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月の砂漠のかぐや姫 第83話
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その日の午後のことです。
羽磋たちは、土光村の一角にある王花の酒場で杯を傾けていました。ようやく、一連の搬入作業が終了したことから、最低限の人数は駱駝や天幕の管理のために村の外に残す必要がありましたが、それ以外の隊員や護衛隊の者が、この酒場に集まっているのでした。
太陽は頂点を過ぎたものの、まだ辺りを明るく照らしているのですが、彼らは全く気にするそぶりを見せません。
なぜなら、月の民に限らず遊牧民族が活動するのは、祭りなどの例外を除けば、太陽が昇った時から沈むときまでなのが普通だからでした。それは、陽が沈んでから活動するためには、松明や燭台などが必要となりますが、油が貴重品なのは言うまでもなく、松明に使用する木そのものが砂漠やゴビでは貴重品だからなのでした。もっとも一般的に用いられる燃料は家畜の糞を乾燥したもの、それが遊牧民族の生活なのでした。
交易隊が進む長い交易路のほとんどは、灼熱、乾燥そして強風にさらされるゴビや砂漠などの厳しい環境です。未だ最終目的地である吐露(トロ)村に辿り着いたわけではないものの、土光村に一旦荷を降ろしてしばらくの間は、この地に留まることになります。その間は、ゴビや砂漠に出なくてよい、ただその一点だけで、彼らにとっては休暇に等しく感じられるのでした。
ですから、この酒盛りは休暇の前の仕事の打ち上げとでも言うべきもので、小野の交易隊の隊員は店の前の通りにまであふれて、仕事に区切りがついた解放感と久しぶりに飲むアルヒと呼ばれる蒸留酒の酔いに、身を任せていました。
王花の酒場は、もともとは倉庫として使われていた、しっかりとした日干し煉瓦造りの建物でした。大きな戸は今は開け放たれていました。小野の交易隊の護衛を行っているものは、冒頓の部下たち、つまり、匈奴の男たちでしたが、交易隊の隊員は肸頓(キドン)族の者が多かったので、杯が重なっていくにつれて、その建物からは、吐露(トロ)村や王論(オウロン)村に伝わる唄、あるいは、肸頓族の生活地を高いところから見守っている聖なる山、天山(テンザン)山脈にまつわる唄などが流れてくるのでした。
もちろん、気持ちよく酒を酌み交わしている男たちの中には、この酒場に連れてきてもらうことを楽しみにしていた小苑の姿もありました。
宴が始まった頃は、小苑は羽磋と一緒に飲んでいました。始めは羽磋の勧めるとおりに飲みなれた乳酒を中心にし、初めて飲む強い酒であるアルヒは少しずつ試していた小苑でしたが、やはり、アルヒは相当に強い酒のようで、酔いが回るにつれていつもとは違う一面が出てきていました。
「いいすか、羽磋殿、も一回、始めから!」
「あ、あぁ。えーと、戻れがピー。行けがピーピー。太陽の方角がピーピーピー・・・・・・」
「違うっす。やり直し」
「ええ、どこが違うんだよっ」
「だから何度も言ってるじゃないっすか。ピーが戻れ、来い。ピーピーが、行け、探せ。ピッが太陽の方角、ピッピッが太陽に向かって右、ピッピッピッが太陽の反対、ピッピッピッピッが太陽に向って左っす。それに・・・・・・」
「待て待て、えーと。難しいなぁ」
「なんすか、羽磋殿。羽磋殿は、羽磋殿は、空風が可愛くないんすか、空風は、空風は俺が雛の頃から育てた可愛い奴で、俺の兄弟なんすよ。小さい頃は大変だったんですよ、小鳥やネズミを捕って来ては、食べやすいようにちい・・・・・・」
