月の砂漠のかぐや姫

くにん

文字の大きさ
上 下
89 / 345

月の砂漠のかぐや姫 第88話

しおりを挟む
「ひょっとしたら、精霊の力が関係しているのかも知れませんね・・・・・・」
 注意深く、羽磋はその言葉をテーブルの上に載せました。月の民にとって精霊とは自分たちと祖を同じくしている兄弟で、紛れもなく現実の存在でした。とはいえ、それは大自然と同様に捉えどころのない存在であって、唄や儀式で感謝や祈りを捧げることはあっても、その力を具体的な何かに利用しようとする考えや企てはありませんでした。そう、御門が烏達渓谷の戦いで行った儀式の他は。
 羽磋は大伴から聞き、御門が積極的に精霊の力を利用しようとしていて、そのために、月の巫女を道具として使おうとしていることを知っていました。もちろん、羽磋や大伴や阿部は、それには反対の立場です。でも、他の人がどのように考えているかはわかりませんし、ひょっとしたら、自分では考えてもいなかったところに、御門側の人間がいる恐れさえあるのです。例えば、遊牧隊で羽磋や輝夜姫と共に暮らしていた至篤です。彼女は御門に対して使いを出して、竹姫(輝夜姫)がオアシスで月の巫女の力を使ったことを伝えていました。
 ですから、羽磋は精霊の話や月の巫女の話をするときには、相手の顔色の変化などを注意深く観察して、相手がどちら側の人間なのかを見極めようとしているのでした。
「精霊の力か。ああ、そうだな。その可能性は充分にあるんじゃねえか」
 羽磋が机に載せた言葉に真っ先に反応したのは、冒頓でした。
「今回は月の巫女は関係ないかも知れないけど、その祭器が関わっている可能性はあるわね」
「私もそう思います、王花殿。何らかの祭器がそこにあって、精霊の力を高めているのではないでしょうか。だからこそ、理亜のことの他に、あのようなことも起こり得たのだと考えます」
 冒頓の言葉に、王花や小野も続きました。
 自分の言葉に対して小部屋にいる面々がどのように反応するかを窺おうと、気を張っていた羽磋が拍子抜けするほどあっさりと、冒頓や王花は、精霊の力、それに、月の巫女に関しての考えを口に上らせるのでした。そして、大伴が「月の巫女の秘密を共有している」と話していた小野までもが、月の巫女のことを秘することなく、口に上らせていたのでした。
「ああ、羽磋殿。そんなに心配そうな顔をして。大丈夫です、安心してください」
 よほど、羽磋が心配そうな顔をしていたのでしょう。小野は自分の意見を述べるのを小休止して、机の反対側の羽磋の方へ、気を配りました。
「この王花の盗賊団は、もともと阿部殿が作られたものです。そして、われら交易隊もそうです。それらはヤルダンの管理や東方・西方との交易という役割を持っていますが、それと同時に、月の巫女の力に関する調査、とりわけ、その祭器の収集という役割も持っているのです。もちろん、そちらの方は秘かな役割としてですが」
「ああそうだ。俺たちも阿部殿には恩を受けているからな。協力してるのさ。どうやら、月の民の人間よりは、俺たち外部の人間の方が信用が置けるらしいぜ、この件に関してはな。おっと、だが、この件を知っているのは、俺とこの超克までだからな。まちがっても、小苑にこのことを話しちゃいけないぜ、羽磋」
 冒頓も、羽磋に事情を説明しました。
 小野の説明の通り、この部屋に集まっている王花の盗賊団、小野の交易隊、その護衛隊の頭目たちは、阿部の指示の元で、月の巫女に関しての調査活動などを行っているのでした。
 確かに、ヤルダンは交通の要所であり、ここを通る交易隊は、事実上すべての隊が王花の盗賊団に案内を依頼する必要がありますから、月の民だけでなく各国の情報が、王花の盗賊団に入ってきます。それに、小野の交易隊は東方の秦や西方のパルティアまで、交易のために旅をしていますから、月の巫女の儀式で使われるという祭器を探すには、最適の者たちと言えるでしょう。阿部は、御門という月の民の単于(王)の力の影響を受けないように、自らが育てた部下を慎重に配置することで、月の巫女に関する情報や祭器の収集に関して、独自の探索網を構築していたのでした。
「そうだったのですか・・・・・・」
 そのような事情を知らなかった羽磋は、一気に自分の肩が軽くなったような気がしました。大伴は「小野と月の巫女の秘密を共有している」という説明だけで、息子に充分な情報が伝わったと考えていたようですが、息子の方は、誰にどこまで話してよいのかわからず、そして、それを相談する相手もおらずに、思い悩んでいたのでした。
「だから羽磋殿、月の巫女の力の調査に関して、アタシたちは協力できる。ま、はっきり言うと、仲間さ。アンタも大伴殿と同じ考えなんだろう?」
「そう、そうです。私も父と同じように、月の巫女が月に還れるようにしたいと思っているのです」
「なら、アタシたちは、仲間さ。なぁ小野、冒頓」
 羽磋の言葉を両手をあげて歓迎した王花は、小野と冒頓に笑顔で同意を求めました。それに対して、小野は真面目な顔で頷くことで、冒頓はにやっと笑って杯を掲げてみせることで答えるのでした。
しおりを挟む
感想 43

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ファンタスティック・ノイズ

O.T.I
ファンタジー
自称、どこにでもいる高校生のユウキは、通学中に『妖精』を目撃する。 同じく『妖精』を目撃した幼馴染のスミカと、もう一人の幼馴染でオカルトマニアのレンヤと共に、不思議な体験の謎を解明しようと調査に乗り出した。 その謎の中心には『千現神社』の存在。 調査を進めるうちに三人は更なる不思議な体験をすることになる。 『千の現が交わる場所』で三人が見たものとは。 そして、調査を進めるうちに大きな事件に巻き込まれるユウキたち。 一夏の冒険譚の幕が上がる。

処理中です...