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月の砂漠のかぐや姫 第79話
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土光村は、月の民の勢力圏の中ではほとんど見られない、大規模な建物が並ぶ村でした。それらは日干し煉瓦を積み上げて作られた土色の建物で、一様に四角い形をしていました。その建物のほとんどは人が暮らすためのものではなく、交易品を保管するための倉庫でした。そのため、それらの建物の入口は高く大きく作られていて、駱駝や荷車が荷物を積んだまま中に入ることが出来るように考慮されていました。建物の扉はとても分厚い木で作られていて、大きな金具がついたかんぬきで留めることが出来るようになっていました。倉庫を管理しているのはこの村の人間で、この村に留まる交易隊は彼らと契約をして、倉庫に荷物を預けるのでした。その荷物を必要に応じて市場に並べて、他の交易路を進んできた者たちと荷を交換することにより、より多くの種類の物を持ち帰ることが出来るのでした。交易の中心として栄えているこの村は、遊牧隊の宿営地のように移動することに利点はなく、むしろ、盗難防止のために頑丈な建物が必要とされたので、遊牧民族の国の中では極めて異例の倉庫が立ち並ぶ村となったのでした。この土光村と同じような村は、ゴビと草原に広がっている月の民の国の中で、西域との交易路の途中にある吐露(トロ)村、土光村から南に下ったところにあってタクラマカン砂漠南側の交易路の中継地になっている王論(オウロン)村だけでしたが、それらの村はすべて阿部の肸頓(キドン)族に属していましたから、肸頓族がどれだけ交易に長けているかが、そこからもよくわかるというものでした。
倉庫と倉庫の間には、各地から集まった交易隊や村の近くで遊牧を行っている者たちを目当てにして、食べ物や飲み物、また、紐や鞍などを売る者が、ぎっしりと天幕を張っていました。勿論その中には武器を売る者もおりますし、中には、護衛隊員として自分を売り込もうとする者までいるものですから、売り込みの声やそれに応じる客の声などで、それはそれは、大変な喧騒なのでした。
遊牧隊の宿営地とはとても比べることのできないほど広い範囲に広がっている土光村の外周部は、高い土塀で固められていました。これは、砂漠オオカミなどから村を護るためでもありますし、盗賊団に対しての備えという意味もありました。一時的にせよ、安心して荷を預けることが出来る場所、他の交易隊との交流が持てる中継基地、それが土光村なのでした。
「・・・・・・ああ。今頃、理亜はどうしているだろうか・・・・・・」
夕方が近くなり、土光村の中心部では夕餉を売り込もうとする商売女の大きな声が飛び交っていましたが、王柔が肩を落としてぼんやりとゴビの赤茶色の景色を眺めているところ、村の土壁の外側には、その声も届いてはいませんでした。
あれから二日が経っていました。
行進を再開した寒山の交易隊は、急いだかいがあって何とか日の沈む前にヤルダンを抜けることができていました。ヤルダンの外で野営をしたあとは、次の日の昼過ぎには、もともとの計画通りにこの土光村に入ることが出来たのでした。
彼らの目的地はまだまだ東の方であり、この地で他の交易隊とのやり取りを行うつもりもなかったので、食料や水などの補給のために一日を費やすと、彼らはさっそく次の目的地に向かって出発していきました。もちろん、駱駝の背に載せた荷物と連につないだ奴隷たちと一緒にです。
王柔はヤルダンを抜けるために雇われた案内人ですから、昨日の昼過ぎに彼らが無事にこの土光村に辿り着いた時に、その役割を終えていました。
簡単なねぎらいの言葉と契約の証の木札を寒山から受け取り、雨積からの「あんまり、気にするなよ」という言葉を背で受けて、王柔は交易隊を離れたのでした。
本来ならば王柔はその足で王花の酒場に行き、木札を王花に見せて仕事が終わったことを報告しなければいけませんでした。
でも、どうしても、彼はそのような気持ちにはなれなかったのでした。
仕事が無事に終わった・・・・・・、それは間違いがないのです。王柔の仕事は、露土村から土光村まで、寒山の交易隊が無事にヤルダンを通れるように案内することを含めて、彼らを導くことでしたから。寒山の言い方を借りれば、「荷の一つに損失が生じたが、これは仕方がないものだ」ということになりますし、そもそも、病気の発生については、王柔に責任があるはずはありません。彼は堂々と、仕事をやり遂げたことを報告することが出来るはずでした。
でも、どうしても、どうしても、自分が仕事をやり遂げた、と言う報告をすることが、彼にはできなかったのでした。
なんど思い返してみても、あのようにするしかなかったと思うのです。でも、思い出すたびに、彼の胸は酷く痛むのでした、理亜のことを思い出すたびに。彼女が最後に見せた「どうして王柔が自分の手を離すのかわからない」とでもいうような、不思議そうな表情を思い出すたびに。
どうすればよかったのか、どうにかしようがなかったのか、どうにもならないにしても・・・・・・せめて、もっとなにか・・・・・・。理亜、今頃、どうしているのか・・・・・・。ごめんよ、ごめんよ・・・・・・。