「あー、わかったわかった! ほら、行けがピーだろ、戻れがピピーで・・・・・」
「違うっす、やり直し」
すっかり目が座ってしまった小苑の厳しい指導で、羽磋は小野から酒場の奥に来るように声をかけられたころには、小苑の相棒のオオノスリである空風に指笛で送る合図を、一通り叩き込まれていたのでした。
「やれやれ・・・・・。小苑の奴、酒癖が悪いなぁ。空風は自分の指笛にしか反応しないって自慢していた癖にさ。これを俺が覚えて、どうしろというんだよ」
羽磋が首をひねりながら酒場の奥の方へ消えていくと、それまでは羽磋に遠慮していたのか声をかけてこなかった交易隊の男たちが、次々と小苑のところに集まってきました。
「おう小苑。あの隘路ではお疲れさん。ほら、呑めよ」
「あざっすっ、いただくっす。空風も頑張ったっすよ」
「おおそうだ、空風に乾杯で・・・・・・もういっちょ」
「あざっすっ」
「おや、小苑。アルヒは初めてだって? それじゃぁ、もっと呑まないとなぁ。俺からも注がせてもらうぜ、ほらほら」
「あざっす、あざっすっっ」
「おやぁ小苑、先輩に注いでもらうのは、杯を空にしてからだぞぉ」
「すんませんっ。・・・・・・フゥ、よし、いただくっす」
小苑は交易隊の皆から可愛がられていたので、誰もがアルヒを勧めたいようでした。もっとも、彼らもしたたかに酔いが回っているようで、小苑がどれほど酒を飲んでいるのか気を配る様子がありませんでした。そして、小苑に飲み方を教えるつもりだった羽磋が中座してしまったため、小苑も、杯に指を浸し、その指を額に当てるという、「もう結構です」という仕草を知りませんでした。
自分の限界も知らずに、その場の楽しい雰囲気に流されて、初めて飲む強い酒を注がれるままに飲む小苑・・・・・・。しばらくすると、交易隊員は肩を組んで「ゴビを行く交易隊」や「帰りを待つあの娘」等の唄を陽気に歌い出すのですが、その頃には小苑は前後不覚で机に突っ伏してしまっていたのでした。
羽磋たちは、土光村の一角にある王花の酒場で杯を傾けていました。ようやく、一連の搬入作業が終了したことから、最低限の人数は駱駝や天幕の管理のために村の外に残す必要がありましたが、それ以外の隊員や護衛隊の者が、この酒場に集まっているのでした。
太陽は頂点を過ぎたものの、まだ辺りを明るく照らしているのですが、彼らは全く気にするそぶりを見せません。
なぜなら、月の民に限らず遊牧民族が活動するのは、祭りなどの例外を除けば、太陽が昇った時から沈むときまでなのが普通だからでした。それは、陽が沈んでから活動するためには、松明や燭台などが必要となりますが、油が貴重品なのは言うまでもなく、松明に使用する木そのものが砂漠やゴビでは貴重品だからなのでした。もっとも一般的に用いられる燃料は家畜の糞を乾燥したもの、それが遊牧民族の生活なのでした。
交易隊が進む長い交易路のほとんどは、灼熱、乾燥そして強風にさらされるゴビや砂漠などの厳しい環境です。未だ最終目的地である吐露(トロ)村に辿り着いたわけではないものの、土光村に一旦荷を降ろしてしばらくの間は、この地に留まることになります。その間は、ゴビや砂漠に出なくてよい、ただその一点だけで、彼らにとっては休暇に等しく感じられるのでした。
ですから、この酒盛りは休暇の前の仕事の打ち上げとでも言うべきもので、小野の交易隊の隊員は店の前の通りにまであふれて、仕事に区切りがついた解放感と久しぶりに飲むアルヒと呼ばれる蒸留酒の酔いに、身を任せていました。
