月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
上 下
91 / 352

月の砂漠のかぐや姫 第90話

しおりを挟む
 王花はまだ何か言いたそうにしている羽磋を目で制すると、その問題について語りだしました。
 ところどころに冗談を挟みながら、主に羽磋に対して王花が話した内容は、次のようなものでした。


 ヤルダンは土光村と吐露村の間にあります。その中では、風が砂岩を削って作りだした奇妙な岩が、ゴビと高台が迷路のように入り組んだ地形を飾り立てるかのように林立しています。この複雑な地形は盗賊が待ち伏せを行うにはまさにうってつけで、そこを通る交易隊はすべての岩の陰に注意を向け続けなければなりません。
 また、ゴビには巨大な竜がその尾で大地を叩き割ったかのような、大きな割れ目が幾つも口を開けていて、強い風がそこを吹き抜けるたびに、誰かが泣いているような、あるいは、悪霊が呼ぶような声が湧いてくるのです。
 そのため、ここを通り抜けようとする交易隊は、ゴビを旅するときの苦労だけでなく、盗賊への恐怖、さらには、精神的な疲れにも、耐え続けなければならないのでした。
 しかし、そのように特別な場所だからこそ、盗賊団をヤルダンから追い払い、交易隊の先頭に立ってヤルダンの道案内をする、王花の盗賊団の存在価値が上がるのだとも言えます。
 王花は、交易隊の休憩場所、そして、ヤルダンを通るための案内依頼を受ける場所として、吐露村と土光村のそれぞれに酒場を開いていました。ヤルダンを東から西へ抜けようとする者は土光村、その逆の者は吐露村にある王花の酒場で案内人を雇えば、ヤルダンを安全に通ることが出来るように体勢を整えていたのでした。
 この体制を維持するための肝は三つありました。それは、酒場、案内人、そして、王花の盗賊団でした。酒場は依頼を受ける場所、案内人は実際にヤルダンを案内する者であり生きた通行手形でもありました。そして、王花の盗賊団は、その実力を持って他の盗賊団がヤルダンに進入することを阻止し、同時に、案内人を雇わない交易隊につけを払わせるという役割を持っていました。ですから、王花の盗賊団は、案内を乞う交易隊の通行のあるなしに関わらず、ヤルダンの見回りを行っているのでした。
 ヤルダンの問題が最初に現れたのは、その見回りの時だったのでした。
 理亜が王花の酒場に迎え入れられてから数日が過ぎても、理亜の身体に起きている不思議な現象は続いていて、王花と王柔はその解決策を知る者がいないか、土光村中を忙しく駆け回っていたのでした。
「王花さん、理亜の身体は一体どうなってしまったんでしょう」
「アタシに聞かれてもわからないよ、王柔。ただ、村の長老でも判らないぐらい不思議なこととなると、後は・・・・・・そうだね、この村には月の巫女はいないから、精霊の子に尋ねるぐらしかないね」
 暗い話を聞かせて理亜に心配をかけないようにと、酒場の奥の小部屋に籠って、王柔と王花は頭を抱えていました。自分の妹のように理亜のことを心配する王柔はもちろんですが、王花は一度自分の下に受け入れた者は、それこそ家族のように思い大切にする女でしたから、この数日間二人の心の大部分を占め続けていたのは、理亜の事だったのでした。
 その時、二人が小さな声で話す言葉しか存在していなかった小部屋の中に、酒場の方で理亜が上げた驚き叫ぶ大きな声が、乱暴に飛び込んできました。
「キャアッ! あなた、大丈夫デスカッ? どうしたんデスカ? オージュ! 王花サンッ!」
 「また理亜に何かあったのかも知れない」と顔を見合わせたかと思うと、急いで小部屋を飛び出した王花と王柔が目にしたのは、酒場の机に突っ伏したり、あるいは、床に座り込んだりしている男たち、全身の至る所に乾いた血がこびりついた、疲れ切って感情を失くしているような男たちだったのでした。
「どうしたんだい、王兼(オウケン)! 王碧(オウヘキ)! それに、王徳(オウトク)たちまで!」
 一体何が起こっているのか、王花には判りませんでした。自分の目の前で生気を失くしている男たちは、王花の盗賊団の男たち、自分と同じく王の字を名の一部とする、家族同然の者たちでした。この男たちは、交易隊の案内を主な仕事としている王柔とは違い、他の盗賊団との争いや案内を請わない交易隊への襲撃を仕事としている、いわゆる荒事担当の男たちでした。
 この男たちは、数日前から縄張りの確認のためにヤルダンの巡回に出ていたはずだったのですが・・・・・・。
 王花は机に突っ伏している男の肩を乱暴に抱いて、その身体を引き起しました。細身のその男の背中では、頭布の下から腰の方まである長い髪が揺れていましたが、それは血で固まってゴワゴワした房になっていました。素早くその様子を見て取った王花は、彼らの身体に傷があったとしても既に血は止まっていて、たちまち命の危険があるような状態ではないことを察するのでした。しかし。それにしても。いったい何があったというのでしょうか。
 めったなことでもないと、アタシの盗賊団の男たちが、アタシの家族が、後れを取るわけがないじゃないか。王花の心は、大風に吹かれるナツメヤシの枝のように、大きく揺れ動くのでした。
「王碧、王碧! しっかりおしっ。いったい何があったんだいっ」
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

処理中です...