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月の砂漠のかぐや姫 第90話
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王花はまだ何か言いたそうにしている羽磋を目で制すると、その問題について語りだしました。
ところどころに冗談を挟みながら、主に羽磋に対して王花が話した内容は、次のようなものでした。
ヤルダンは土光村と吐露村の間にあります。その中では、風が砂岩を削って作りだした奇妙な岩が、ゴビと高台が迷路のように入り組んだ地形を飾り立てるかのように林立しています。この複雑な地形は盗賊が待ち伏せを行うにはまさにうってつけで、そこを通る交易隊はすべての岩の陰に注意を向け続けなければなりません。
また、ゴビには巨大な竜がその尾で大地を叩き割ったかのような、大きな割れ目が幾つも口を開けていて、強い風がそこを吹き抜けるたびに、誰かが泣いているような、あるいは、悪霊が呼ぶような声が湧いてくるのです。
そのため、ここを通り抜けようとする交易隊は、ゴビを旅するときの苦労だけでなく、盗賊への恐怖、さらには、精神的な疲れにも、耐え続けなければならないのでした。
しかし、そのように特別な場所だからこそ、盗賊団をヤルダンから追い払い、交易隊の先頭に立ってヤルダンの道案内をする、王花の盗賊団の存在価値が上がるのだとも言えます。
王花は、交易隊の休憩場所、そして、ヤルダンを通るための案内依頼を受ける場所として、吐露村と土光村のそれぞれに酒場を開いていました。ヤルダンを東から西へ抜けようとする者は土光村、その逆の者は吐露村にある王花の酒場で案内人を雇えば、ヤルダンを安全に通ることが出来るように体勢を整えていたのでした。
この体制を維持するための肝は三つありました。それは、酒場、案内人、そして、王花の盗賊団でした。酒場は依頼を受ける場所、案内人は実際にヤルダンを案内する者であり生きた通行手形でもありました。そして、王花の盗賊団は、その実力を持って他の盗賊団がヤルダンに進入することを阻止し、同時に、案内人を雇わない交易隊につけを払わせるという役割を持っていました。ですから、王花の盗賊団は、案内を乞う交易隊の通行のあるなしに関わらず、ヤルダンの見回りを行っているのでした。
ヤルダンの問題が最初に現れたのは、その見回りの時だったのでした。
理亜が王花の酒場に迎え入れられてから数日が過ぎても、理亜の身体に起きている不思議な現象は続いていて、王花と王柔はその解決策を知る者がいないか、土光村中を忙しく駆け回っていたのでした。
「王花さん、理亜の身体は一体どうなってしまったんでしょう」
「アタシに聞かれてもわからないよ、王柔。ただ、村の長老でも判らないぐらい不思議なこととなると、後は・・・・・・そうだね、この村には月の巫女はいないから、精霊の子に尋ねるぐらしかないね」
暗い話を聞かせて理亜に心配をかけないようにと、酒場の奥の小部屋に籠って、王柔と王花は頭を抱えていました。自分の妹のように理亜のことを心配する王柔はもちろんですが、王花は一度自分の下に受け入れた者は、それこそ家族のように思い大切にする女でしたから、この数日間二人の心の大部分を占め続けていたのは、理亜の事だったのでした。
その時、二人が小さな声で話す言葉しか存在していなかった小部屋の中に、酒場の方で理亜が上げた驚き叫ぶ大きな声が、乱暴に飛び込んできました。
「キャアッ! あなた、大丈夫デスカッ? どうしたんデスカ? オージュ! 王花サンッ!」
「また理亜に何かあったのかも知れない」と顔を見合わせたかと思うと、急いで小部屋を飛び出した王花と王柔が目にしたのは、酒場の机に突っ伏したり、あるいは、床に座り込んだりしている男たち、全身の至る所に乾いた血がこびりついた、疲れ切って感情を失くしているような男たちだったのでした。
「どうしたんだい、王兼(オウケン)! 王碧(オウヘキ)! それに、王徳(オウトク)たちまで!」
一体何が起こっているのか、王花には判りませんでした。自分の目の前で生気を失くしている男たちは、王花の盗賊団の男たち、自分と同じく王の字を名の一部とする、家族同然の者たちでした。この男たちは、交易隊の案内を主な仕事としている王柔とは違い、他の盗賊団との争いや案内を請わない交易隊への襲撃を仕事としている、いわゆる荒事担当の男たちでした。
この男たちは、数日前から縄張りの確認のためにヤルダンの巡回に出ていたはずだったのですが・・・・・・。
王花は机に突っ伏している男の肩を乱暴に抱いて、その身体を引き起しました。細身のその男の背中では、頭布の下から腰の方まである長い髪が揺れていましたが、それは血で固まってゴワゴワした房になっていました。素早くその様子を見て取った王花は、彼らの身体に傷があったとしても既に血は止まっていて、たちまち命の危険があるような状態ではないことを察するのでした。しかし。それにしても。いったい何があったというのでしょうか。
めったなことでもないと、アタシの盗賊団の男たちが、アタシの家族が、後れを取るわけがないじゃないか。王花の心は、大風に吹かれるナツメヤシの枝のように、大きく揺れ動くのでした。
