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月の砂漠のかぐや姫 第81話
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物語は、再び元の時間に戻ります。
王柔たちが土光村に着いてから約一月後のこと、小野の交易隊も無事に土光村に到着しました。
小野の交易隊は非常に規模が大きかったので、小野は前もって先触れを出していました。先触れとは、本体に先立って土光村に入り、なじみの倉庫業者、食料や水を取り扱う業者に、自分たちが到着することを告げて、必要な調整を行う役目の者のことです。
それは、通信手段がないこの時代ならでは、また、大規模な交易隊を率いる経験が豊富な小野ならではの周到な心配りでした。
その先触れの者が調整をしていてくれたおかげで、交易隊が村に到着した後は、円滑に事が運びました。駱駝や荷車は村の周囲で待たされることなく、話をつけてあった倉庫に次々と荷を下ろすことができました。そして、荷を下ろした駱駝や荷車は、次の駱駝等に場所を開けるために、すぐに村の外へ連れ出されていくのでした。一つの倉庫が荷で一杯になると、頑丈な金具付きのかんぬきを扉にかけて、倉庫主と小野のそれぞれが、金具に錠をかけるのでした。
ゴビを行進中は護衛隊と行動を共にしていた羽磋でしたが、見分を広げられるようにという小野の配慮により、村に入ってからは小野と行動を共にしていました。
羽磋の出身部族である貴霜(クシャン)族も、讃岐村という日干し煉瓦造りの建物からなる根拠地を持っていますが、この土光村はそれとは比べることが出来ないほど規模が大きい村でした。村に入ってからずっと、物珍しそうにあたりをきょろきょろと見まわしている羽磋の横で、小野は慣れたように次々と必要な指示を部下に出して行くのでした。
いくら前触れの者が調整をしていたと言っても、実際に大規模な交易隊が到着した後には、決めなければいけないことが、大きなものから小さなものまでたくさん出てきます。頭をひねりながら小野に指示を仰ぎに来る者たちは、小野の丁寧な言葉遣いによる指示を受けると、すぐに明るい表情になって持ち場に戻っていくのでした。背丈は羽磋と変わらないほどの小柄な男ですが、彼はとても優れた事務処理能力を持ち、人心を上手に操る術を心得ているのでした。
「どうして、それぞれが錠をかけるのですか」
ガチリと鈍い音を立てて錠が閉まると、部下が小野に鍵を渡しました。その横では同じように倉庫主がかんぬきに錠をかけていました。一つのかんぬきに二つの錠。その不思議な光景を見た羽磋は、小野に尋ねるのでした。
「ああ、これですか」
小野は、手元の鍵を見つめながら答えました。小野の交易隊は大規模なものですから、荷を預けた倉庫はたくさんあり、小野の手元にはたくさんの鍵が集まって束となっていました。おそらく、倉庫主の手元にも、同じような鍵の束があるはずでした。
「要は、安全のためですね。この村の倉庫主を信頼して荷を預ける訳です。この倉庫は外部の者が盗みに入ることができないような造りになっていますが、そもそも扉に錠をかけた倉庫主が盗みに入ったということになれば、その頑丈な造りは役に立ちません。なぜならば、錠の鍵を持っているわけですから。ですから、私たちの側でも、錠をかけているのですよ」
「成程。でも、それを、信用されていないと受け取る倉庫主も、いるのではないでしょうか」
「いえいえ、羽磋殿。倉庫主もこの方が良いのです。もちろん、倉庫に収める際に、どのような荷を収めたのかお互いに確認をするのですが、それに間違いがないとは限りません。万が一、倉庫から荷物を引き取るときに、荷物が足りないと言うことがあったとしても、このようにそれぞれが錠をかけて、倉庫主も荷を預けた者も勝手に扉を開けることが出来ないようにしていれば、倉庫内で紛失や盗難があった訳ではない、引き取り時に確認できない荷は始めから倉庫には入れられていなかった、と言えますからね」
「ははぁ、よく考えられていますねっ」
羽磋は、思わず手を打ちました。遊牧生活では様々な経験を積んでいる羽磋でしたが、このようなことは、全く想像もしたことがありませんでした。
「小野殿、もう一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
「良いですよ、羽磋殿。何なりとご質問ください」
興味津々という面持ちで質問をしてくる羽磋に対して、小野は嫌な顔も見せずに丁寧に答えました。小野が忙しくないわけではありません。この間にも、次々と部下から報告を受け、それに対して指示を与えているのですが、彼の羽磋に対する丁寧な態度には変わりはありませんでした。これは、小野が誰に対するときにも丁寧に振舞う男だということもあるのですが、やはり、同じ交易隊で過ごす間に羽磋の真っすぐな裏表のない言動が感じられて、小野の中に羽磋に対する好意が形作られてきたということもあるからでした。
「荷は倉庫の中で預かってもらうとして、駱駝や荷車それに交易隊の人たちは、どうされるのですか」
「一つ目のオアシスで皆が話していましたが、基本的には、人や駱駝たちは、この近くで放牧のような形で過ごします。水や食料の補給にも時間がかかりますし、他の交易路を通ってきた隊とも交易を行いたいです。しばらくの間、この地に留まることになりますから、人や駱駝は自活してもらいます。村の中で彼らを養うことにすると、たくさんの経費が掛かりますからね。ハハハッ」