王花の酒場は、もともとは倉庫として使われていた、しっかりとした日干し煉瓦造りの建物でした。大きな戸は今は開け放たれていました。小野の交易隊の護衛を行っているものは、冒頓の部下たち、つまり、匈奴の男たちでしたが、交易隊の隊員は肸頓(キドン)族の者が多かったので、杯が重なっていくにつれて、その建物からは、吐露(トロ)村や王論(オウロン)村に伝わる唄、あるいは、肸頓族の生活地を高いところから見守っている聖なる山、天山(テンザン)山脈にまつわる唄などが流れてくるのでした。
もちろん、気持ちよく酒を酌み交わしている男たちの中には、この酒場に連れてきてもらうことを楽しみにしていた小苑の姿もありました。
宴が始まった頃は、小苑は羽磋と一緒に飲んでいました。始めは羽磋の勧めるとおりに飲みなれた乳酒を中心にし、初めて飲む強い酒であるアルヒは少しずつ試していた小苑でしたが、やはり、アルヒは相当に強い酒のようで、酔いが回るにつれていつもとは違う一面が出てきていました。
「いいすか、羽磋殿、も一回、始めから!」
「あ、あぁ。えーと、戻れがピー。行けがピーピー。太陽の方角がピーピーピー・・・・・・」
「違うっす。やり直し」
「ええ、どこが違うんだよっ」
「だから何度も言ってるじゃないっすか。ピーが戻れ、来い。ピーピーが、行け、探せ。ピッが太陽の方角、ピッピッが太陽に向かって右、ピッピッピッが太陽の反対、ピッピッピッピッが太陽に向って左っす。それに・・・・・・」
「待て待て、えーと。難しいなぁ」
「なんすか、羽磋殿。羽磋殿は、羽磋殿は、空風が可愛くないんすか、空風は、空風は俺が雛の頃から育てた可愛い奴で、俺の兄弟なんすよ。小さい頃は大変だったんですよ、小鳥やネズミを捕って来ては、食べやすいようにちい・・・・・・」
「あー、わかったわかった! ほら、行けがピーだろ、戻れがピピーで・・・・・」
「違うっす、やり直し」
すっかり目が座ってしまった小苑の厳しい指導で、羽磋は小野から酒場の奥に来るように声をかけられたころには、小苑の相棒のオオノスリである空風に指笛で送る合図を、一通り叩き込まれていたのでした。
「やれやれ・・・・・。小苑の奴、酒癖が悪いなぁ。空風は自分の指笛にしか反応しないって自慢していた癖にさ。これを俺が覚えて、どうしろというんだよ」
羽磋が首をひねりながら酒場の奥の方へ消えていくと、それまでは羽磋に遠慮していたのか声をかけてこなかった交易隊の男たちが、次々と小苑のところに集まってきました。
「おう小苑。あの隘路ではお疲れさん。ほら、呑めよ」
「あざっすっ、いただくっす。空風も頑張ったっすよ」
「おおそうだ、空風に乾杯で・・・・・・もういっちょ」
「あざっすっ」
「おや、小苑。アルヒは初めてだって? それじゃぁ、もっと呑まないとなぁ。俺からも注がせてもらうぜ、ほらほら」
「あざっす、あざっすっっ」
「おやぁ小苑、先輩に注いでもらうのは、杯を空にしてからだぞぉ」
「すんませんっ。・・・・・・フゥ、よし、いただくっす」
小苑は交易隊の皆から可愛がられていたので、誰もがアルヒを勧めたいようでした。もっとも、彼らもしたたかに酔いが回っているようで、小苑がどれほど酒を飲んでいるのか気を配る様子がありませんでした。そして、小苑に飲み方を教えるつもりだった羽磋が中座してしまったため、小苑も、杯に指を浸し、その指を額に当てるという、「もう結構です」という仕草を知りませんでした。
自分の限界も知らずに、その場の楽しい雰囲気に流されて、初めて飲む強い酒を注がれるままに飲む小苑・・・・・・。しばらくすると、交易隊員は肩を組んで「ゴビを行く交易隊」や「帰りを待つあの娘」等の唄を陽気に歌い出すのですが、その頃には小苑は前後不覚で机に突っ伏してしまっていたのでした。
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