「王碧、王碧! しっかりおしっ。いったい何があったんだいっ」
ところどころに冗談を挟みながら、主に羽磋に対して王花が話した内容は、次のようなものでした。
ヤルダンは土光村と吐露村の間にあります。その中では、風が砂岩を削って作りだした奇妙な岩が、ゴビと高台が迷路のように入り組んだ地形を飾り立てるかのように林立しています。この複雑な地形は盗賊が待ち伏せを行うにはまさにうってつけで、そこを通る交易隊はすべての岩の陰に注意を向け続けなければなりません。
また、ゴビには巨大な竜がその尾で大地を叩き割ったかのような、大きな割れ目が幾つも口を開けていて、強い風がそこを吹き抜けるたびに、誰かが泣いているような、あるいは、悪霊が呼ぶような声が湧いてくるのです。
そのため、ここを通り抜けようとする交易隊は、ゴビを旅するときの苦労だけでなく、盗賊への恐怖、さらには、精神的な疲れにも、耐え続けなければならないのでした。
しかし、そのように特別な場所だからこそ、盗賊団をヤルダンから追い払い、交易隊の先頭に立ってヤルダンの道案内をする、王花の盗賊団の存在価値が上がるのだとも言えます。
王花は、交易隊の休憩場所、そして、ヤルダンを通るための案内依頼を受ける場所として、吐露村と土光村のそれぞれに酒場を開いていました。ヤルダンを東から西へ抜けようとする者は土光村、その逆の者は吐露村にある王花の酒場で案内人を雇えば、ヤルダンを安全に通ることが出来るように体勢を整えていたのでした。
この体制を維持するための肝は三つありました。それは、酒場、案内人、そして、王花の盗賊団でした。酒場は依頼を受ける場所、案内人は実際にヤルダンを案内する者であり生きた通行手形でもありました。そして、王花の盗賊団は、その実力を持って他の盗賊団がヤルダンに進入することを阻止し、同時に、案内人を雇わない交易隊につけを払わせるという役割を持っていました。ですから、王花の盗賊団は、案内を乞う交易隊の通行のあるなしに関わらず、ヤルダンの見回りを行っているのでした。
ヤルダンの問題が最初に現れたのは、その見回りの時だったのでした。
理亜が王花の酒場に迎え入れられてから数日が過ぎても、理亜の身体に起きている不思議な現象は続いていて、王花と王柔はその解決策を知る者がいないか、土光村中を忙しく駆け回っていたのでした。
「王花さん、理亜の身体は一体どうなってしまったんでしょう」
「アタシに聞かれてもわからないよ、王柔。ただ、村の長老でも判らないぐらい不思議なこととなると、後は・・・・・・そうだね、この村には月の巫女はいないから、精霊の子に尋ねるぐらしかないね」
暗い話を聞かせて理亜に心配をかけないようにと、酒場の奥の小部屋に籠って、王柔と王花は頭を抱えていました。自分の妹のように理亜のことを心配する王柔はもちろんですが、王花は一度自分の下に受け入れた者は、それこそ家族のように思い大切にする女でしたから、この数日間二人の心の大部分を占め続けていたのは、理亜の事だったのでした。
その時、二人が小さな声で話す言葉しか存在していなかった小部屋の中に、酒場の方で理亜が上げた驚き叫ぶ大きな声が、乱暴に飛び込んできました。
「キャアッ! あなた、大丈夫デスカッ? どうしたんデスカ? オージュ! 王花サンッ!」
「また理亜に何かあったのかも知れない」と顔を見合わせたかと思うと、急いで小部屋を飛び出した王花と王柔が目にしたのは、酒場の机に突っ伏したり、あるいは、床に座り込んだりしている男たち、全身の至る所に乾いた血がこびりついた、疲れ切って感情を失くしているような男たちだったのでした。
「どうしたんだい、王兼(オウケン)! 王碧(オウヘキ)! それに、王徳(オウトク)たちまで!」
一体何が起こっているのか、王花には判りませんでした。自分の目の前で生気を失くしている男たちは、王花の盗賊団の男たち、自分と同じく王の字を名の一部とする、家族同然の者たちでした。この男たちは、交易隊の案内を主な仕事としている王柔とは違い、他の盗賊団との争いや案内を請わない交易隊への襲撃を仕事としている、いわゆる荒事担当の男たちでした。
この男たちは、数日前から縄張りの確認のためにヤルダンの巡回に出ていたはずだったのですが・・・・・・。
王花は机に突っ伏している男の肩を乱暴に抱いて、その身体を引き起しました。細身のその男の背中では、頭布の下から腰の方まである長い髪が揺れていましたが、それは血で固まってゴワゴワした房になっていました。素早くその様子を見て取った王花は、彼らの身体に傷があったとしても既に血は止まっていて、たちまち命の危険があるような状態ではないことを察するのでした。しかし。それにしても。いったい何があったというのでしょうか。
めったなことでもないと、アタシの盗賊団の男たちが、アタシの家族が、後れを取るわけがないじゃないか。王花の心は、大風に吹かれるナツメヤシの枝のように、大きく揺れ動くのでした。
「王碧、王碧! しっかりおしっ。いったい何があったんだいっ」
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