月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第109話

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「本当に助かりましたよ、交結殿。秦で偽物を掴まされたのはこの私の失態ですが、このようにして御門殿への協力の姿勢を見せることができれば、それはそれで良しとできるでしょう」
 小野が「偽物」と知りながらも、本物の「火ねずみの皮衣」を発見したように交結に報告したのは、御門への協力の姿勢を見せるためでした。
 もちろん、本当に本物の「火ねずみの皮衣」を手に入れたとすれば、それは阿部以外の誰にも知られないように、秘中の秘としたに違いありません。
 しかし、今回は荷が「偽物」であることを知っているのですから、そのような、御門の不信を招くような危ない行いをする必要がないのです。月の民の善良なる臣民として、単于たる御門の指示にしたがえばよいのです。なぜならば、そうしておくことによって、本当に「秘密」ができたときにも、疑いを持たれずに済むと期待できるのですから。
「万が一にも阿部殿に疑いがかからないように、貴方の改め印もいただく事ができましたし、今回はこれで満足するといたしましょう。ラクダ草を探しているところで鼓草を見つけたとしても、がっかりすることはない。駱駝にではなく、羊にそれを与えればよい、ということですね」
 交結の屋敷を出る小野の表情は、とても柔和で善良な交易商人のものでしたが、太陽が大地に描き出した彼の影は、大地を溶かしてできたと見間違うような、くっきりとして黒々としたものでした。



 小野が今回の交易で秦を訪れた際に手に入れたのが、交結に見せた「火ねずみの皮衣」でした。その毛皮は、小野もこれまで見たことがないようなとてもい珍しいものだったので、彼自身も「これこそがあの月の巫女の祭器なのだ」と信じ、大金を支払って、月の民へ持ち帰ってきたのでした。
「早く阿部殿に報告をし、喜んでいただきたい」
 その小野の急く気持ちを打ち砕いたのが、秦からの帰路の途中、讃岐村で会った大伴だったのでした。
 小野が讃岐村を訪れたのは、交易隊の休息や補給のためでした。
 天候が安定している秋のこの時期は、通常であれば大伴は遊牧に出ていて、讃岐村にはおりません。大友が讃岐村を訪れていたのは、多くの年を重ねたために、遊牧に出ることに身体が耐えられなくなった族長の元を訪れて、彼に羽の成人と留学の許可を得るためでした。
 二人がここで出会ったのは、まさに精霊の導きとしか言いようのない、偶然でした。
 大友も小野も、阿部の指示の下で、月の巫女を月に還すために活動をしている仲間です。二人は、この偶然こそ、自分たちの活動を精霊が祝福してくれている証だと、肩をたたき合って喜んだのでした。
 その場で、大友が小野に頼んだことは、「自分の息子である羽が成人と留学を認められたので、小野の交易隊の一員として、阿部の元へ送り届けてほしい」というものでした。ゴビの砂漠を単騎で長距離移動することは非常に困難なので、この偶然がなければ、羽はしばらくの間、讃岐村に交易隊が通りかかるのを、待たなくてはならないところだったのでした。
 一方で、小野が大伴に頼んだことは、自分が秦で手に入れた「火ねずみの皮衣」の真贋の鑑定でした。
 なぜ、月の巫女でもなく、祭祀を司る秋田でもない大伴に、小野はそのような頼みごとをしたのでしょうか。
 それは、大友が自分の革袋から取り出した、あるものに理由がありました。
 大友が取り出したもの、それは「兎の面」でした。
 その面はまぎれもなく、烏達渓谷の戦いで秋田が顔を覆っていた、あの面でした。
 大伴はその兎の面をかぶり、小野から受け取った「火ねずみの皮衣」をじっと見つめることで、それが「偽物」であることを見破ったのでした。
 実は、その「兎の面」は、それを被ったものが面の細く開かれた目から外を見ると、精霊の力の働きが見て取れるという、とても不思議な力を持っているのでした。つまり、この面を被って小野が秦から持ち帰った「火ねずみの皮衣」を調べたところ、それに精霊の力が働いていないことが大伴には見て取れた、というわけなのでした。
 この面は、祭祀を行う際などに秋田が顔につけているものでした。
 秋田とは特定の人物の名前ではなく、月の民の中で、月の巫女や精霊に関連した祭祀を司る一族のことを指します。ですから、この「兎の面」も一つだけではなく、複数が存在しています。
 しかし、本来は秋田以外の者が、この兎の面を持っているはずがないのです。もちろん、大伴は秋田に連なるものではありません。彼は、ある男から、その面を譲り受けていたのでした。
 そして、今。
 その時に大伴が顔に当てていた「兎の面」は、ある若い男が持っているのでした。
 面の裏にある「大伴」という名の下に彼の名を彫って、大友がそれを手渡した若い男は、交易の中継地として栄える土光村の代表者の屋敷を出たところで、ゆっくりと伸びをして、身体の緊張をほぐしていました。
「ああ、空一面に、見事な羊雲だ」
 大友から渡された革袋を持ったその若い男、秋空に浮かぶ綿雲を羊に見立てて、懐かしそうな顔をしている若い男、それは、羽磋なのでした。
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