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月の砂漠のかぐや姫 第68話
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遊牧と並んで交易を主な生業とする阿部たち肸頓族にとって、ヤルダンに複数の盗賊団が出入りし、そこを安全に通ることが出来なくなる事が一番困ります。本来は、税を徴収しその代わりに安全を保障するのは「国」の仕事なのですが、月の民という「国」は、複数の遊牧民族の緩やかな集合体であり、政治の中央に位置する人々の指示が国の隅々にまで届くような制度は存在していないのでした。ましてや、遊牧民族は一部の根拠地を除けば、定住はしないものですし、常設の軍隊など存在していません。王花の盗賊団がヤルダンを管理することによって、そこに一定の秩序が保たれるのであれば、彼らにとっても、それはありがたいことなのでした。
逆に考えれば、王花の盗賊団の立ち位置は、非常に魅力のあるものと言えました。当然のことながら、盗賊が交易隊から交易品を略奪しようとすれば、交易隊は略奪されまいとして護衛隊を雇って備えます。ですから、盗賊団の者たちは、命の糧を得るために、常に命がけで事を行わなければならないのでした。
仮に、首尾よく略奪に成功し続けたとしても、それが良いことばかりをもたらすわけではないのでした。常設の警察組織、軍隊は存在しないとはいえ、族長がひとたび盗賊を討伐することを決意すれば、一族の男ども全てが武器を手に立ち上がる、それが遊牧民族ですから、目立ちすぎると月の民全体を敵に回すことになりかねないのです。如何に戦うことに長けた盗賊たちであっても、一族全体と戦うことになれば、生き残ることが難しいのは、深く考えるまでもない自明のことなのでした。
さらに、そもそも、生産活動を一切行わない盗賊団は、略奪した交易品を水や食料に変えないことには生きていけません。戦う以前に、一族全体を敵に回して、孤立して生きていくことはできないのです。
もし、盗賊団があまりに派手に立ち回り、月の民の力ある部族の長に睨まれるようなことがあれば・・・・・・、彼らは、一族全体を敵に回して戦って果てるか、あるいは、食料と水を絶たれて果てるか、いずれにしても、月に還ることなくゴビの土となるまで、それほど長い時間はかからないと思われるのでした。
そのような点から考えても、王花の盗賊団は、既に、ヤルダンを管理する肸頓族の社会の一部として組み込まれていますから、一族を敵に回す心配はせずに、他の盗賊団との縄張り争いにだけ注意していればいいのです。もはや、王花の盗賊団は、盗賊団とは名乗ってはいても、他の盗賊団とは立ち位置が根本的に異なる存在となっているのでした。
「おう、王柔さんよっ。ヤルダンに入ってからだいぶ経つと思うんだが、あと、どれぐらいでここを抜けられるんだ」
交易隊の男は、王柔に向けていらだった様子で問いかけました。王柔のように態度には表さないものの、やはり交易隊の男たちも、このヤルダンの持つ異様な雰囲気、「自分たちが過ごしている世界とは似ているけれども何かが異なる世界」を歩いているような奇妙な感覚に、苦しんでいたのでした。
吐露村を出てから十数日間、王柔は「生きる通行証」として、この交易隊と共に歩いてきました。その道中、王柔のひょろっと細長い弱々しい体格と、そのオドオドした態度を見た交易隊の男たちから、やれ「あのうわさに聞く王花の盗賊団から派遣される男は、どれほどの猛者かと思ったら・・・・・・」だの、やれ「最後までしっかりと歩けるんだろうな、こっちは金払っているんだからな」だの、さらには、「今からでも変えてもらえないか?」だのと、からかいや揶揄の言葉を投げかけられていました。ですから、王柔は、自分と同じように、交易隊の男たちがヤルダンを恐々と見渡して首をすくめるのを見ると、何やら嬉しくなってくるのでした。
「もうじき、ヤルダンは抜けられると思いますが・・・・・・。でも、雨積(ウセキ)さん、やっぱりヤルダンは恐ろしいでしょう? ねっ、何か違いますよねぇ」
「ば、ばかやろうっ。なにも恐ろしいことなんかないぜ。ただよ、心配なんだよ。早くヤルダンを抜けて、土光村に着かないと、ほら、荷の方がなぁ」
いつもからかいの対象にしていた王柔からまぜっかえされた交易隊の先導役は、顔を真っ赤にしながら、列の後ろの方を顎で指しました。その動きにつられるように、王柔も後ろを振り返りました。すると、それまでの王柔の砕けた表情は直ぐに消えて、何かを心配するような真剣な表情が浮かび上がってきました。それは、雨積が心配する「荷」について、王柔も心配をつのらせていたからでした。
道案内を務める王柔と雨積は、交易隊の先頭を歩いていました。彼らの後ろには、荷を積んだ駱駝とその横を歩く男たちが、長い列を作っていました。この交易隊は、小野の交易隊よりかなり規模の小さい交易隊ではありますが、それでも駱駝の数は数十頭にのぼりました。
この交易隊と小野の交易隊の大きな違いは、交易隊の一番後ろを足を引きずるようにして歩く人たちの存在でした。
汚れたり破れたりしたみすぼらしい衣類。ボサボサに振り乱した髪。そして、生気のない肌にうつろな目。頭布を巻いたものは一人もいません。それどころか、月の民の人たちとは、どこか、髪の色や顔立ちが異なっているようでした。
