月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第113話

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「羽磋殿のような方にそんな風に言われると、なんだか恥ずかしくなってしまいますね。僕はもう、ほんと駄目駄目で・・・・・・」
「なにをおっしゃっているんですか、王柔殿はそのように案内人の赤い布を巻いて、立派にヤルダンの案内人を務めていらっしゃますし、それに」
 羽磋は、のんびりと鞍の上で揺られている理亜の方を見やって、続けました。
「理亜を保護されたことだって、とても立派だったと思います。僕にも守りたい人がいるので、何かお気持ちがわかるようで・・・・・・。いえ、王柔殿のように、しっかりとそれができるかどうか、不安でいっぱいなんですが、絶対に頑張りたいと思っているんです」
「そうですか・・・・・・、そうおっしゃっていただけると、本当に嬉しいです。そうか、僕でも、なにかできてたんですね」
「そうですよ、理亜が奴隷の立場から救われたのは、王柔殿の頑張りのお陰ですよ」
「でも、そのせいで理亜の身体があんな風になってしまったのかも・・・・・・。そう思うと、僕のしたことは本当に良かったのか、と思ってしまうんです」
 また、物事の暗い側面に目を向けようとする王柔の意識を、羽磋は理亜の方へ向けさせました。
「いいですか、王柔殿。ほら、理亜を見てくださいよ」
「理亜を、ですか」
 王柔と羽磋の横で駱駝に揺られている理亜は、機嫌が良さそうに、鼻歌を歌っていました。
「ぶんぶーん、はんぶんナノ。はんぶんぶぶん、ぶーん・・・・・・、ン、オージュ、なに?」
 二人が自分を見上げていることに気がついた理亜は、小首をかしげて彼らを見下ろしました。その頭巾の下に覗いている顔には、のんびりとしたあどけない笑みが浮かんでおり、心配や恐れは少しも表れていないのでした。そして、その柔らかな頬には風粟の病の兆候である紅斑もなければ、それに罹患し回復した時にできる痘痕も全くないのでした。
「うん、落ちないように気をつけてな、理亜」
「アイ丈夫だよー、ほら、あ、あやっやああ」
「おいおいおいっ。はしゃぐと危ないって。理亜。落ちそうになっても、支えてあげられないんだから」
「はーい。気を付けマース」
 自分を気遣って声をかけてくれることが嬉しいのか、理亜は鞍上ではしゃいでしまいました。もっとも、そのせいで体勢を崩して、王柔のお小言を喰らう羽目になってしまうのでしたが。
 理亜の身体は、自分の服や椅子、鞍や駱駝などは透り抜けません。ただ他人を、透り抜けるのです。そのため、万が一鞍の上から理亜が落ちそうになっても、王柔が彼女を支えてあげることができなので、彼はその点を常に心配しているのでした。
「理亜は、元気そうですよ、王柔殿」
「あ、はい、そうですね。ちょっと元気過ぎて、心配になりますけど」
「ええ、ですから、王柔殿が理亜のためにされたことは、良かったんです」
「そう、ですか・・・・・・」
「ええ、そうです。良かったんです!」
 羽磋は、力強く言い切りました。
 彼の中には、確信があったのでした。
 確かに、いまの理亜の身体の状態は、とても不思議な状態となっています。でも、彼女が浮かべている微笑みは、とても、安心しきった幸せそうなものです。そして、そのような微笑みこそが、輝夜姫の心配事を取り除いた暁に、彼女に浮かべてほしいと羽磋が願っている表情そのものなのです。
 ですから、たとえ今の身体の状態がどのようなものであったとしても、そのような微笑みを浮かべられる理亜が幸せでないわけはない、そして、そのように彼女に感じさせる王柔の行動は、決して間違ったものではない、羽磋にはそのように思えるのでした。

 
「先頭は、何やら楽しそうだなぁ。どうだ、小苑、お前も話に加わってくるか?」
「え、いいんすか! え、いやいや、遠慮しとくっす。いまは、仕事中っすから」
 交易隊の真ん中で、先頭の二人を遠目に見ながら話をしているのは、冒頓と苑でした。冒頓は、苑が羽磋と仲が良いのを知っていたので、王柔と羽磋の親密な様子をネタに、彼をからかっているのでした。
 苑としても、土光村に来るまでの間とても仲良くしていた羽磋を、王柔に取られたような気がして、穏やかな気持ちではなかったのです。冒頓の言葉に乗って前に出ようとする自分の身体を止めるのに、苦労しなければなりませんでした。
 何故って、今は周囲の警戒のために、オオノスリの空風を飛ばしている最中なのです。自分の相棒を放っておいて、おしゃべりをしに行くわけにはいかないではありませんか。
 複雑な表情をしながら上空を仰ぎ見ている苑を、冒頓は如何にも楽しそうな表情で見つめていました。その表情は、弟のようにかわいがっている苑にちょっかいを出して愉しむ気持ちと、彼がしっかりと自分の仕事を遂行していることに対する感心が、合わさったものなのでした。
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