王柔の目に映っているのは、自分の歩く先ではなくて、最初は自分のことを警戒していたものの、なんども話をするうちに心を開いてくれた奴隷の少女、理亜の笑顔、そして、別れ際の苦しさと不思議さがあいまったあの表情だったのでした。
それゆえに自然と彼の足が向かったのは、王花の酒場ではなく、村の出入口だったのでした。
彼は、村の外に出ると、土壁にもたれたりそこらの岩に腰かけたりしながら、西の方をずっと眺めて、その日を過ごしたのでした。それどころか、日が沈み月が昇り、さらに次の日の朝がやってきたときも、彼はその場所から西の方角、自分が通ってきたヤルダンの方角、つまり、自分が理亜を置いてきた方角を、じっと眺めていたのでした。
その姿はまるで、ヤルダンに立つ奇岩「母を待つ少女」のようでした。
倉庫と倉庫の間には、各地から集まった交易隊や村の近くで遊牧を行っている者たちを目当てにして、食べ物や飲み物、また、紐や鞍などを売る者が、ぎっしりと天幕を張っていました。勿論その中には武器を売る者もおりますし、中には、護衛隊員として自分を売り込もうとする者までいるものですから、売り込みの声やそれに応じる客の声などで、それはそれは、大変な喧騒なのでした。
遊牧隊の宿営地とはとても比べることのできないほど広い範囲に広がっている土光村の外周部は、高い土塀で固められていました。これは、砂漠オオカミなどから村を護るためでもありますし、盗賊団に対しての備えという意味もありました。一時的にせよ、安心して荷を預けることが出来る場所、他の交易隊との交流が持てる中継基地、それが土光村なのでした。
「・・・・・・ああ。今頃、理亜はどうしているだろうか・・・・・・」
夕方が近くなり、土光村の中心部では夕餉を売り込もうとする商売女の大きな声が飛び交っていましたが、王柔が肩を落としてぼんやりとゴビの赤茶色の景色を眺めているところ、村の土壁の外側には、その声も届いてはいませんでした。
あれから二日が経っていました。
行進を再開した寒山の交易隊は、急いだかいがあって何とか日の沈む前にヤルダンを抜けることができていました。ヤルダンの外で野営をしたあとは、次の日の昼過ぎには、もともとの計画通りにこの土光村に入ることが出来たのでした。
彼らの目的地はまだまだ東の方であり、この地で他の交易隊とのやり取りを行うつもりもなかったので、食料や水などの補給のために一日を費やすと、彼らはさっそく次の目的地に向かって出発していきました。もちろん、駱駝の背に載せた荷物と連につないだ奴隷たちと一緒にです。
王柔はヤルダンを抜けるために雇われた案内人ですから、昨日の昼過ぎに彼らが無事にこの土光村に辿り着いた時に、その役割を終えていました。
簡単なねぎらいの言葉と契約の証の木札を寒山から受け取り、雨積からの「あんまり、気にするなよ」という言葉を背で受けて、王柔は交易隊を離れたのでした。
本来ならば王柔はその足で王花の酒場に行き、木札を王花に見せて仕事が終わったことを報告しなければいけませんでした。
でも、どうしても、彼はそのような気持ちにはなれなかったのでした。
仕事が無事に終わった・・・・・・、それは間違いがないのです。王柔の仕事は、露土村から土光村まで、寒山の交易隊が無事にヤルダンを通れるように案内することを含めて、彼らを導くことでしたから。寒山の言い方を借りれば、「荷の一つに損失が生じたが、これは仕方がないものだ」ということになりますし、そもそも、病気の発生については、王柔に責任があるはずはありません。彼は堂々と、仕事をやり遂げたことを報告することが出来るはずでした。
でも、どうしても、どうしても、自分が仕事をやり遂げた、と言う報告をすることが、彼にはできなかったのでした。
なんど思い返してみても、あのようにするしかなかったと思うのです。でも、思い出すたびに、彼の胸は酷く痛むのでした、理亜のことを思い出すたびに。彼女が最後に見せた「どうして王柔が自分の手を離すのかわからない」とでもいうような、不思議そうな表情を思い出すたびに。
どうすればよかったのか、どうにかしようがなかったのか、どうにもならないにしても・・・・・・せめて、もっとなにか・・・・・・。理亜、今頃、どうしているのか・・・・・・。ごめんよ、ごめんよ・・・・・・。
王柔の目に映っているのは、自分の歩く先ではなくて、最初は自分のことを警戒していたものの、なんども話をするうちに心を開いてくれた奴隷の少女、理亜の笑顔、そして、別れ際の苦しさと不思議さがあいまったあの表情だったのでした。
それゆえに自然と彼の足が向かったのは、王花の酒場ではなく、村の出入口だったのでした。
彼は、村の外に出ると、土壁にもたれたりそこらの岩に腰かけたりしながら、西の方をずっと眺めて、その日を過ごしたのでした。それどころか、日が沈み月が昇り、さらに次の日の朝がやってきたときも、彼はその場所から西の方角、自分が通ってきたヤルダンの方角、つまり、自分が理亜を置いてきた方角を、じっと眺めていたのでした。
その姿はまるで、ヤルダンに立つ奇岩「母を待つ少女」のようでした。
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