彼らの両手は紐でつながれていて、さらに、その紐は他の数人とつながっていました。彼らは何も話さず、ただただ、交易隊の進行に遅れないように、足を前に進めることしか考えていないようでした。
少しでも遅れようものなら、その脇を歩いている護衛の者から怒鳴られ、そして、鞭打たれる彼らは、吐露村のさらに西方で買い付けられて土光村まで送り届けられる「荷」、つまり、奴隷でした。
逆に考えれば、王花の盗賊団の立ち位置は、非常に魅力のあるものと言えました。当然のことながら、盗賊が交易隊から交易品を略奪しようとすれば、交易隊は略奪されまいとして護衛隊を雇って備えます。ですから、盗賊団の者たちは、命の糧を得るために、常に命がけで事を行わなければならないのでした。
仮に、首尾よく略奪に成功し続けたとしても、それが良いことばかりをもたらすわけではないのでした。常設の警察組織、軍隊は存在しないとはいえ、族長がひとたび盗賊を討伐することを決意すれば、一族の男ども全てが武器を手に立ち上がる、それが遊牧民族ですから、目立ちすぎると月の民全体を敵に回すことになりかねないのです。如何に戦うことに長けた盗賊たちであっても、一族全体と戦うことになれば、生き残ることが難しいのは、深く考えるまでもない自明のことなのでした。
さらに、そもそも、生産活動を一切行わない盗賊団は、略奪した交易品を水や食料に変えないことには生きていけません。戦う以前に、一族全体を敵に回して、孤立して生きていくことはできないのです。
もし、盗賊団があまりに派手に立ち回り、月の民の力ある部族の長に睨まれるようなことがあれば・・・・・・、彼らは、一族全体を敵に回して戦って果てるか、あるいは、食料と水を絶たれて果てるか、いずれにしても、月に還ることなくゴビの土となるまで、それほど長い時間はかからないと思われるのでした。
そのような点から考えても、王花の盗賊団は、既に、ヤルダンを管理する肸頓族の社会の一部として組み込まれていますから、一族を敵に回す心配はせずに、他の盗賊団との縄張り争いにだけ注意していればいいのです。もはや、王花の盗賊団は、盗賊団とは名乗ってはいても、他の盗賊団とは立ち位置が根本的に異なる存在となっているのでした。
「おう、王柔さんよっ。ヤルダンに入ってからだいぶ経つと思うんだが、あと、どれぐらいでここを抜けられるんだ」
交易隊の男は、王柔に向けていらだった様子で問いかけました。王柔のように態度には表さないものの、やはり交易隊の男たちも、このヤルダンの持つ異様な雰囲気、「自分たちが過ごしている世界とは似ているけれども何かが異なる世界」を歩いているような奇妙な感覚に、苦しんでいたのでした。
吐露村を出てから十数日間、王柔は「生きる通行証」として、この交易隊と共に歩いてきました。その道中、王柔のひょろっと細長い弱々しい体格と、そのオドオドした態度を見た交易隊の男たちから、やれ「あのうわさに聞く王花の盗賊団から派遣される男は、どれほどの猛者かと思ったら・・・・・・」だの、やれ「最後までしっかりと歩けるんだろうな、こっちは金払っているんだからな」だの、さらには、「今からでも変えてもらえないか?」だのと、からかいや揶揄の言葉を投げかけられていました。ですから、王柔は、自分と同じように、交易隊の男たちがヤルダンを恐々と見渡して首をすくめるのを見ると、何やら嬉しくなってくるのでした。
「もうじき、ヤルダンは抜けられると思いますが・・・・・・。でも、雨積(ウセキ)さん、やっぱりヤルダンは恐ろしいでしょう? ねっ、何か違いますよねぇ」
「ば、ばかやろうっ。なにも恐ろしいことなんかないぜ。ただよ、心配なんだよ。早くヤルダンを抜けて、土光村に着かないと、ほら、荷の方がなぁ」
いつもからかいの対象にしていた王柔からまぜっかえされた交易隊の先導役は、顔を真っ赤にしながら、列の後ろの方を顎で指しました。その動きにつられるように、王柔も後ろを振り返りました。すると、それまでの王柔の砕けた表情は直ぐに消えて、何かを心配するような真剣な表情が浮かび上がってきました。それは、雨積が心配する「荷」について、王柔も心配をつのらせていたからでした。
道案内を務める王柔と雨積は、交易隊の先頭を歩いていました。彼らの後ろには、荷を積んだ駱駝とその横を歩く男たちが、長い列を作っていました。この交易隊は、小野の交易隊よりかなり規模の小さい交易隊ではありますが、それでも駱駝の数は数十頭にのぼりました。
この交易隊と小野の交易隊の大きな違いは、交易隊の一番後ろを足を引きずるようにして歩く人たちの存在でした。
汚れたり破れたりしたみすぼらしい衣類。ボサボサに振り乱した髪。そして、生気のない肌にうつろな目。頭布を巻いたものは一人もいません。それどころか、月の民の人たちとは、どこか、髪の色や顔立ちが異なっているようでした。
彼らの両手は紐でつながれていて、さらに、その紐は他の数人とつながっていました。彼らは何も話さず、ただただ、交易隊の進行に遅れないように、足を前に進めることしか考えていないようでした。
少しでも遅れようものなら、その脇を歩いている護衛の者から怒鳴られ、そして、鞭打たれる彼らは、吐露村のさらに西方で買い付けられて土光村まで送り届けられる「荷」、つまり、奴隷でした。
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