月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第82話

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 そんな羽磋を見つめる小野のまなざしは、とても暖かなものでした。
 ゴビや砂漠を一人で渡るということは、その必要とされる装備や食料までも一人で管理・運搬することであって、とても大変です。そのため、何らかの目的でゴビや砂漠を移動しようとするものは、複数の人数からなる隊を組むか、あるいは、交易隊などの既に存在する隊に同行させてもらうことが多いのでした。
 これまでに何度も、小野は自分の交易隊に留学の徒が同行する経験をしてきていました。その中には「自分は留学の徒で選ばれた存在だ」として、交易隊の者たちを下に見るような者もあったのです。また、同行者の中には「お客さん」のように振舞って、交易隊員と自分との間に線を引く者が多かったのも事実でした。積極的に隊に溶け込み、色々なものを吸収したいとして質問をしてくる羽磋のような男は、むしろ珍しい存在なのでした。
「大伴殿の息子というからにはしっかりとした若者だろうと思っていたが、なるほど、好感の持てる男だ。本当に良かった。阿部殿の為にも羽磋殿の為にも」
 小野は自分が羽磋に好感を持っていることを自覚し、それを嬉しく思っていました。以前から小野は、大伴をよく知っていました。そして、小野はこの交易の途中でも大伴に会い、羽磋を交易隊に同行させて阿部の元へ連れて行って欲しい、そして、月の巫女に関わる企ての一員に加えてやって欲しいと、直接頼まれていたのでした。
 小野は阿部の部下です。阿部の下で交易隊の隊長として活動をしています。阿部は小野を非常に信頼していますが、それと同時に、小野は阿部を非常に崇拝していました。小野は阿部の役に立つことを自分の喜びとしていましたが、それと同時に、阿部の役に立たないものを排除することも自分の役割と心得ていたのでした。
 小野は放牧への協力を申し出た羽磋に、丁寧に断りを入れました。それには、羽磋が留学の徒であることへの遠慮ではなく、別の思惑があったのでした。
「お気遣いありがとうございます、羽磋殿。ですが、羽磋殿に放牧に参加していただく必要はございませんよ。それよりも、羽磋殿に、是非お願いしたいことがありまして・・・・・・」
「なんでしょう、私でお役に立つことなら何なりと」
「実は、交易路に困ったことが生じていると言う情報がありまして。それには・・・・・・」
 小野はさりげない様子で、羽磋の耳元に自分の顔を寄せました。
「月の巫女の力が関わっている可能性があるのです」
「ええっ」
 羽磋は驚いた様子で、何でもない様子で仕事に戻っていく小野の顔を見つめました。
 ここで「月の巫女」の話が出るとは、羽磋は全く想像もしていなかったのでした。確かに、大伴は「小野とも月の巫女の秘密を共有している」と話していました。羽磋も交易隊と合流した時から、いつか小野と月の巫女について話す機会あればと願っていました。でも、まさか、このような交易の荷の管理の場で、そのような話が出るとは考えていなかったのでした。
「羽磋殿にご相談したい交易路の障害については、後ほど改めて詳しくお話いたします。そうですね、本日の荷の整理が終わった際にでも」
 この場ではこれ以上話をする気がない、次々と運び込まれる荷の整理を再開した小野の態度は、羽磋にそう物語っていました。羽磋としては非常に気になるものの、小野がそのような態度をとる以上、ここで話を急くことはできませんでした。
「この荷の整理がつけば搬入も一段落つきます。そうしたら、王花の酒場で慰労会ですよ。小苑も楽しみにしているようですし、今日中に終わらせてあげないといけませんからね。もちろん、楽しみにしているのは私も同じですけどね、ハハハッ」
 小野は冗談めかしてそう付け加えると、指示を出すために倉庫の中を歩きだしました。小野にとっては気分をほぐすための冗談だったのかもしれませんが、羽磋にとっては小野の「月の巫女の力」という言葉が気になって仕方がないのでした。
「そうですね、ハハハ・・・・・・」
 小さく応えた彼の言葉は、彼にしては珍しく、気持ちのこもっていない単なる追従になっていたのでした。
「月の巫女の力・・・・・・」
 羽磋は大伴から聞いた話を思い出していました。かつて、先代の月の巫女弱竹(ナヨタケ)姫は、その力を使い烏達(ウダ)渓谷を吹きわたる風の向きを変えて、月の民と匈奴の戦いに決着をつけたそうです。そして、バダインジャラン砂漠では、輝夜姫が自分たちをハブブの竜巻から護るために、その力の一片を・・・・・・。
 「月の巫女」と名乗る、あるいは、呼ばれる存在は、なにも輝夜姫だけではなく、それぞれの部族や村などにもいました。ただ、月の民の中で祭祀を司る秋田、兎の面をつけ全身を長い衣で覆った彼らが、正式に「月の巫女」と認めた存在は、実は弱竹姫が最後で今はいないのでした。ですから、大伴達が弱竹姫を「先代の」と呼ぶのは、正しい呼び方ではないのですが、輝夜姫を月の巫女として認めているところから、自然とそういう呼び方になっているのでした。
「そうだ、俺はそもそも何のために旅に出たんだ。しっかりしろ、羽磋」
 羽磋は留学の徒として交易隊と同行するこの旅、自分の知らない土地へ行き新しい経験をするこの旅を、いつの間にか楽しいと感じている自分を恥じました。
 本当は、恥じる必要などないのかも知れません。大きな目的を忘れたわけでは、決してないのですから。でも、そういう不器用とも言えるまじめさを持つ男、それが羽磋なのでした。
 羽磋は心の中で自分に活を入れながら、今は少しでも小野のやっていることを覚えようと、倉庫の中を歩き回る彼の後を追うのでした。

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