「ヤルダンに不思議なことが起きていて、あるはずのないところにまで奇岩が溢れている。何かがおかしい」とまでは感じていたのに、彼の中では「襲われる」という現実的な危険は、「野盗」というやはり現実の存在にしか、結びつけられていなかったのでした。
自分の考えの至らなさに自分でも驚き、そして、落胆した様子の王柔に下がるように命令した冒頓は、思いだしたように、一言付け足しました。
「よく奇岩の変化に気づいてくれた。お陰で不意打ちを喰らわずに済んだぜ。ありがとよ」
「は、はいっ!」
その冒頓の一言で、王柔の表情は、救われたように明るくなったのでした。
その頃には、オオノスリが大きく旋回する空の下で、砂煙が上がっているのが、護衛隊や交易隊の各員にもわかるようになってきていました。
ドドド、ドドドド、ドドドドド・・・・・・。
何かが大地を揺るがしながら、交易隊に向って、一塊になってつっ込んできているのです。
「交易隊は、右へ後退だ!」
冒頓は、交易隊に対して、右手に開いた護衛隊の後ろにつくように指示を出しました。
交易隊の正面から突っ込んでくる敵を引き込んで、あらかじめ右と左に開いていた護衛隊で挟撃をすると同時に、交易隊は右手の護衛隊の後ろに下がって安全を確保しようというのです。
この大胆な作戦が取れたのには、冒頓が言うように、あらかじめ王柔の報告があったため、進路の先を観察し相手の動きを察知できたことが、大きく貢献していたのでした。
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