「そうですか、駱駝の放牧であれば、お役に立てると思います。是非お手伝いさせてください」
羽磋は自分の手伝えそうな領分を発見すると、勢い良く助力を申し出ました。
王柔たちが土光村に着いてから約一月後のこと、小野の交易隊も無事に土光村に到着しました。
小野の交易隊は非常に規模が大きかったので、小野は前もって先触れを出していました。先触れとは、本体に先立って土光村に入り、なじみの倉庫業者、食料や水を取り扱う業者に、自分たちが到着することを告げて、必要な調整を行う役目の者のことです。
それは、通信手段がないこの時代ならでは、また、大規模な交易隊を率いる経験が豊富な小野ならではの周到な心配りでした。
その先触れの者が調整をしていてくれたおかげで、交易隊が村に到着した後は、円滑に事が運びました。駱駝や荷車は村の周囲で待たされることなく、話をつけてあった倉庫に次々と荷を下ろすことができました。そして、荷を下ろした駱駝や荷車は、次の駱駝等に場所を開けるために、すぐに村の外へ連れ出されていくのでした。一つの倉庫が荷で一杯になると、頑丈な金具付きのかんぬきを扉にかけて、倉庫主と小野のそれぞれが、金具に錠をかけるのでした。
ゴビを行進中は護衛隊と行動を共にしていた羽磋でしたが、見分を広げられるようにという小野の配慮により、村に入ってからは小野と行動を共にしていました。
羽磋の出身部族である貴霜(クシャン)族も、讃岐村という日干し煉瓦造りの建物からなる根拠地を持っていますが、この土光村はそれとは比べることが出来ないほど規模が大きい村でした。村に入ってからずっと、物珍しそうにあたりをきょろきょろと見まわしている羽磋の横で、小野は慣れたように次々と必要な指示を部下に出して行くのでした。
いくら前触れの者が調整をしていたと言っても、実際に大規模な交易隊が到着した後には、決めなければいけないことが、大きなものから小さなものまでたくさん出てきます。頭をひねりながら小野に指示を仰ぎに来る者たちは、小野の丁寧な言葉遣いによる指示を受けると、すぐに明るい表情になって持ち場に戻っていくのでした。背丈は羽磋と変わらないほどの小柄な男ですが、彼はとても優れた事務処理能力を持ち、人心を上手に操る術を心得ているのでした。
「どうして、それぞれが錠をかけるのですか」
ガチリと鈍い音を立てて錠が閉まると、部下が小野に鍵を渡しました。その横では同じように倉庫主がかんぬきに錠をかけていました。一つのかんぬきに二つの錠。その不思議な光景を見た羽磋は、小野に尋ねるのでした。
「ああ、これですか」
小野は、手元の鍵を見つめながら答えました。小野の交易隊は大規模なものですから、荷を預けた倉庫はたくさんあり、小野の手元にはたくさんの鍵が集まって束となっていました。おそらく、倉庫主の手元にも、同じような鍵の束があるはずでした。
「要は、安全のためですね。この村の倉庫主を信頼して荷を預ける訳です。この倉庫は外部の者が盗みに入ることができないような造りになっていますが、そもそも扉に錠をかけた倉庫主が盗みに入ったということになれば、その頑丈な造りは役に立ちません。なぜならば、錠の鍵を持っているわけですから。ですから、私たちの側でも、錠をかけているのですよ」
「成程。でも、それを、信用されていないと受け取る倉庫主も、いるのではないでしょうか」
「いえいえ、羽磋殿。倉庫主もこの方が良いのです。もちろん、倉庫に収める際に、どのような荷を収めたのかお互いに確認をするのですが、それに間違いがないとは限りません。万が一、倉庫から荷物を引き取るときに、荷物が足りないと言うことがあったとしても、このようにそれぞれが錠をかけて、倉庫主も荷を預けた者も勝手に扉を開けることが出来ないようにしていれば、倉庫内で紛失や盗難があった訳ではない、引き取り時に確認できない荷は始めから倉庫には入れられていなかった、と言えますからね」
「ははぁ、よく考えられていますねっ」
羽磋は、思わず手を打ちました。遊牧生活では様々な経験を積んでいる羽磋でしたが、このようなことは、全く想像もしたことがありませんでした。
「小野殿、もう一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
「良いですよ、羽磋殿。何なりとご質問ください」
興味津々という面持ちで質問をしてくる羽磋に対して、小野は嫌な顔も見せずに丁寧に答えました。小野が忙しくないわけではありません。この間にも、次々と部下から報告を受け、それに対して指示を与えているのですが、彼の羽磋に対する丁寧な態度には変わりはありませんでした。これは、小野が誰に対するときにも丁寧に振舞う男だということもあるのですが、やはり、同じ交易隊で過ごす間に羽磋の真っすぐな裏表のない言動が感じられて、小野の中に羽磋に対する好意が形作られてきたということもあるからでした。
「荷は倉庫の中で預かってもらうとして、駱駝や荷車それに交易隊の人たちは、どうされるのですか」
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「そうですか、駱駝の放牧であれば、お役に立てると思います。是非お手伝いさせてください」
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